第2怪 4時44分44秒
「こら、そこ!」
登校中の生徒達がごった返す下駄箱に、女子生徒会長・清澄たからの凛とした声が響き渡った。
「そこの貴女! スカートが3cmくらい、短いわよ!」
「ゲッ。会長……」
「それからそこ! 3分弱遅刻してますよ! 『校則違反切符』を切られたくなかったら、急いで教室に行きなさい!!」
「ヤベェ。逃げろ!」
今日も今日とて私立・清シャルム学園には、早朝から生徒たちの悲鳴が交錯する。
「大分お疲れのようですね、清澄会長」
「白川くん」
たからが、ビクビクと怯えながら登校する彼らを切れ長の目で睨んでいると、生徒会副会長の白川が向こうから声をかけてきた。
「“0.32cm”と、“21秒”も見逃すなんて。何か悩み事ですか?」
「別に……いつも通りよ」
たからは透明な『AIグラス』を右の手のひらでくいっと持ち上げて、白川を煙に巻いた。
「僕ら生徒会はこの清シャルム学園の生徒たちを、“正しく”律する義務がある。それが引いては日本を支える人材の育成、現代社会に対する貢献となり……」
「『……この国の未来の平和と、幸福の礎となる』、でしょ。分かってるわよ、それくらい」
白川の誦んじた生徒会規約を、たからが繋いだ。
「生徒会規約第87条・“遅刻厳禁”。新生徒会長として、この学園の“平和”は、何に変えても私が守ってみせるわ」
「……流石ですね」
副会長は微笑を浮かべ、白い『AIグラス』の奥から尊敬の眼差しでたからを見上げた。たからは横に並んだ彼に気づかれないように、心の中で小さくため息をついた。
言葉は、嘘つきだ。
我ながら良くも白々しく、そんなセリフが吐けたものだと思う。ついこの間自分が抱えてしまった“悩み事”を打ち明けたら、隣にいる白川は、一体どんな反応をするだろうか。遅刻してくる生徒に『違反切符』を切りながら、彼女の“悩み”は、胸の奥で膨れ上がるばかりであった。
◻︎◻︎◻︎
「“今日から団としての活動を本格化させる”、なんて言うから、心配して顔を出してみたら……」
薄暗い視聴覚室に入ってくるなり、たからは顔を真っ赤にしてたたらを踏んだ。
「何でアンタは、そんなトコロでっ……え、えええエ、エロ本なんか読んでるのよっ!?」
放課後の視聴覚室の中は、たくさんの机と椅子がゴチャゴチャと積み重ねられ、独特な形状のバリケードが築かれていた。その奥で寝転んでいた男子生徒・小泉七雲が、気怠そうに70年代モノのヴィンテージ・ヌード写真集から顔を上げた。
「どうしたんですか清澄さん。何か心配事ですか?」
「アンタがねえ、私の悩みの種だって言ってんのよ!」
たからは力任せに机や椅子を次々と放り投げ、強引にバリケードを突破して、七雲の読んでいる雑誌を取り上げた。
「あぁっ!?」
「女子の前で堂々とエロ本読んでんじゃないわよ! この犯罪者!」
「ちょっ……それ、高かったんですよ! 今や裏サイトでも中々手に入らない、保存状態の良い
「黙りなさい! 校則違反です!!」
たからがヌード写真集を自分の鞄の中にしまい込んだ。慌てて取り返そうとする七雲を、たからは険しい顔で一喝した。
「全く……どこでこんなモノ手に入れたのよ? 政府の認可した健全な『18歳以上本』しか、市場には出回ってないハズよ」
「政府の認可したエロ本なんて、一体どこが健全なんですか」
「過激な本を読むのが、貴方の言う『怪団』の活動内容ってワケ!?」
「まぁ、当たらずも遠からずです」
七雲が屈託のない笑顔で鼻くそをほじった。
「ところで見て下さい、アレ」
「今度は何!?」
のそのそと崩壊したバリケードから這い出して来た七雲が、窓の外を指差した。たからがカーテンの向こうを覗き込むと、そこから下校中の生徒たちの様子が見えた。校門の前では、生徒会のメンバーが脚立の上に登って、今朝のたからと同じようにしきりに大声を上げていた。
『急いで帰宅して下さい! 下校時間まで、後34分25秒です!』
各所に備え付けられたスピーカーから、生徒会の声が学校中に木霊する。ストップウォッチを片手に持った背の高い男子生徒が、交通整理よろしくグルグルと腕を回していた。真っ赤な『AIグラス』をかけた彼に追い立てられ、放課後活動を許可されていない生徒たちは、慌てて家路へと急いでいた。
「赤羽根くんね。赤羽根忠仁・会計管理」
たからがそんな彼らの様子を見下ろして、満足そうに一人頷いた。
「立派に仕事してくれてるわ。彼のおかげで、我が学園の“下校率”は今月も100%よ」
「ええ。近隣住民からも、評判が良いですよね。国の体力検査にパスした“部活動”生たちも、“奉仕活動”に従事する“違反者”たちも、誰も彼もみーんな定刻通りに行動しています」
「……何よ? それがどうかした?」
「あっ。見て下さい、何か揉めてますよ」
訝しむたからの隣で、七雲が首を伸ばして窓の外を指差した。
見ると、校門の前でガタイの良い一人の生徒が、何やら野球部員たちに取り押さえられていた。
「……離せよ!」
七雲が視聴覚室の窓を開けると、ガタイの良い男子の怒鳴り声が、二人の所まで聞こえてきた。
「いいから俺を帰らせろって言ってんだよ! 何で自由に帰れないんだよ、おかしいだろ!?」
『二神晴人・一年生。君の下校は、まだ許可されていない』
生徒会を押しのけようと暴れる二神の上から、赤い『グラス』をした赤羽根会計の、熱のない機械音が降り注いだ。
『君は野球部員で、22時まで練習する必要がある。下校は許可できない』
「だから俺は野球なんか興味ないっつーの!!」
『世の中には野球がしたくても、できない人だっているんだぞ。強い体に産んでくれた親に感謝しろ。君は大人しく野球ができる喜びを、存分に噛み締め給えよ』
「ホラ、生徒会の方々だってああ仰ってるんだから。観念して、行くぞ二神! 野球は楽しいぞ二神ィ! 今から1000本ノックだ! 終わるまで帰れま1000!!」
「ンだよテメーら、偉そうに! 離せ……」
やがて二神は野球部員たちに羽交い締めにされ、グラウンドへと連行されて行った。二神の姿が見えなくなると、七雲は静かに窓を閉めた。
「あの一年生、最近いつもああして揉めてるらしいんですよ。下校する生徒たちの間じゃ、ちょっとした名物になってて」
「フゥン……だから何?」
首をかしげるたからに、七雲はひょうひょうとした顔で頷いた。
「別に、
「あのね。野球に限らず、スポーツは一歩間違えば死に至る、危険な行為なんだから」
たからが小さく肩をすくめた。
「前時代に、体力のない子供たちが望んでもいない運動を無理強いされて、一体どれだけ犠牲になったのかしら。それに、道具を一式揃えるだけで、いくら掛かると思ってるの。政府がスポーツを許可制にしたのも頷けるわ」
「全くもってその通りですね。ところで……」
七雲は腕を組む生徒会長の方に向き直り、透明な『AIグラス』の奥を覗き込んだ。その顔の近さに、たからは思わずたじろいだ。
「……な、何よ?」
「そんな
「だから……何?」
七雲は、窓から差し込む夕陽に
「決まってるじゃないですか。怪談作りですよ」
◻︎◻︎◻︎
「先週の『違反切符』配布枚数は、43枚でした」
コツコツと黒板を叩く白いチョークの軽快な音を背に、白川副会長が、嬉しそうに会議室を見渡した。
「前任の先輩方から生徒会を引き継いで、早1週間。我々は好調な滑り出しだと言えます」
学園の最上階に位置する生徒会室で、赤、青、黄……など、執行部たちの7色の『AIグラス』がそれぞれキラリと光った。
「しかしながら!」
白川が机をドンと叩き、語気を強めた。
「それは裏を返せば、未だにこの学園には43人もの“違反者”がいるという事。先日はあろうことか、清澄会長本人が不届きな輩に狙われ、あわや大惨事に至る騒ぎもありました。我々は今後も厳重に警戒を……」
白い『グラス』の奥から、白川が部屋の最上段に位置するたからをチラと見上げた。とうのたから本人は、ぼんやりと天井付近に目を泳がせるだけで、定例会議の内容をほとんど聞いてはいなかった。先日七雲にお願いされた事……野球部員の一年生・二神晴人の事……で、頭がいっぱいになっていた。
「……良いですか、皆さん。“正しい事は、決して間違っちゃいない”」
白川の演説は続く。
「正しい事を、わざわざ疑う必要もない。我々はこれからもこの学園を“清く・正しく・美しく”! 政府から選ばれた
白川が拳を掲げると、他の執行部も後に続いた。
鬨の声が沸き起こる生徒会室の、その真ん中に担ぎ上げれられた清澄たからは、やっぱりまだ上の空のままだった。
「赤羽根くん!」
会議が終わると、たからはみんなの目を見計らって、急いで赤羽根の元へと駆け寄った。
「会長」
赤羽根会計は少し驚いたようにたからを振り返った。
「どうしたんですか? そんなに慌てて……何か相談事でも?」
「あのね……」
たからは深呼吸して、彼に悟られないように必死に笑顔を取り繕った。
「赤羽根くんに、ちょっとお願いがあるの」
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