第2話 僕

君の首が座った頃に、僕は生まれた。君が歩き出した頃に、僕はハイハイを覚えた。君はいつだって、僕の少し先を歩んでいく。きっと、僕を一人にさせないようにと、少し早く生まれてきてくれたのだ。


僕は、「八重島 周」と名付けられた。


周りをちゃんと見ることのできる大人になるように、といった由来らしい。読み方はシュウではなくアマネだ。女の子らしい名前で、昔から随分と揶揄されたものだ。ちなみに、八重島は母親の姓だ。


僕は5歳まで、順風満帆の人生だった。僕が5歳になった時、当時3歳だった弟に自閉症が発覚する。知的障碍をともなう重度の自閉症だ。当時5歳だった僕には、自閉症とは何か、知的障害とは何か、知る由もなかった。僕は幼いながらも、弟の自閉症が発覚した夏の日以来、両親の衝突が増えたことを今も鮮明に覚えている。なぜ、喧嘩しているのかなんてわからなかったものの、弟と会話することが年々たってもできないことだけはわかっていた。父親は仕事一筋の人間で、僕の6歳の誕生日の日を最後に、東京へ単身赴任してしまった。母親は弟の世話に手一杯だった。僕は家庭内に、話し相手がいなかったのだ。


これが僕の初めての孤独だ。


僕は一人遊びが苦手だった。家族の中で孤立していた私は、7歳の誕生日プレゼントでレゴブロックをもらった。父親から郵送されてきたのだ。それには、手紙が添えられていた。


「母さんに心配をかけるな。これからはこれを使って、1人で遊びなさい。」


僕はその頃からレゴブロックに没頭するようになった。自分の作る世界を、レゴの人形の一体を自分に見立て、孤独感を解消していた。次第に一人にも慣れ、学校から帰っては、暗い子供部屋の真ん中で、ひたすら建物を作っては壊す、を繰り返していた。まるで、日陰のような、太陽の光が届かないどこかで暮らしているかのようだった。


そのような僕に、兄のような存在ができた。ダウン症の妹を持つ、自分より2歳年上の「葛西 大和」君という男の子だ。母が病院で知り合ったらしく、次第に仲良くなった。家も近所で、親同士も仲が良く僕たちは頻繁に遊んでいた。お互いに難病の弟妹を持つ長男として、お互いの苦痛を分かち合うことができた。大和君とは、2人で個人的に遊ぶようになり、一緒にいろんな遊びをした。悪さもした。その度に、僕と大和君は大和君のお母さんにこっぴどく怒られたものだ。だが、怒られた後は必ずお菓子がもらえた。一度、それが目当てで悪さをしたこともあった。僕は彼にどんなことでも相談できた。彼はとても聞上手で、いつも僕からの相談の一方通行になっていた。小学校では、弟が同じ学校にいたため、他の子から避けられていた。いじめられそうにはなったが、その度に反撃していたのでいじめられはしなかった。しかし、「弟も障害者ならあいつもそうなんじゃないか」といった声ばかり耳に入ってきて、学校には居場所はなかった。だが、僕には大和君がいた。色黒で背の高くて、頼り甲斐のある男だった。


しかし、2年が過ぎたある日、全く会えなくなってしまった。

どうやら、大和君の父親が経営していた会社が倒産していたらしく、我が家に来るたびに、僕の母にお金をせびっていたのだ。僕は、葛西家に裏切られたという気持ちでいっぱいだった。大和君との日々が嘘だとわかった時、人を信じる方法をどこかに落としてきてしまった。それ以降、大和君にも大和君の家族にも会うことはなかった。


これが2度目の孤独だ。


 僕は、才能に恵まれてなかった。僕はただの凡人だ。しかし、勉学においては人並み以上にできたので、有名な中高一貫校の私学に入学できた。この学校を選んだきっかけはズバリ、校風だ。校長先生曰く、この学校は自由と個性を尊重し、全員を平等に扱う学校なのだそうだ。個性を尊重するのに平等な対応とはどういうことなのだ、とは思ったが、それでも期待して入学した。


 しかし、僕の素性を知った担任の先生や教職員の方々は、僕が宿題を忘れたり、学校をずる休みしたり、先生に反抗しても、僕を叱らなかった。決まっていつも、「家では弟がいるから大変だね、いつも辛いね、頑張っているね」となだめられ、同情の目でしか見られなかった。僕は小学校の頃からずっと、「自閉症の弟の兄」としか認知されなかったのだ。

 そして僕は、個性の確立や尊重をないがしろにしていることが明らかなものだと感じた。僕は個性というものをとても大事にして生きてきた。自分が自閉症の弟の兄としか見られてこなかったから、尚更、大事にして生きてきた。個性とは、個人を個人たらしめているものであり、人が生きる上で教養より大切なものではないかと信じて生きてきた。個性とはそれほどに意味のあるものだと考えて生きてきた。僕の学校は「より本質的な個性の尊重」を諦めていた。しかしそれは、個性そのものが不要になったのではなく、無視しているだけに過ぎない。

 部活動は、テニス部に所属していた。この学校は例年テニス部が強く、1つ上の先輩が全国大会で優勝していた。そのため、周りの部員は強く、みんな部内では何かしらで1番だった。僕を除いて。自分の個性とはなにか、自分の強みとは何か、全くわからなかった。部内に友達がいなかったのではなく、この部活にどういった価値を発揮しているのか、テニスは弱くても、部を活気づけている友人を見て情けなくなった。こういった中高時代を送りながら、気づけばどこか虚ろになっていた。どんな才能や能力にも代替品がある。悪くなった友人関係も、気づけばそれまで赤の他人だった人と親密になっている。これまでとても仲が良かった人間を差し置いて。そういう風に、どんな関係にも代わりがあって取り替えが聞いてしまう。僕は、こんなことを考えているうちに、「こじらせてしまった奴」と認知されるようになり、僕は孤立してしまった。


これが3度目の孤独だ。


そして、この直後に事件が発生する。僕が、孤独のまま孤立する。自殺未遂事件を起こしてしまうほどに。


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