第2話 ゴーレムは戦場で石を投げて戦争を終わらせる

 新型ゴーレム部隊は、初陣では期待したほどの戦果を上げることはできなかった。

 騎兵突撃に移る前に行われる飛び道具による前哨戦において、10体のゴーレムで帝国弓兵の射程外からの攻撃を行った。当たれば一撃で弓兵を撃破する威力の投石攻撃だったが、分散配置された弓兵にはなかなか命中しなかったのだ。

 ただ、帝国には得体のしれない新型ゴーレムが出てきたという印象を与えることには成功し、王国側も初陣ということで無理は控えたため、双方積極的な攻勢に出ないまま日没で戦闘は終結する。


「やはり、絶対的に数が足りぬな……」

 軍議にて将軍は報告を受けてため息交じりにそうつぶやいた。ゴーレムのレンガ投石攻撃はまともに命中すれば金属鎧に身を包んだ騎士ですら一撃で無力化することができるが、分散して伏せている弓兵にはそうそう当たるものではない。

「せめて、一度の攻撃で広い範囲を攻撃できるようになれば」

「あの、投石紐は使えないでしょうか。野鳥の群れを狩るのに、投石紐に小さな石つぶてをたくさん詰め投げつけるという猟を北方の民が行っていたと聞きます」

「なるほど、投石紐か。使いこなせれば普通に投げるよりも遠くに攻撃できるし、ゴーレムの腕力で投げつければそこらの石つぶてでも丸腰の弓兵なら十分な威力が出そうだ」

「ゴーレム用の投石紐ですか……特注品が必要になりそうですな」

「なに、剣や槍と違って投石紐は縄で作れる。どちらかと言えば、問題はゴーレムに投石紐が使えるかどうかだ」


 この軍議の翌日、将軍はゴーレム部隊の指導を任されていたダンの元を訪れた。

「というわけなのだが、ゴーレムに投石紐を使った榴弾攻撃をさせることはできぬか」

「動き、作る、……手本、必要」

 この国に流れ着いてまだ半年程度のダンにはこの国の言葉はほとんど話せない。ゴーレム部隊の魔術師曰く、なぜかゴーレムに関することなら大体通じるらしいのだが、軍議となると通訳がいないとなかなか話が進まない。

「将軍閣下、失礼します。アニーサ殿をお連れしました」

「おお、待ちかねたぞ。訓練中にすまぬな」

「はい、それでは失礼します」

 アニーサはとある事情があって田舎に隠遁したクダイに引き取られた、17歳の忌み子の娘である。

 忌み子というのは生まれついて特殊な能力を持った人間の総称で、忌み子の名の示す通り世間一般では忌避されており、捨てられることも多い。

 アニーサの持つ能力は、思考の読み取り、いわゆるテレパスである。肌と肌が直接触れ合っている人間の表層思考、言葉や映像を読み取ることができる。

 アニーサはダンの手を取り、先ほどまでの会話の内容を将軍に確認する。

「閣下の依頼は、ゴーレムに武器を持たせたいということでしょうか」

「うむ、投石紐を使って榴弾攻撃をさせれないかと」

「榴弾攻撃というのはどのようなものでしょうか?」

「む、そうか、そこで躓いておったのか。すまぬすまぬ。榴弾攻撃というのは沢山の石をひとまとめにして投げつける攻撃じゃ。今はレンガを投げつけておるが、いかんせんゴーレムの数が少なくて手数が足らぬ。リスコサの弓兵共は左右にばらけて陣取っておる故、広い範囲をまとめて攻撃する方法が欲しいのだ」

 アニーサは将軍の言葉を元に、テーブルの上に置かれた石板に絵を描いて内容を説明する。

「ほう、上手いものだな」

 アニーサの描いた絵を見て将軍が軽く目を見張る。そこには、投石紐を使って石を投げる様子、投げた石が散らばる様子が分かりやすくディフォルメされて描かれていた。

「ダンにこちらの言葉を伝えるには絵を描くしかなくて、一時期は毎日のように何かの絵を描いていたもので。逆に、ダンの思った絵を描くことも多いのです」

 アニーサの描いた絵を見て、ダンも将軍の言いたいことを理解したらしく、アニーサにアイコンタクトを送る。アニーサはそれを受けてまた石板に新たな絵を描き始める。

 アニーサが描いたそれは、十字に線のはいった長袖のシャツとズボンだった。

「アニーサ殿、これは……?」

 絵の意味が分からず、将軍はアニーサに説明を求める。

「これは、動きの手本を見せていただく兵士に着てもらいたい服です。手首から足首までカバーした肌に張り付くようなサイズがピッタリで布の服に、前、後ろ、左右それぞれの中央にまっすぐ線を引いて、体や手足のよじれが分かりやすいように袖と裾にも同じように線を引いてください。その服を着て、投石紐で石を投げる動きの手本を見せてください」

「な、なるほど、動きの手本か……」

「見る角度を変えて何度も実演してもらうことになりますので、正確に同じフォームで何度も投擲できる投げ慣れた兵士を半日くらいお借りしたい、とのことです」


 後日、投擲紐の扱いに長けた兵士がゴーレム部隊の訓練場を訪れ、半日後に疲労困憊して戻ってきた。同僚が話を聞いたところ、軽く100回は石を投げさせられたらしい。


 この要請を受けて、すぐに兵装部隊で特注の巨大投石紐の制作が開始され、それと並行してゴーレムに投石紐を使わせる研究が行われた。


 ゴーレム部隊の指導を任されていたダンは、兵士による投石を手本に、たった1日で投石紐を使った動きを理解し、動かし方を考案した。ゴーレム操縦部隊は団の指導の下、約一週間で投石紐を使った投擲を修得し、すぐに実戦に投入された。


 投石紐を使うことで射程は倍以上に伸び、一度の投擲で百個近い数の石つぶての雨を降らせることができるようになった。


 この攻撃は将軍の目論見をはるかに上回る戦果をあげる。弓は両手を使わないと攻撃ができないため、盾を持つことができない。盾兵を随伴するなどの対策も取られたが、機動力が落ちて思う様に展開できなくなり、馬に匹敵する機動力を持つゴーレム部隊に翻弄される結果に終わった。


 飛び道具合戦で圧倒的に優位に立った王国軍は帝国兵を破竹の勢いで駆逐していき、開戦3か月で帝国に占領された領土を、同じく3か月で取り返すことに成功する。


 各地で撤退を余儀なくされた帝国軍は、小さな砦をすべて廃棄して、最後の戦力をシルヴァサージ港湾砦に終結させる。

 帝国が取った戦術は重装騎兵によるゴーレム部隊への一斉突撃だった。ゴーレム部隊の数はさほど多くはないことを見て取り、騎兵を一極集中させての飽和攻撃でゴーレム部隊を無力化しようという作戦である。

 投石紐による散弾攻撃は重装騎兵であれば馬鎧のない部分に運悪く直撃しない限り、数回は耐えることができる。全軍の重装騎兵を捨て駒にしてゴーレム部隊と相打ちに持ち込もうという決死作戦だった。


 帝国側の目論見通り半数近い重装騎兵が散弾攻撃を耐え抜き、50を超える騎兵がひと駆けでゴーレム部隊に届こうかというところまで迫ることに成功する。

 しかし、ここで王国軍はゴーレム部隊のもう一つの切り札、「竜巻投げ」を発動する。

 将軍が「竜巻投げ、構え!」と号令をかけると、ゴーレムたちは投石紐を投げ捨て、くず鉄で作られた鉄球を手に取る。そして片足を上げて帝国騎兵に背中を向け、ぐっと力を貯める。「放て!」の合図で10体のゴーレムは一斉に足を前に踏み込みながら体を正面向きに戻しながら、突撃してくる騎兵に向かって鉄球を投げつけた。デモンストレーションでアニーサが土塁を吹っ飛ばして見せたあの技であった。

 竜巻を思わせる投球フォームで投げつけられた10個の鉄球は、矢のような速度で先頭を走っていた帝国騎兵につき刺さる。鉄球の直撃を受けた騎兵は冗談のような勢いで後方に吹っ飛ばされ、後続の騎兵数名を巻き添えにして落馬させる。

 王国軍の攻撃はそれで終わらなかった。帝国騎兵が混乱から立ち直る間もなく、第二射、第三射と容赦のない鉄球攻撃が浴びせられ、最初の散弾攻撃を生き残った重装騎兵隊は隊長、副隊長といった士官クラスはすべて戦死、それ以外の隊員も誰一人として五体満足ではいられずというありさまであった。


 弓兵隊と騎兵隊の壊滅で戦意消失した元王国領内の帝国軍は、間もなく降伏。帝国軍の生き残りは全て捕虜となり、帝国は莫大な身代金を支払って軍を本国に引き上げさせなければならなかった。

 捕虜の返還と同時に終戦協定が成立。こうして、30年以上続いた戦争はあっさりと終戦を迎えることとなった。


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