第1話 異国のゴーレム使い、ゴーレムに骨を仕込む

 後に30年戦争と呼ばれることになるリスコサ帝国がドガイ王国に仕掛けた侵略戦争は、ゴーレムの敗北に始まりゴーレムの勝利で幕を閉じた、と後世の歴史家は記している。


 開戦当時、リスコサ帝国のドガイ王国への侵略は無謀だと誰もが思った。なぜなら、ドガイ王国のゴーレム部隊は負け知らず、1世紀以上にわたって近隣諸国に覇を唱えていたからだ。

 しかし、リスコサ帝国は新設の長弓兵部隊で初戦を劇的な勝利で飾る。帝国が狩人の民から選抜して鍛えた長弓兵部隊の威力と手数はすさまじく、左右に広く展開して集中攻撃で、チェインメイルに身を固めた騎士の突撃さえも無力化するほどった。いかにゴーレムが頑丈であろうと、それを操る術者はひ弱な魔導士に過ぎず、左右から矢の雨のさらされゴーレム術者が次々に倒れ、ゴーレムは巨大な案山子となってしまった。絶対的な守護神としてゴーレムに依存していたドガイ王国軍は、なすすべなく撤退するしかなかった。

 最強と信じられていたゴーレム部隊のまさかの大敗でドガイ王国軍は士気崩壊し、帝国軍は破竹の快進撃で三ヶ月でドガイ王国の版図は1/4が塗り替えられることとなった。

 窮地に立たされたドガイ王国はゴーレム部隊を解散するという英断に出る。ゴーレム使いは優秀な魔術師でもあり、魔術師が本来得意とするのは後方支援である。帝国の長弓兵部隊は相手を待ち構えての決戦では無類の強さを発揮するが、偶発遭遇戦や、砦攻めは比較的苦手であった。そこで、優秀な魔術師を斥候部隊と兵站部隊に配置転換し、砦にこもった拠点防衛と遊撃部隊によるゲリラ戦術を展開、勢いに乗る帝国軍の侵略を食い止めることに成功する。しかし、すでに奪われた街を取り返すには至らず、戦況は一進一退を繰り返す膠着状態に陥った。

 以降、双方の国で指導者の世代交代などもあり、どちらも厭戦感情を募らせながらも落としどころを見つけられないまま30年以上にわたって戦争が続く。


 そんな終わりの見えない戦いに終止符を打ったのは、異国の青年がもたらしたゴーレムであったという。


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 ドガイ王国の軍事最高指令、ボンコビ将軍を訪ねてきた老ゴーレム魔導士は、自身と弟子が新たに開発した新型ゴーレムで帝国兵を追い払うことができると豪語した。

 老ゴーレム魔導士の名はクダイ。かつて20代より精鋭ゴーレム部隊の隊長を務め続けていた天才ゴーレム魔導士である。生粋のゴーレム狂である彼は、ゴーレム部隊解散時に「わしにはゴーレムしかない」と転属を拒否、ゴーレム研究のため私財をなげうって田舎に引きこもっていた。

 クダイの傍らに控える弟子は、この国では珍しい黒髪に黒い瞳を持つ20代後半の異国の青年だった。まだ言葉になれていないようで、押し黙ったまま何も語らず、ときおりクダイが将軍の言葉を通訳するように解説して聞かせている。

 将軍はクダイの持ってきた話に懐疑的であった。

「ゴーレムがどんなに精強でも、帝国の弓兵に術者を狙われれば無力化される。それでもなお、勝てると?」

 将軍の問いに、老魔導士は自信満々に頷いて見せる。

「もちろんじゃ。なぜなら、新しいゴーレムはリスコサの弓なんぞよりも遠くから攻撃できるのじゃからな」

 ただ前に進んで押しつぶすだけしか能の無いこれまでのゴーレムの常識からは信じがたい大言壮語ではあったが、かつて天才の名をほしいままにしたクダイの言葉は無碍にもできない。

「ではその新型のゴーレムとやらの力を見せてもらいましょう。石弓部隊の練兵場を手配するので、10日後にそのゴーレムを運びこむように。石弓用の的に有効な攻撃できれば考えましょう。それでよろしいか?」

 石弓はリスコサの長弓に対抗して生み出された機械弓だ。弦の巻き上げに時間がかかりすぎるため手数に欠けるという欠点があり、戦局を覆すには至らなかったが、威力と射程はリスコサの長弓を上回る。当然、練兵場の射撃訓練場も長弓よりも長い距離での訓練が行えるようになっている。

 クダイは将軍の要望を受けて、控えていたダンという青年に10日で出来るかを確認する。ダンの回答は「10日あればどうにか仕込める」というものであった。

「ほほ、さすがはダンじゃな。将軍、準備のために魔導士隊から若いのを一人つけてもらえるかの。ゴーレムを扱えなくとも良いが、魔導の初歩を理解した助手が必要じゃ」

「ふむ、一人で良いのか。であればすぐに向かわせよう」


 10日後、石弓射撃場で新型ゴーレムのデモンストレーションが行われた。

 将軍、国王などドガイ王国の重鎮が見守るなか、1体のゴーレムが大きな荷車を引いて射撃訓練場に入ってきた。ゴーレムの大きさは従来のそれに比べると幾分小ぶりだが、それでも身長は大人の二倍近かった。

 力もかなりあるようで、レンガが山と積まれ重そうにきしんでいる荷車をしっかりした足取りで引いている。そしてそのゴーレムを操るのは、将軍がクダイの助手につけた若い魔導師であった。

 その様子を見た古参の軍幹部を中心にざわめきが走る。

「なんと、ゴーレムが荷車を引いておる」

「しかし、思ったより小さいのう。あのクダイが息巻いておるからにはもっと巨大なものかと思うておったが」

「ゴーレムと言えば巨体でただ歩いて立ちふさがるものを踏みつぶすものじゃったが、なにやらこやつは毛色が違いそうじゃの」

「まて、ゴーレムを動かしておるのは先日助手に着けたばかりの魔導士ではないか。たった10日であのひよっこにゴーレムを作らせたというのか?」

 ざわめくギャラリーに向かい、クダイは口上を切った。

「将軍、国王陛下はお久しゅうございます。これより、わが弟子、ダンとともに作り上げましたゴーレムの力をお見せいたします」

 ダンと呼ばれた異国の青年はギャラリーに軽く礼をすると、王国魔導士に指示を出した。魔導師は指示を受けて頷くと、ゴーレムを射撃場に並ばせる。

 ゴーレムは荷車に積んでいたレンガをつかみ、そのまま無造作に的に向かって投げつける。一投目は的を外したが、飛距離は十分。投げ終われば荷台よりまたレンガを取り出しては投げつける。二投目が見事的に命中し、的を支える棒をへし折った。

 破壊された的を見て王国関係者は思わずうなる。

「ばかな、ものをつかめるゴーレムなぞ聞いたこともない」

「あの威力……全身鎧を着こんでおろうと衝撃で意識を刈り取ってしまいそうじゃ。盾も弾き飛ばすじゃろうて」

「なるほど、これはすさまじい。あのクダイが豪語するわけよ」

 さらに、デモンストレーションはこれで終わらなかった。クダイが奥は奥に控えていた一人の少女を前に出す。

「この娘は幼い頃に事情があって引き取った孤児でわしの身の回りを世話してもらっておったのじゃが、ゴーレム開発のテストをやらせて折るうちにめきめき習熟しての。このゴーレムを動かすことにかけては右に出る者はおらぬ。さて、アニーサよ、あれを見せてやるがよい」

 ダンは王国魔導師を下がらせた。アニーサと呼ばれた少女は魔導師の代わりゴーレムを操り始める。

「なんと、同じゴーレムを別の術者が動かすじゃと!?」

「他人が作ったゴーレムを動かすなど、よほどの術者にしか出来ぬはず。クダイならまだしも、あのような年端のいかぬ女がそのような……」

 ギャラリーから今日何度目かわからない驚愕の声が上がる。

 少女が操るゴーレムは荷車から丸い金属球を拾い上げた。その動作はゴーレム特有のぎこちなさを感じさせず、まるで人がそうしているかのような滑らかで自然な動作であった。

 ゴーレムは金属球を両手で頭上に掲げると、左足を後ろに下げて胸を張るように上体をそらす。次に、左足を上げて体を限界までひねり、標的に背中を向けた。そのまま流れるように上げた左足を前に大きく踏み込ませ、ひねった背中を前向き戻す反動と全身のばねの力を余さずに乗せて鉄球を真上から投げおろした。

 そのまま地面にたたきつけられるかと思われた鉄球は、ギャラリーの予想に反して矢のように風を切って直進し、先ほど魔導師がへし曲げた的があった位置をかすめ、後ろの矢止め用の土塁に突き刺さる。次の瞬間、ドォンという轟音とともに土塁が吹き飛んだ。破城槌もかくやというすさまじい破壊力だった。


「いかがかな。われらのゴーレムの性能は」

 あまりの威力にギャラリーは絶句するしかなかった。

 クダイはこれ以上はないだろうという会心のドヤ顔を決め、ギャラリーにそう呼び掛けた。

「クダイ殿、いくつかお聞かせ願いたいのだが、よろしいか」

 ボンコビ将軍がクダイに声をかける。クダイが頷くと、将軍は真剣な面持ちで質問を投げかける。

「このゴーレムは、製作者でなくとも扱えるのか?」

「そこにお気づきになるとは、さすがは将軍。その通り、このゴーレムはある程度の魔力と魔法の素養があれば、誰でも動かすことができますぞ。

 見ての通り、先日お借りした魔術師でも5日ほどの特訓でレンガを投げつけることができておりますぞ」

「なぜそのような細かい動きができるようになったのか……いや、なぜこれまではこれができなかったのか?」

「簡単に言えば、ゴーレムに骨があるかないかの差じゃ」

「むう、ゴーレムに、骨とはまた……」

 石でできたゴーレムに骨という意外な組み合わせに、将軍は首をかしげる。

「こちらのダンの祖国で培われた技術でな」

 クダイは傍らに控えていた異国の青年を横に立たせた。

「これまでのゴーレムは体の表面に魔石の粉を溶かしたインクで網を描き、呪文で網を引っ張ることで動かしておった。この仕組みでは網の配置を正確に把握しておるゴーレム作者にしかまともに動かせぬ。さらに、大きくなればなるほど網の目が増えて、動かすのが難しくなる。

 ゴーレムの強さは圧倒的な大きさと質量にある故、わしを含めたこれまでのゴーレム術者は大きさと動かせる重さを最優先させて、いかに効率良く網を描いて動かすかに腐心しておった。故に、指を動かしてモノをつかむなどという負担の大きなことをしようとは誰も考えなかったのじゃ。できなかったのではなく、やらなかったのじゃな。

 ゴーレムとは少し違うのじゃが、ダンの祖国には人形を踊らせる魔法があるのじゃが、ゴーレム同様に人形の表面に網をかけて動かすという原理は同じ。違うのは網を術者が制御せず、骨を使うことで細かい動作を可能にしておる。骨は自身が担当する網を自身を中心に回転させる機能を持っておる。例えば腕を動かすのであれば、腕の骨に回転させよと命じることで動かすのじゃ。このやり方であれば、網の目がどれほど細かくなろうともごく簡単な操作で破綻なく人形を動かすことができる。

 この骨の仕組みを儂が魔石を使って再現したのがこのゴーレムじゃ。これまでは数千の網の目を直接操作して動かしておったところを、たった50個の魔石の操作で人と変わらぬ動きをさせることができるようになったのじゃ。

 その代わり、以前のゴーレムに比べるとだいぶ小柄になってしまったがのう。

 簡単な呪文で動かせる故、術者はゴーレムの作りを正確に知っておく必要は無い。駆け出し魔術師でもモノをつかんで投げる程度の動作は数日で習得できる。半年も修練を積めば、アニーサのように綺麗な動きを作り出すことも可能になるじゃろうて」

 将軍は思わずうなった。

 かつてのゴーレムは術者が魔力切れを起こせば動かせなくなるので、長丁場の戦いでは慎重な運用が必要だった。輸送で魔力を消耗しないよう、ゴーレムは専用の巨大な荷馬車で運んでいたが、それでも戦いが長引けば休息が必要になる。このため、大規模な戦いではゴーレムは2交代で動かすことになり、10体いても同時に戦場に投入できるのは5体程度だった。

 それが、このゴーレムは誰でも動かせるので操縦者を輸送中と戦闘中で切り替えることができる。10体いれば10体すべてを戦場に投入して、魔力が切れれば術者だけ交代して戦い続けることができる。しかも、その術者は簡単な訓練ですぐに育成できると言う。

 まさに革命的な性能である。残る問題は……。

「して、クダイ殿、このゴーレムはどれくらい量産ができるのか?」

 これまで自信満々だったクダイが、露骨に目をそらした。

「そ、そそそ、そうじゃな、あれだ、材料を集めるのがちと大変じゃからしてその、それ次第というか……」

「よほど希少な材料が必要と見えますな。真なる銀ミスリルですか?」

「いや、特級の魔石が、50ほど……」

「魔石ですと!? なるほど、その骨とやらに使う魔石ということか。むう、最低あと10は欲しいが、特級の魔石を50も使うとなると、魔術師団の手持ちでは1~2体が限界か。この際、神殿の聖杯を徴収してばらすか。王室宝物庫にもいくつか使っていない儀礼魔導具があるな……」

 将軍はぶつぶつ不穏な事をつぶやきながら何やら指折り数え始める。

「その、将軍、このゴーレムは、採用と言うことで良いかの?」

「うむ、さがってよいぞ、クダイ。陛下、魔石徴収の令についてですが……」

 将軍は思考のじゃまをするなとばかりにクダイを下がらせ、その場で魔石をいかにして確保するかという相談を国王と始める。

 1か月後、新生ゴーレム部隊が設立され、戦争は最終局面を迎えることとなる。

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