ゴーレム少女歌劇団
彬兄
プロローグ 魔法仕掛けの人形の歌姫~Magical Marionette Diva~
父に連れられて行った芸術街に新しくできたという劇場は、巨大なテントのような建物だった。
中に入ると、まあるい舞台を半円形にぐるっと囲むようにベンチが配置され、舞台の上から張り出した巨大な天幕がそれを覆っている。また、周りの天幕沿いには歌姫のカステラというのぼりを立てた焼き菓子売りの露店がいくつか店を出している。
入ってきた私たちに気が付いたらしく、道化に扮し一人の女性が私たち家族に声をかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました。招待状はお持ちですか?」
父は懐から豪奢な箔が押された招待状を取り出し、道化に手渡す。
「はい、ありがとうございます。席はあちらの一段高くなったエリアになります。お好きな席におかけください」
道化は招待状を確認すると恭しく一礼して、中央の舞台の左手奥にある座席を指し示す。
席についてしばらくしたら、突然天井から中央の舞台に光が差し、舞台の後ろ半分を隠していた幕が上がった。
突然の光に驚いた聴衆のどよめきの中、舞台そでから豪華なドレスに身を包んだ女性が現れ、舞台の中央に進み出た。続いてこの国には珍しい黒髪に黒い瞳の青年が出てきて女性の傍らに控える。
父にあの二人はだれかと聞くと、こう答えた。
「女性の方は国王様の妹君、ティーダ皇女だ。隣の異国人は見たことがないな」
黒髪の青年は舞台に置かれた棒を組み立てて、皇女様の前に立て置く。棒の先には小さな筒が取り付けられていて、青年がその筒をとんとんとつつくと、「ボッ、ボッ」という音がどこからともなく響きわたる。その音を確認した青年は、皇女様に頷いて合図を送り、再び舞台後ろに下がる。
青年が下がった後、皇女様はその棒の前に立って喋りだした。
『紳士織女の皆々様、本日幕開けとなる妾が劇場にようこそ。今宵は妾が愛しの、魔法仕掛けの人形の歌姫の、記念すべき初舞台をご覧に入れよう』
皇女様が筒に向かってしゃべると、とても大きな声が劇場の中に響き渡る。声が大きくなる魔法がかかっているようだ。
『これから御覧に入れるのは、救国の英雄、異国のゴーレム使いがその技術の粋を尽くして作り上げた奇跡の興行。皆々様はこの国の、いや、世界で初めてのその目撃者となろう。存分に、骨の髄までご堪能あれ』
皇女様がそう締めくくって一礼すると、観客席からは礼儀的に拍手が起こる。
天井から差していた光が暗くなり、皇女様が舞台そでにはけると、舞台の奥から軋むような音が上がり、舞台がゆっくりと回転を始めた。
壁の後ろに隠れていた舞台装置が観客に姿を見せる。舞台中央には手を左右に広げた等身大の女の子の人形が配置されている。腰まで伸びた長いエメラルドグリーンの髪を頭の左右にまとめ、見たこともない緑と黒のラインが入った裾の短いスカート丈のワンピースを着ている。瞳がとても大きく人とは違った、それでいて人だと思わせる不思議な造形の少女の等身大姿人形だ。
その人形のまわりを三人の楽師が取り囲んでいる。一人は四弦楽弓を立姿勢で構え、一人はひょうたんのような形をした大きな馬上琴を肩からつるし、最後の一人は沢山の太鼓とシンバルが据え付けられた椅子に座って二本の打棒を手にしている。
天井から再び光が差し、中央の人形を照らすと、人形がまるで人のように滑らかに動き出した。
『みなさん、今日は集まってくれてありがとう、私はミクハツネと言います』
どこからともなく澄んだ声が響く。
「な、人形が、しゃべった……!?」
まるで生きているかのように人形の口が動き、瞳が観客をみつめ、それに合わせるかのように声が響き、それに驚いた観客がどよめく。
『それでは、聞いてください。《さあ、踊りましょう》』
三人の楽師がその声を合図に演奏を始める。小さな楽器たちから信じられない音量で、聞いたこともない陽気な曲を奏でだす。
『皆で自由に踊りましょう、素敵な宝石に身を包んで、大好きな歌を奏でながら、旋律にのせて魂を震わせて♪』
音楽に合わせて澄んだ歌声が響き渡る。オペラの歌手のような力強さはないけれど、芯のの通った不思議な声。
『この手に今つかみましょう、何も知らなくてもできなくても、いつも私がついているから、気ままに動きましょう♪』
歌に合わせて人形の口が動いている。旋律の浮き沈みに呼応するようにステップを踏んで踊り、まるで声を振り絞っているかのように瞳と口が、表情が揺れ動く。
『ああ、このとても小さくて不思議な、魔法仕掛けの体には、尽きることのない希望が、満ち溢れている♪』
人形の少女は眼下の聴衆をあまねく見渡すように、舞台を右に左に舞う。天井から照らされる光もそんな彼女に付き従う。
『魔法の操り人形の歌姫は、全ての人の夢になるよ、何にだってなれるよ、あなたと挑んでいくから、さぁ、踊りましょう♪』
歌い終えた彼女は、舞台の中央に戻って観客に向けて深くお辞儀をした。
私の中で、彼女はもはや人形ではなく、命を吹き込まれた憧れのお姫様になっていた。最初は間違いなくただの人形だったのに、動き出してしゃべり出した瞬間、魂が吹き込まれ、歌声と踊りに魅了されてしまった。
私は、真っ先に立ち上がって、私にできる精一杯の拍手を彼女に送った。私に釣られるように、客席のいくつかでまばらに、やがて観客席全体で盛大な拍手が巻き起こる。
拍手に答えるように、彼女は顔を上げて、観客席に向かって手を振って答えていた。
これが、
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