第4話
「…ただいま」
「お帰り。病院に行っていたようだが、大丈夫なのか?」
…珍しい。夜勤続きの父が、こんな時間から家にいるなんて。
「…大丈夫」
無愛想にそれだけ返して、いつものようにその横を通り過ぎようとした時。
『後悔しないような道にしてね』
「…ッ」
不意に零音の言葉が脳裏に蘇って、気付いたら私は「ねえ」と声を掛けていた。
「お父さん」
「ん?」
「私ね……子供、出来たの」
…あ、声掠れた。でも良いや。
見開かれた目には、固まったままの私しか映っていなくて。何の反応も示さない父に、じわりと視界が滲んだ。
「紅穂は、どうしたい」
「…堕ろしたくない。絶対にこの子を産みたい。…まだ責任を取れない年齢だって事も、私の我が儘だって事も分かってる、けど…。それでも、悪いのは全部私達だけじゃない。…この子に、罪は無いじゃない」
嗚咽交じりに紡いだ声は、頬を伝う涙に流れて消えて行く。…親不孝って言われても、家を追い出されても仕方ないって分かってる。それでも…授かってしまった一つの命に、無責任になれるほど子供でもなくて。
父は何も言わなかったけど、やがて静かに「親になるってのはな」と口を開いた。
「一時の感情では背負いきれない責任を持つ事になる。…子供を作るのは簡単だ、でも育てるとなるとずっと難しい。それに…お前にしろ洸にしろ、様々な代償を払わなければならない。…その覚悟はあるか?」
「……ッ」
「…紅穂。『子供を産む』ってのは、親になると同時に、『相手を手放さない』って誓ったも同然だ。生まれて来る子供に、両親が揃う未来を約束しなければいけない」
どこか懐かしむように、父は私の背後に視線を移す。
…きっとその目が捉えているのは、両親と幼い私の写る、十数年も前の写真。
いつだか、父が話してくれた。母は、私と同じ十七歳で私を産んだと。その為に、学校も辞めて専業主婦になったと。
そして…父と離婚し、今は新しい夫とその子供と共に暮らしていると。
「…分かってる。でも…ううん、だからこそ私はこの子の母になりたい。…今日、エコーで見たんだ。小さくて、すぐに消えそうなくらい頼りなかったけど…それでも、ちゃあんと生きてるんだなって。…堕ろすなんてしたくない。絶対に…産んであげたい」
「…分かった。お前が後悔しないと言うなら、俺はそれで良い」
「…!」
「だが、その前に一つ教えてほしい。…洸には、もう言ったのか?」
「…まだ。お父さんの後に報告する予定だったから」
「…早めの方が良い。反対しないとも限らないからな」
「…うん」
父の言葉に小さく頷くと、ポケットからスマホを取り出してトークルームを開く。
当たり障りのない会話は、一ヶ月前の日付で止まったまま。ここからすぐ近くの大学に進学したとは言え、環境の変わった彼に自分から連絡するのは憚られて。
キーボードをなぞろうとした指は迷ったけど、少し考えて『明日会えない?』とだけ送信した。
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