第3話

 柏浦かしうらひかると私の出会いは、丁度二年前…この桜楼おうろう学園高等部のバスケ部に入部した日だった。

桜瀬さくらせ紅穂あかほです、宜しくお願いします」

「柏浦洸、SG。宜しく」

 全国指折りのSGとただのMG、増してまだ下っ端だった私。接点なんて勿論無かった、けど…。


 変化は、四ヵ月後に行われた合宿で突如訪れた。





「ただいま布団!」

「藍先輩、隣の部屋に聞こえますよ…」

「あはは、ごめんって。…そういえばさ、突然だけど…紅穂は好きな人とかいないの?」


 消灯時刻も近くなった宿泊部屋。敷いたばかりの布団にダイブしたMGの先輩が、ふと振り返ってそんな事を問うて来た。

「好きな人…ですか」

「そ。零音も主将と付き合ってるみたいだし、紅穂はどうなのかなーって」

「えーと……特には、いないですね」

「わっ残念」

 つまんないの、とあからさまに口を尖らせる藍先輩。確かこの人も彼氏持ちだっけ、とぼんやり思っていると、「あっじゃあさじゃあさ」と輝いた目が私を布団へと引き込んだ。

「わあっ!?」

「洸とかどう?ほら、新しく副主将になったSG。最近紅穂も話すようになったでしょ?」

「いえ…あれは私が未熟だからで、柏浦さんが助けてくれるだけで…」

「分かってないなあ。洸、見たまんまだけどかなりクールだからさ、『どうでも良い人に手を貸す』なんて事無いよ。多分…ううん、絶対紅穂の事気に入ってるって」

 先輩は、さっきとは一転して「良いじゃん良いじゃん!」とバシバシと布団を叩き出す。自分の事は棚に上げるのかなあ、折角彼氏いるのになあ…なんて気になって、「じゃあ、藍先輩は彼氏さんとどうなんですか?」と興味本位で問い返していた。





「…なあ、付き合おうぜ」


「…えっ?」

 最終日の朝、体育館近くの水飲み場。

突然の言葉に何も言えないでいると、柏浦さんは「…そのままの意味なんだけど」と、半ばぶっきらぼうに言葉を紡いだ。

「桜瀬が好きだ、恋人になってくれ。…で、分かるよな」

「え…っ、じ、冗談ですよね?」

「本気だよ。桜瀬がMGになった時から…いや、部活動見学に来た時から。…嫌か?」

「そ…そんな事…」


 ある訳無かった。彼の事は一人の人間として、勿論選手としても尊敬していた。

 力強く展開されるドライブも、洗練されたシュートモーションも…そして、コートの外で見せる面倒見の良さも、全て。

 …でも、これは恋愛感情じゃない。憧憬と尊敬の入り混じった、中途半端な憧れ。それでも…何故かは分からないけど、彼からの告白は不思議と嫌じゃなくて。



「…ありません。私も…柏浦さんが、」



 私の言葉は、そこで途切れた。

「え…あ、あの……」

 洗いかけのボトルも、捻ったままの蛇口も、全てが私の世界から消えた。


 突然閉じ込められた彼の腕の中で、交ざり合った熱とうるさいくらいの鼓動に全てを奪われたから。



「あの、柏浦さ、」

「…絶対、大切にするから」


 くぐもったような声と、痛いくらいに私を締め付ける引き締まった腕。




 …あれから、もう少しで二年。彼と歩むうちに沢山の思い出が出来たけど…それでも、あの告白だけはいつまでも鮮やかなままで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る