第3話

 生徒玄関を出て少し歩けば、私を取り囲んだのは幻想的な風景だった。雲一つ無い空。澄んだ春夜の空気。皓々と照る月影。そして…涼やかな風に舞う、刹那の花片。

 その名の通り、この桜楼学園は校門から生徒玄関までの一本道が桜並木に囲まれている。四月も下旬に差し掛かった今…私達の学校生活を彩るのは、薄く色づいた満開の桜花。

 …夜桜なんて、もう何度も見てきたはずなのに。それでも、私の胸をきつく締め付けるのは、きっと少年の日の忌まわしき思い出で。

 ふと小さく息を吐いた刹那…月明かりの中で黒曜石がゆらり、と揺れた。

「…御厨みくりや零音れねちゃん、だよね?あの『彼』の妹の」

 私の名を呼んで姿を現したのは、一人の青年だった。緩やかな黒髪。息を呑む程に白い肌。ほっそりとした手足を持ち併せた彼は、微かに記憶に残る人物で。

「…夜桜よざくら魁斗かいと、先輩」

「…覚えててくれたんだ。まあ、一応生徒会長も務めてたし、それなりに印象はあったのかな」

 儚げに笑うその人は、かつてこの桜楼の生徒会長だった…どこかニヒルな雰囲気をまとう先輩だった。

「…そんな事より、『彼』って…」

「ん?…ああ、驚いてる?『彼』、桜楼に通ってなかったからね。無理ないか、当時は面識も無かったからね」

 子供のように悪戯っぽい笑顔を浮かべると、夜桜先輩は「そうそう、その事なんだけど」とその滑らかな瞳で私を真っ直ぐに見据える。

「…まさか、『彼』の妹と同じ高校だったなんてね。人違いかと思ってたけど、考えてみれば『御厨』って苗字も希少だもんね」

「…私の質問にも答えて下さい。さっきから言ってる『彼』って…誰の事なんですか」

「つれないなあ、もしかして警戒してる?…本当は分かるでしょ?元全国屈指のPFで、御厨ちゃんの兄の…」



「今はもう亡き、御厨響樹だよ」





 …ああ。こんな所で、もう一度その名を聞くなんて。

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