第2話

 交錯するスキール音と熱気が、高い天井に残響を残して吸い込まれる。

 

 「零音!」

 PGからの的確なパスを受けて、私は一気に敵陣へとドライブを展開した。

 スリーポイントラインの手前でダブルチームが立ち塞がったものの、僅かに生まれた一瞬の隙を切り裂いて、誰もいなくなったインサイドで悠々と跳び上がる。

 最高点に達した時、慣れ親しんだ重みが自然と手から離れていくのが分かる。

 ステージ上に置かれた電光掲示板がけたたましく終了を告げたその時、宙を舞っていたボールが静かにネットを潜り抜けた。

「……ッシ」

 小さく拳を握り締めると、背中に鋭く「零音!ナイッシュー!」とチームメイトの声が掛けられる。

 私は黙ってビブスを脱ぐと、背後の仲間たちの方を振り返って

「よし、ミニゲームも終わったし、時間的にもそろそろ上がりかな。今日は顧問もいないし、私は自主練で残ってくから各自解散って事で」

と柔らかく微笑んだ。

「やった、零音ありがと!」

「零音先輩、お先失礼しますねっ」

 次々とビブスを籠に戻して、ポツリポツリと体育館を後にする部員達。やがて、最後の一人の姿も見えなくなると、私は「……フゥ」と息をついて、まだ熱気の籠る高い天井を仰いだ。

 …ここのバスケ部に入部してから、もう見慣れてしまった日常と景色。床に反射するオレンジの照明も、履き慣れたお気に入りのバッシュも、引退も目前に迫った今では全てが懐かしく思えてしまって。

 …三年間、ただひたすらバスケに打ち込んで来て、『彼』との約束も果たせて。手塩に掛けて育ててきた後輩達も十分強くなって、もうここに悔いは無いはず…なのに。

「……まあ、本音を言えば、ちょっと寂しいような気もするんだけどね」

 誰もいない体育館で一人失笑を零すと、私は、足元に転がってきたボールを再び手に取った。




 私がここ、私立桜楼おうろう学園に入学したのは、まだどこか幼なさの残る、十二歳の春だった。小三の頃からバスケをやっていたから、部活は特に迷う事も無くバスケ部に入部した。

 けど…いつからか、私は一人で走るようになって行った。周りを頼らない独り善がりなバスケで、いつしか私は実力と引き換えに孤独になって。

「零音を支えるのは、私達じゃ無理」

 …今でも鮮明に覚えている。チームメイトからの言葉と、一斉に向けられた冷ややかな目を。


 …それからは、ずっと独り。誰かと一緒にボールを操るのなんて高校に来るまで無くて…。自分一人で全てを展開するのが日常で。

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