第42話 読み継いでいきたいという気持ちは嗅ぎ分ける

 その日は、回想シーンを巻き戻しながらキャンパスを横切り、結局サークルのたまり場には顔を出さずに帰った。

 学生時代によく立ち寄った喫茶店はカフェに様変わりしていたが、集っておしゃべりしている学生たちの姿は、当時と変わらないゆるさをまとっていた。


 食事を済ませていこうと思い、メニューを広げた。そのままファッション誌の1ページになりそうな、きれいな写真に埋め尽くされているメニュー。文字の書体もなめらかで、目を通すうちに、どれも美味しそうに思えてくる。

 内容にあった、誌面作り。本と似てるな、と思う。店主のこだわりがさりげなく記されたメニューの説明書き。写真だけでも十分伝わるが、添えらえた言葉からは、愛情が伝わってくる。


 さんざん迷ってから、手作りすると手間がかかるので普段うちでは食べない、シーフードドリアとサラダのセットをたのみ、追加で、ケーキセットを注文した。

 ドリンクはレモンティーにして、ケーキは、大人気だという、たっぷりの生クリームとともに、黄桃、パイン、キウイ、イチゴなどの角切りフルーツが巻き込まれたロールケーキにした。

 当店では、手作りジャムやカスタードクリーム、チョコレートソース、あんバタなどのロールケーキがおすすめですと、店員さんがケーキの説明をしてくれた中で、フルーツロールの断面図のカラフルさに、今日は心惹かれたのだ。

 

 食事を済ませ、電車に乗り、珍しく空いていた座席に腰かけて、これからの予定を頭の中で組み立てる。

 プレコンテスト参加作品集が出るまでに、本コンテストの作品について詰めておきたい。泊愛久が本コンテストに出るのかも、知りたい。でも、こちらからきいて返事がもらえなかったら二度はきけない。思い悩んでいるのにも疲れてこの件はプレコンテスト参加作品集が出たら報告を兼ねてきいてみることにした。


 それからしばらくは、本コンテストに向けてプレコンテストとはテイストの違う「プラトニックペイン」にかかりきりになった。

 テイストの違うものを書くのは同時進行では難しい。切り替えのできるタイプの人であれば可能だろうが私はそうではない。やはり切り替えの苦手な作家が、髪の色から髪型から洋服から何から全部取り替えて気分一新して書くという話を聞いたことがある。その時書いている内容に合うスタイルにすると、物語の世界に没入しやすいのだそうだ。逆に書くマシーンと化して身のまわりのことにいっさいこだわらない人もいる。私は書いているとチョコレートが欲しくなる。おかげで執筆中は歯医者通いもセットになる。それを思うと憂鬱になるがとにかく書くことに専念した。


 海都社主催の新星発掘コンテストプレコンテストの参加作品集が刊行された。

 作品集は、当初の予定通り、本コンテストの宣材として、出版関係、全国の書店、公共施設等に配布された。それと同時に、「創作世界の新たな地平を拓く新人の発掘」と銘打たれた新星発掘コンテストについても同時に代々的に情報が公開された。

 事前公開で注目を集めていたが、商業デビューしていない実力派アマチュア作家が、出版社が刊行した作品集に堂々と掲載され全国配布されたということで、作家を目指す人々からの注目は一気に集まった。

 泊愛久に掲載のことを知らせると、すぐに折返し返事がきた。


「待ってる。新星発掘コンテストで」


 いつもながら言い切りの文言。

 これは彼女もコンテストに参加するということだと確信した。



 本コンテストの選考方法は、以前きいた話では、一次選考は読者選考と編集部ピックアップ、二次選考は編集部での選考会議、最終選考は編集部と選考委員会となっていたが、その点に変更はないようだった。

 気になるのは、プレコンテスト参加者がそのまま本コンテストに参加することは、作者と編集部との関係での疑問を持たれるのではないかという点だ。この点は、事前に確認しておきたかった。そこで、波紋屋ルカに連絡して海都社に向かった。

 集いの時と同じ応接室の方に通されて、テーブルに数冊重ねられている作品集をぱらぱらめくりながら彼女が来るのを待った。


「このたびはご参加くださいまして、まことにありがとうございました」


 開口一番、波紋屋ルカからは、御礼の言葉が飛び出した。


「おめでとうございます。作家デビューに向けて、まずは第一関門突破です。さあ、本コンテストに向けてがんばりましょう」

「あの、コンテストの主催者の編集さんが、プレコンテスト参加者の応募作をみるというのは、まずいんじゃないですか」


 至極真っ当な質問だと思うが、彼女は小首を傾げている。


「ああ、それについては、コンテストの概要に書いてあります」


 波紋屋ルカに言われて、携帯でホームページを開いて目を通していくと、応募要項の中に小さく記されていた。


<本コンテストの特徴としてゲスト枠が設けられます。プレコンテスト集に掲載されている作品の著者の参加がゲスト枠となります。ゲスト枠参加者の中で一名を期待賞とします。期待賞は書籍化を検討します>


「これって、事前に決まってましたっけ」

「上の方からのお達しでして。どうしてもうちからプッシュしたいというのはあるからそれならいっそ表に出して別枠を用意しようということになったんです。その方が不公平感はないし。プレコンテストに参加された皆さんはもともとうちの公募の常連さんだったので、その中の精鋭として編集部が責任をもって選んだんです。デビューまでは責任を持ちます」


 筋が通っているような、こんがらがっているような、わき道にそれているような。

 こうして自分が置いてけぼりになって周りが進んでいくというのは、気持ちのよくないものだ。それでもここまで話が進んでいると個人の力ではどうにもできない。降りますと言えばいいのかもしれないけれど、それも惜しい。なにより泊愛久はコンテストに応募すると私に宣言したのだから降りたくはなかった。


 一般枠と、ゲスト枠。立場は違えどもデビューして出版されたならそこから先は内容の勝負だ。例え派手に宣伝されたとしても一時的にブレイクしたとしてもそこから先はわからない。読者の面白いものへの嗅覚は敏感だ。そして、読み継いでいきたいという気持ちはその本の持っている価値を嗅ぎ分ける。


 何があっても、このチャンスは掴む。

 受け入れがたい事後承諾ではないのだから。

 波紋屋ルカは、会うたびに済まなさそうにしてくれる。問えば答えてもくれる。ここのところ顔色がよくないのは、必死で取り組んでいてくれるからだろう、多分、寝食を削って。そうした素振りや体調がふるわない様子も演技だと、うがった見方をするのは簡単だ。でも、彼女の動きは、デビューへの道筋をつける、デビューさせますという最初の宣言に嘘はついていない。とにかく、本コンテストが終わるまでは、彼女とやっていくしかないのだ。波紋屋ルカのやつれ具合に、新興出版社の、新しいことを始める大変さがくみとれる。こちらも必死だが、彼女も必死なのだ。

 

「反応は予想以上です。弊社の企画、すなわち、新たな投稿先が増えるということは、歓迎されるということがわかったんです」


 心なしか声の調子は、はずんでいる。しかし、声の調子とはうらはなに、どことなくやつれているように見えるのも確かだ。激務だというから、疲労がたまっているのかもしれない。一般的な仕事上の疲労だけなら、少し休めば疲れもとれるが、今回のプレコンテストでの折衝などでストレスだと、回復に時間がかかるかもしれない。

 そういえば広報誌の編集長も3ヶ月間務めるのだった、彼女は。そちらの話題が出ないけれどそれは無しになったのだろうか。いずれにしても本コンテストと広報誌両方はまだ書く筋力のついていない自分には難しい。


「あの、感激しました、出版社が刊行した本に掲載されているのを見て。無料配布とは思えない丁寧なつくりで、表紙の装幀も素敵で。これ、イラストレーターで装幀家の垂水羽杖たるみうじょうさんですよね。一目見たら、手にとりたくなりますよ。欲しくなる人たくさんいるんじゃないですか」

「はい。さすがです、凪帆さん、その通りです。既に問い合わせがきておりまして、大注目なんですよ、今回の一連のコンテスト関連。というわけですので、ぜひ、本コンテストがんばりましょう」


 波紋屋ルカが右手を差し出したので、自然な流れでその手を握った。

 彼女の手は、ひんやりとしているのに、じんわりと汗ばんでいた。


 





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