第39話 相手の発するものに鈍感になったら、それは怠慢だ
根津駅で電車を待つうちにメールをチェックした。
波紋屋ルカからだった。
やはり、ホームページの件が記されていた。そこに謝罪の言葉はなく、どうやらホームページ掲載諸々連絡済みだと思っているようだった。そういった点は、変更のうちに入らないということなのだろうか。それも、少し疑問だった。
脳裏に、今日の打ち合わせの時の会話がよみがえる。
プレコンテストは急に参加者全員同じテーマでと言われたこと。
他の作者の意向は確認中とのこと。
これには、同意しない人が出てくる可能性があるということ。
しかし選択の余地はないということ。
無理強いではないと言いながら、立場の強弱がほのめかされていたこと。
そして、強制していないように見せて、実は決まったことだからと押し通されていると感じたこと。
努力するとは言っていたが、その努力がめまぐるしく変わる状況に追いつけるかどうかはわからない印象だったこと。
現時点では変更がないと言っていたが、ホームページ掲載の件は告げられたなかったし、広報誌の広告も知らされなかったこと。
名前が掲載されないからなのかもしれないが、関わると決まっているのに連絡がないのはどうだろうか、と今さらながら考えてこんでしまう。
彼女の必死さと丁寧さが、上辺だけのものには思えなかった。そういうことは伝わるものだ。
波紋屋ルカは、途中入社だと言っていた。入社して何年かは経っているだろうけれど、もしかしたら社の動向と噛み合ってないところがあるのだろうか。プレコンテストは、部署間では隠密行動のようなことを言っていたけれど。編集部内ではどうなんだろう。こうしたことは、メールできくと、角がたちそうな気がした。時間をとってもらって、会話の中できくのがよさそうだ。そうしたさりげなさは、苦手だ。でも、苦手だなどと言っていられない。
思い直して、メールを入れておくことにする。
携帯からというのは落ち着かないので、家についてからにすることにした。
帰ってから、いつものようにバッグの中身をテーブルにあけると、少しふくらんだ封筒が転がり出てきた。あけてみると、ワックスペーパーに包まれたソリッドパフュームケースが入っていた。ケースを顔に近付けてみると、仄かに甘い匂いがする。
「練り香水、作ってくれたんだ。もうなくなるって言ったからかな」
これは、うれしいプレゼント。
いつのまに、入れたんだろう。
泊愛久といる時の私は、そんなに無防備なのだろうか。
こういうところが、井間辺和子に心配されてしまうところなのかもしれない。
気になることはいくつもあるけれど、今は、プレコンテストの件に集中だ。
メールを出す前に、今一度懸案事項の確認をしておこうと思い、パソコンで海都社のホームページに飛んだ。携帯の画面で見たように、コンテストの予告のお知らせのアイコンができている。今朝見た時にはなかったものが。アイコンをクリックすると、シンプルなページが現れる。近日大公開、乞うご期待! といった謳い文句とともに、見せてもらった広報誌とほぼ同じ内容が掲載されていた。
「なんだかな」
改めて目の当たりにすると、メールを書くのも気が進まなくなってしまった。
そこで、踏ん切りをつけるのに、練り香水を使うことにした。
ラベンダー、ローズウッド、サンダルウッド、ほんのわずかなプチグレン。
彼女のブレンドにしては、珍しくリラックスさせてくれる組み合わせだ。
「香りでリラクゼーション」とつぶやきながら、左手首の静脈に付けて両手首を擦りあわせて、しばし目をつむる。
泊愛久のお手製であるから、彼女の力を分けてもらった気分だ。
「さて、とりかかりますか」
勤務時間外のメールの詫びを最初に述べて、今日の打ち合わせではお世話になりましたと御礼を述べて、それから、御社のことに興味を持っているので、毎日ホームページを見ていると前振りしてから、コンテストのページができていたのを見たと報告した。
プレコンテストについては書いてないが、新コンテストの情報公開はプレコンテスト開催してからではなかったのかと質問をした。
返信はすぐに来た。
謝罪の例文のような文面で。
最後に、これからもご不明な点ございましたら、どんどんきいてください、としめくくられていた。
「どんどん」というのが、彼女らしいなと、ちょっと微笑ましくなる。
単なる連絡が追いつかないほど状況が変化してるということらしい。
とりあえず、確認はとれたので、ほっとする。
ほっとしたら、猛烈におなかがすいてきた。
市販の惣菜ではなく、お手製料理が食べたい。
自分の手で作ったものが。
私は、クスクスの代わりに雑穀を使った野菜とハーブたっぷりのタブレと、スチームチキンとレッドパプリカのリエットを作り、デザートに、缶詰の白桃にたっぷりのホイップクリームをかけてオーブンで焼いて、仕上げにバニラアイスを添えてキャラメルソースを回しかけたアレンジピーチメルバを仕上げた。
材料を選んで、手順を踏んで作った料理。
テーブルに並んだ皿は、彩りも豊かだ。
眺めているだけで、食欲をそそる。
「いただきます」
市販品と違って、味つけを調節できるのが、手作り料理のいいところだ。
自分の胃や舌の欲するようにできる。
「なかなか、美味しいんじゃない」
自画自賛しながら平らげると、プレコンテストの作業に取りかかった。
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