第37話 文芸世界は新たな才能を求めている
「そういえば、真帆子、海都社って知ってる」
返事につまっていると、井間辺和子が、重ねてきいてきた。
なぜ、いきなりこんなことを言い出したのだろう。知られているはずはないコンテストのことが頭をかすめる。社の将来を担うプロジェクトであれば、海都社も情報漏洩には細心の注意を払ってるはずだ。
「え、ああ、公募の雑誌は参考にしてる」
私は、自然さを装って答えた。
「そうだよね、公募を一覧できるのって便利だものね。ホームページでも見ることできるけど、会員登録したりとか、意外にめんどうだし」
「そういうサイトも見てるんだ」
「そりゃ、出版や文芸に関係するもので、新しいものや注目されてるものは一通り確認してる」
当然とばかりに彼女は言った。
「会員登録、増えたよね、何でも。個人情報入れるの、なんとなく、避けたいかなってのがあって、それで、紙媒体で出てるものはそっちを見るようにしてる。まあ、あちこちで登録してるから、個人情報はだだ漏れかもしれないけど」
「それね、ほんと、情報管理。携帯普及にネットつながりで便利になった分、余計な仕事増えたなって。利便性と顧客獲得には欠かせないんだけどね、今や」
何か思うところがあるのか、彼女は、小さくため息をついた。
「そうそう、海都社の広報誌、けっこうおもしろくて、毎回読んでるの。社外閲覧可だから、持ってきたんだけど。これ、最新号、ちょっと見て」
「これって、売ってはいないんだよね」
価格がどこにも印字されていないのを確認して私は言った。
「そう。宣伝頒布用だから。よく書店に無料冊子置いてあるでしょ、そのタイプ。無料だけど宣材だから、内容は面白いのよ、そういうのって」
「販売に直結してるものね。書店に置いてあるのは、私ももらってきて読んでる。知られてる作家さんの連載小説も載ってたりして、お得感ある」
「そう、正しく、そうなの。それでね」
井間辺和子は、私が目次を眺めているのを見ると、すっとある項目を指差した。
「ホームページに予告が出てたから、言ってもいいと思うけど、こういうのに応募してみるのもいいんじゃないかな」
彼女の指先には、コンテスト開催の文字があった。
ホームページに予告? きいてない。さっき、波紋屋ルカに会ってきたのに、そんな話は出なかった。もしかしたら、言い忘れたとか、メールで連絡が入ってるのかもしれない。でも、これは、本コンテストのことだから、それは公けにするという前提だからなのかもしれない。すぐにでもどんな風に告知されているのか確認したかったが、今はそうもいかない。
「ちょっと見せてもらっていい」
「どうぞ」
ぱらぱらとめくって、コンテスト開催のコーナーを探す。
見開き2ページのコーナーだったが、思ってたような派手な誌面ではなかった。将来の文芸界の発展のために新たな作家を発掘するといった、当たり障りのない文言が並んでいた。そして、最近注目されている作家や、各社の文学賞を受賞した中で、異色の経歴を持っていたり、十代でデビューしたまたは還暦を過ぎてデビューしたといった注目を浴びた作家の名前と作品タイトルが箇条書きに記されていた。
文芸世界は新たな才能を求めている、と締めくくられていた。
「まだ文芸誌は出してないんだよね、この出版社」
「そうなのよね、でも、今回こんな企画を打ち出してきたってことは、近々、文芸方面に進出する目途がたったんじゃないかな。スター性のある作家を抑えたとか」
「スター性のある作家って、必要なの。スター性のある作品じゃなくて」
「どっちにもスター性は欲しい。いい感情でもいやな感情でも、心を刺激するものにはスター性があるんだと思う」
井間辺和子の言い分は、わかる。
自分から逃げずに向き合った作家の作品は、感情をゆさぶる。
かつて読んだ小説に、重苦しくて疎ましくて最後まで読めないものがあったが、その作品は某社で新人賞をとっていた。
「うちみたいなとこは、ちょっと上層部が頭固いから、こうした企画は打てないけれど、柔軟性のあるところは、これからどんどん出してくると思う。最初が狙い目よ、記念で多く受賞させると思うし、なにより、華やかに打ち上げたいだろうから、新しい企画は」
「ありがとう、情報、助かる」
そう言いながら、自分がそのコンテストに参加することは言えなかった。
その前のプレコンテストにノミネートされていることも、もちろん。
いずれ、わかることだけれど、今は言えない。
これから、こういうことは増えていくのかもしれない。
守秘義務だから当然のことだけれど、水くさいとも捉えられてしまうかもしれない。
彼女は、職種に誇りをもっているから、そんなことは言わないだろうけれど。
自分がきちんとしていれば、プライドを持っていれば、だいじょうぶなんだろうけれど。
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