エピローグ
夢を見ていた。
ユリアとダレンがいる。二人とも美しく、ダレンは短髪ではなく、豊かな金色の腰まである髪の毛を三つ編みにして、たらしている。
ユリアは逆に、長い髪の毛をボブカットにしている。彼女のボブカットなんて始めて見たが、とても似合っていて、いつもより大人になった雰囲気だ。
どこか丘の上で三人、いや五人でお茶をしている。小さな子供二人も一緒だ。僕たちの子供だった。
五月ごろだろうか? 丘の上には花が咲き乱れ、うららかな日だった。ここは日本だろうか? 花々は見覚えのあるものばかりで、日差しは赤くはなく見慣れた黄色い太陽のものだ。
とても幸せな気分だった。ぼくは無事に日本に帰れたらしい。だが、何処かおかしかった。こんなに良い天気なのにとても肌寒かった。彼女たちもまるで実態がそこにはないかのように空虚だった。
やがて、僕は激しい激痛と吐き気をもよおした。額がヒリヒリと痛い。激痛はすねの辺りからだった。だが、足首や足の感覚は麻痺しているようで、何も感じない。腕を動かそうにもそもそも腕自体が存在しないかのように言うことをきかない。
「ぶっふぉっ」と誰かが咳き込んでいる。あまりにも五月蠅いので目が覚めた。意識がハッキリしてきて気が付くとその咳は自分の声だった。
先ほどの夢とは打って変わり、当たりは薄暗く、しかも肌寒い。目を開けると果てしない荒れ地で黒い雲が立ちこめまるで夜のように暗かった。
立ち上がろうとしたが脛の激痛で、とてもじゃないが立ち上がれない。
激痛のする部分を見てみるとズボンが引き裂かれ、血で真っ赤になっている。左腕はあり得ない方向に曲がり、動かすことも出来ない。だが、神経がおかしくなったのかあまり痛みを感じなかった。いや感覚そのものがなかった。
次第にぼんやりとしていた視界がハッキリとしてくると、何かの残骸が後方に転がっている。ホーネットの機体の一部のようだった。
「おーい! ユリア! ダレン!」と僕は何度も叫んだが、何も返事が無い。そもそも僕はちゃんと声が出せているのだろうか? それに耳は聞こえているのだろうか?
だが、風の音は聞こえるし、自分の声が何処かに反響しているようなエコーも帰ってくる。声も耳も無事なはずだ。
彼女たちは無事なんだろうか? まずは彼女たちの無事を確認しなければいけない。しかしこのままだと立ち上がることもままならない。とりあえず傷をなんとかしなければ。
僕は上着を脱ぎ、それを止血と傷口の保護のため、すねの部分にキツく巻き付けた。気のせいか痛みは大分和らいだような気がしたが、プラシーボ効果なだけかもしれない。
僕はなんとか体を起こして、残骸の方に痛い足を引きずって近寄っていった。
案の定、その残骸はホーネットの機体の一部だったが、無残にも壊れていた。
カーゴルームに当たるボディ部分はぱっくりと貝が開いた様に割れ、リバートエンジンを含む中身はごっそり無くなっていた。
翼もずたずたになって、エンジンはどこかに落としてしまったのだろうか、二つとも消えている。
そして、キャビンは無残にも吹き飛ばされ、残骸すら残っていなかった。
「ユリアたちは無事なんだろうか?」
ぼくは途方に暮れた。彼女たちの行方はわからないが、現実に飛行機は粉々に破壊され、彼女たちがいたはずのキャビン部分はそっくりそのままなくなっている。
この現実から導き出せる答えはほぼ絶望的なはずだが、僕は彼女たちは実は無事でその辺に隠れているんじゃないかと思いたかった。 だが、理性では生存は絶望的ということがわかっていた。でも、認めたくなかった。彼女たちの遺体を見るまでは。
ふと機体の影で何かがひらひらと動いているのが見えた。
「ユリア! ダレン!」
僕は期待に胸を躍らせ、足の痛みも忘れそこの近づいた。
だが、それは直ぐに絶望に変わった。分厚い毛皮の表紙の本が一冊。風にたなびいてひらひらとページがめくれ上がっているだけだったのだ。
僕はその場に座り込みほろほろと泣きじゃくった。そしてかたく荒れ果てた地面を拳で叩きながら何度も畜生、畜生と言いながら。
なにもかも絶望し、ただひたすらこの荒れ果てた世界で僕は死を待っていた。ユリアもダレンもいない世界で、皆の期待を背負ったミッションも失敗し、僕にはもう生きる希望も目的もない。それにこの世界が二十一世紀の何処かだとしても、生き残ることも無意味に思えた。
それにしても此処はどこなんだろうか? もうかれこれ一日は経つはずなのに天候は一向に変わらない。それに鳥や動物どころか虫すら居ない。あるのは枯れ果てた雑草くらいだ。
一日ここにいて野生動物すらいないなんて、此処はやはり二十一世紀ではないのかもしれん。
そもそも地球なのか、どうかもあやしい。まさかホンモノの異世界なのか? 馬鹿らしい。そうなら魔法使いやドラゴン、妖精の類いくらい居ても良いはずだ。全く何もないではないか?
「ん? なにか聞こえるぞ」と僕は呟いた。いや呟いたつもりになっているだけで実際は声も出していなかったかもしれないが、どうでも良かった。
その音は、遠くからなにか羽ばたくような、バラバラとした音だった。
その音は次第に近くなり、やがてハッキリと聞こえるようになった。
「あれはヘリコプターの音だ」
ひょっとしたら、ユリアとダレンが日本政府かどこか判らないが救助を依頼してくれたのかもしれない。
「助かった」と僕は安堵の涙を流した。
バラバラと音がする方を見ていると黒い雲をバックに黒い機体が刻一刻と近づいてきた。やがて、ハッキリその形がわかるまで近づいてくるとヘリコプターだと思っていたその機体は実はオスプレイだった。
いや、正確に言えばチルトローター機なだけで、オスプレイでは無いかもしれないのだが、そんなことはどうでも良かった。
ようやくそのチルトローター機が、頭上まで来たとき、僕は大きく左手を振って、
「おおい! ここだ! ここだ!」と救助を求めた。右手は全く動かすことが出来なかったから。
チルトローター機は気が付いたのか気がつかなかったのかわからないが、僕とホーネットの残骸近くに徐々に降下し始めた。
よくよく見ると、ホーネットより一回り大きい。ハンスさんはホーネットはオスプレイより少し大きいと言っていたので意外だった。
着陸したチルトローター機はホーネットと同様後尾のタラップ件カーゴルームの扉を開いた。
だが、僕の想像に反して機体から降りてきたのはユリアでもダレンでももちろんなく、自衛隊、アメリカ軍ですらない、傭兵のような日雇い人夫のような、お世辞にも柄が良いとは言えなさそうな人達だった。
タラップから降りてきたのは、合計で五人。中には年端もいかない女の子もいる。どうみても軍関係の人間に見えないし、日本人ですらなかった。それでも僕は彼らに助けを求めて、近づいていった。
「軍の方ですか?」とその中でもリーダー格っぽい、一番がたいがいい男に英語で尋ねた。
「だれだ、おまえ?」と英語ではあるがかなり癖の強い訛りだ。ネイティブではないように思える。
「アウス ケラングヌハ?」と別の背が低い色黒の外国人(黒人やインド人とは異なる東洋系の顔立ちだ)が彼に言った。自分が知っている言葉では無い。
「シュラクク ヘウハ ボンブ」と僕が最初に話した外国人が言うと、
「ハラハラ ケンチャナヨ」と色黒の男が答えた。
「ヤーヤー」と体格のでかい男は納得したようにそう言うと、僕にいきなり銃を向けてきた。
「そういうわけだ。死ね」と、彼は言って僕に向かって引き金を引いた。
●●●
ここには以前から行ってみた買ったのだが、なかなかその機会に恵まれなかった。
今日は偶々ここに来る用事があったので、このチャンスを逃したら、再びこの店に来るなんて無いと思って、訪れることにした。
だが、ここまでたどり着くのは結構難儀だった。なにしろ目印になるような物がなく、狭苦しい路地を古い地図と睨み合いながら、探すしかなかったからだ。
何時間もさまよって、ようやく見つけたその店は、ほかの人家に紛れ込むようにひっそりと営業していた。
正直、「レイブンフード」という赤いテントが無ければきっと諦めて帰ったかもしれない。
そして、話には聞いていたがその佇まいは、およそ飲食店とは想像できなかった。
何年も営業していたようで、店内は油やホコリで薄汚く、調理器具、食材が雑然と置かれており、しかも薄暗かった。
その時は早朝の所為か、僕以外に客はおらず貸し切り状態だったが、客席は狭く、昼時のかき入れ時には、隙間なく座らされ、寿司詰め状態になる事は容易に想像出来た。
着席して何を頼むかメニュー表を探してみたが、すぐ目に付くところに見当たらず、少々焦ったのだが、よくよく注意すると目の前にあったのだ。
メニュー
ラーン
大盛りラーン
チャシュウ(売り切れ)
大盛りチャシュウ(売り切れ)
シンプルすぎて気がつかなかったのだ。
そして、なんと驚いたことに既にチャーシュー、いやチャシュウが売り切れ。
朝の八時ちょっと過ぎたところなのに、何故なんだろう? そもそも、最初から仕込んでないか、朝一で団体が押し寄せて食い尽くしたのか?
どちらか判らないけど、最初から仕込んでないなら売り切れって書かないで欲しい。いつもはある物だと期待してしまうでは無いかと思う。
萩野裕樹著の「異世界ラーメンガイドブック」によれば、ここのラーメン、いやこの世界では『メ』がなくてラーンと呼ぶらしいが、チャーシューがとても柔らかくて美味しいとのことだったので凄く期待していたのだが、残念だ。
期待していたチャーシュー麺が食べられないのであれば何か、別なメニューにしようかと思ったが、お口の中はすっかりチャーシュー麺のモードだ。
だが、チャシュウは売り切れで、かといってラーンかその大盛りのみしか、メニューにないので選びようがない。
結局普通盛りか大盛りか、何を頼むか思い悩んだあげく、大盛りにした。
諦めて帰るという選択肢もあったが、せっかく来たのだ。それに肝心のラーメンが不味いのであれば、潔くチャーシューを諦めることが出来る。
中年の店員さんにメニューを伝え、私は懐からハシシを取り出して口にくわえると、火を付けるため『ガレス』製のライターを探そうとポケットをまさぐった。
「お客さん。禁煙です」
私は慌てて口にくわえたハシシを、箱に戻した。
そうか、嫌煙はこの国でも同じか。店のたたずまいですっかり昭和の世界に戻ってしまったと勘違いしてしまった。
しかし、客が一人も居ないのにタバコくらい吸っても良いじゃ無いかと一人ごちる。しかも此処は日本じゃないし、ましてアメリカやヨーロッパでもない異世界だ。
私が此処に来てかれこれ、数ヶ月になる。当初はただの夢かと思っていたが、どうやら現実で有ることに直ぐに気が付いたのだが、ここまで来た経緯をまるで思い出せない。
某国の工作員に連れ去られたのかと思い、背筋が凍る気分もしたが、メディアで見聞きする某国とは違って豊かだし、人民が東洋系ではなく欧州系だ。
そして、少なからず英語も通じるからヨーロッパの某国なのかと思ったが、文明が酷く異なる。何しろいまだ馬車が走り、鉄道も馬車鉄道という文明だ。
だが、タイムトラベルでは無かった。なにしろしゃべる白熊もどきや、見たこともない動物が闊歩している。
自分は悪夢を見ているか、それとも頭がおかしくなったとも思った。だが、とある紳士が私を不憫に思ったのか、かくまってくれた。
その紳士曰く、実は私のような異世界から来た人間が何人もいるとの事で、自分もその一人だと聞いた。
君たちはこの国で大変重宝されているから、決して迫害されることもないし、国民は君たちに皆親切だ。落ち着いたら職も紹介してあげるから、暫くはわたしのとこでゆっくりして居なさい。とのことだった。
もともと、天涯孤独な上、仕事の失敗で無職同然だった私は渡りに船と思い、彼の提案を受け入れた。
彼の家で厄介になるうちに、私は彼の一人娘と恋に落ちた。そして、父親である彼や奥方にも黙認される恋仲になった。
だが、とある日、私はネズミのような生き物から分厚い本を買った。元来本好きな私は、格安だったせいもあり、その本を何の躊躇もせず購入した。
その本を見ると恐るべき事に自身のことに関する事柄がまるで私の日記のごとく事細かく過去、現在、未来問わず、記述されている。
正直、私は面食らってしまった。そして薄気味悪くなった私はその本を、裏庭の焼却炉で燃やしてしまったのだ。
しかし、本は何度処分してもまるでそんな事ははなからやっていないと思われるごとく、再度私の目の前に姿を現した。
諦めた私はそれを部屋の片隅に放置した。持っていても二度と見なければ良いのだ。
しかし、ひょんなことでその本を見る羽目になった。それは、恋人であるジュリアと愛の秘め事をしている最中だった。
あまりにも激しく愛し合ったせいか、棚の隅に置いておいた、その本が振動で落ちてしまった。だが、その時はそんな事に気にもかけなかった。
彼女が自分の部屋にもどり、私は一人で部屋の片付けをしていると、その本がページを開いたまま、床に落ちていることに気が付いた。
私はその本を棚に戻す際に偶然にも見てしまったのだ。私と萩野裕樹との関係を。
その本によると、彼は犯罪者として当局に追われる存在だった。しかもその支援者に私の名前が連なって居たのだ。名前から察するに日本人で、私と同じ異世界からの転移者だろう。だが、私と彼はまだ面識がない。それどころかどんな人物かも知らない。
この本の事は薄気味悪い位にしか思わず、まるで信用していた訳ではないが、そんな事が予言されているのだから、さすがに私もびっくりした。
図書館で彼の事を調べてみると、以前彼はガレス王国直属の錬金術師であった。彼は帝国のエネルギーをまかなう事を目的に、リアクター、つまり原子力を研究していたのだが、その課程で世界を滅ぼしかねない威力の超兵器(推測するに核兵器の類いであろう)を作り出してしまった。
そして、何を考えたのかガレス王国の皇太子と妃を人質にして逃げ回っていると言うことだった。
彼らが消息を絶ったのは、約二年前、セルリア歴5333年蟹の月三十目だった。
いずれ自分と関わりがある彼に興味を持ち、私は彼の事を調べた。その中でとある著作物が目にとまった。それが、この「異世界ラーメンガイドブック」だ。この世界の本にしては珍しく日本語で書かれている。
この世界では英語に似た言語「セルリア語」が公用語だ。不特定多数の読者をターゲットにするなら、公用語を使って書くのが常識だ。特定の人間にしか読まれない日本語で書くことはあり得ない。と、言うことは、誰にむけて書いたのか判らないが、日本人か日本語を理解できる者だと推察される。それが私のような日本からこの世界に転移した者か、ある、特定の人間への暗号なのか。
元来、私は無類のラーメン好きだ。今は違うが二十代の若い頃は車を飛ばして関東地方内で美味いと言われたラーメン店はどこにでも行ったものだ。しかし、この世界にきて正直、ラーメンに飢えていたのだ。それがこんな本を見つけてしまったのだから、行かないわけにはいかない。
すでに、かの本で紹介されている店のうち、ジラー、サラバスティ、マグナビクトリア、フィジーマール、ハインリッジ、ヴェニミリアは訪問済みだから、此処レイブンでようやくカロンのラーメン店は制覇できる。
まだ、ガレス王国とケイブボウルのラーメン店には行く機会はないが、ガレス王国には遅かれ速かれ行くことになる。
私もガレスで錬金術者として招かれるんだろうか? お世話になっている、アーコン氏はいずれ良い働き口を見つけてくれるとおっしゃっているが、もうすぐ半年だ。いつまでも居候と言うわけには行かない。
しかし、五十過ぎのおっさんなんて雇ってくれるところがあるのだろうか? しかも知っていることは半導体のアナログ回路設計くらい。鍛冶屋や調理師ならいざしらず、この時代に役立つ職業があるのだろうか?
全く役立たずとして、前の会社から放り出された自分に合う職業なんて無いように思えるのだが。
「お客さん」
店主が何度も自分に声をかけているのに気が付いた。
「なに、ぼうっとしてるんですか? ラーンが冷めちゃいますよ!」
店主がカウンターの上にラーンどんぶりを置いて暫くたっても下ろそうとしない私にイライラしたようにせっついた。
「ああ、すみません。考え事してたので」
「お客さん、あまり見かけない顔だね。この店初めて?」
「ええ、国の人間に紹介されてね。此処のラーンが美味いって」
「ほう、旦那の国に人間ね。ひょっとしてあれかい? 例のハギノっていう…」
「そそそ! マスター、なんでしってんの?」
「そりゃ、有名だよ。何しろ自分の信念を貫くために皇太子と妃と駆け落ちしたんだからね」
「そんな事件が? でも、人質ときいてるけど」
「あれは、お上が流したデマ。本当のことは言えないからね」
「本当のこと?」
「あれ、旦那知らないの? ここ来て長いんだろ?」
「いや、まだ本の数ヶ月で、来月ようやく半年かな」
「そっか、じゃ知らなくても無理ないわな」
「ところでどんなことなんです?」
「あまりでかい口いえねえんだよ。官憲にしょっぴかれるから」
「其処をなんとか」
「じつはな、実は皇太子は男じゃねえ」
「?」
「ついてねえんだよ。あれが。そんでよそのハギノって奴が、子種の提供者として連れてこられたんだけどよ、妃の。だけどよ、皇太子も女だから惚れちまったっんだよ。そいで、妃とで取り合いになったんだけど、それじゃまずいってなって、国王が子種だけ抜いて国に追放しようとしたら、3人で逃げちまったんだよ」
「マジか?」
「そう、しかもなそのハギノって奴は錬金術師で、国がまるごと吹っ飛んじまう爆弾をもってな」
「そりゃ恐ろしいな。で、この国を脅しているとか?」
「それが違うんだね。脅すどころかそれで心中を図りやがったのよ」
「でも、この国は無事な訳だから、結局は心中できなかったんだよね。すくなくともその爆弾では」
「いや、爆破させたんだよ。だが、何も起こらなかった」
「爆破させて何も起こらない?」
「ああ、あん時のことはよく覚えている。こう、北のほうでな、ノンマルトルの森辺りが真っ昼間の様に光ったんだよ。すごい閃光があった。それ見たときはもう死んだかと思ったね。だけどよ爆風も熱線も出なかったんだよ。なにしろ、知り合いのラーン屋がそばにあるんだけど、そいつは寝てて気が付かなかったと言ったくらいだ。勿論、森も火事も何も無く綺麗なもんだったらしい」
「錯覚じゃなくて?」
「そんなわけない! 屋内にいた者を除けば殆どの国民はあの閃光を見ているし、ガレスやケイブボウルでも確認している」
「そうですか。ま、その話は事実としても肝心の皇太子様はどうなったのですか?」
「三人ともそれっきりさ。閃光とともに消えちまった」
「遺体が見つからないってことですか?」
「遺体もなにも、全て消えたってさ」
「その兵器ってのも消えたって事ですか?」
「そうさ。ま、少なくとも俺ら平民が知っているのはそれくらいだって旦那、まだ殆ど残ってんじゃなええか! とっとと食ってくれ! 麺がのびるわ!」
私は、少し生ぬるくなったラーメンを慌ててかき込んだ。
大忙しで食べたから、正直よくわからないところもあったが、麺は太くてもっちりして文句なく美味しかった。
スープは少ししょっぱく、豚の匂いが少し強い。同じ豚系でもジラーはこれほど露骨に豚くさく無い。それとジラーのように脂が多くないのか、比較的あっさりしていた。勿論、あくまでもジラーと比較したレベルだ。
そしてお勧めのチャシュウはバラ肉なのだろうか、かなり柔らかめで、ほろほろと崩れ落ちるようだ。これは美味い。しかし、チャシュウ麺で無くて良かったと言うくらいたくさん入っている。オマケにバラ肉で脂分が多いのだろう。少ししつこくて、途中で飽きる。チャシュウ麺にしていたら紛れもなく残していた。
面白いことにキクラゲのようなキノコ類とタマネギのみじん切り、わかめも載っている。特に特筆すべきは大きめのこのキクラゲだ。食感もコリコリとした歯ごたえが美味しい。このキクラゲ、なかなか良いアイデアではないか? もともと中華料理にもキクラゲはよく使われる。だからラーメンにもよく合うのだ。普通は千切りにされている事が多いが、此処ではちぎってあるのだろうが、まるのままと言っても良いだろう。
そしてタマネギとわかめも良いアクセントになる。
しかし、大盛りにしたのは正直失敗だった。私はどこでも大盛りを頼むような大食らいであるのだが、ここの大盛りは限度が違う。ジラーやサラバスティ程ではないが、全て食べきれるほどの量では無かったが、苦しいながらもなんとか食べきった。
ほんとうに吐きそうになるとはこのことだ。ラーメンガイドブックの著者、萩野氏はここでチャシュウ麺大盛りを食べたとある。本当に、こんなに大量の麺を食べ切れたのだろうか?
今となっては謎だな。その萩野氏もその皇太子夫妻も消えてしまったのだから。
●●●
異世界ラーメンガイド 諸田 狐 @foxmoloda
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