第43話 再会、そして……

♦梨花side♦


……ヴィゼル様の具合も良くなってから数日後。

私は一般区域にあるホールへ来ていた。


「それでは梨花様、これからご説明させていただきます」


「はい」


私の向かいに立っているのは講師の先生……の、補佐役だそうだ。


「貴方には姫君としてのレッスンを受けて頂きます。マナー作法からダンスに掃除洗濯……掃除洗濯は無いですが、多岐に渡ります」


「はい」


「早速、基本的なマナーから参りましょうか。先生、お願いします」


ドアが開いて、一人の男性が姿を現した。


「……やっほ〜」


ぱっつんな前髪にぱっつんボブヘアー。綺麗な茶髪によく合う緑色の瞳。


細身の「先生」は手を上げて挨拶した。


「初めまして、俺はリーフ。今日から君の指導を任された。よろしくね」


「え……と、こんにちは。梨花です。よろしくお願いします」


「挨拶はバッチリだね。……ってわけで、早速始めるよ?」


「はい!」


ヴィゼル様に似合う女になってみせる!


「さてと……じゃあ最初は」


レッスンが始まる。


まずは姿勢から歩き方、座り方まできっちり教えて貰った。


「君ってここの人じゃないんだってね。そっちとマナーは違うかもだけど、君はもうこの国のお姫様なんだから、覚えてね」


「はい」


お姫様……

そっか。もうすぐ、エストラルから離れてしまうんだな。


少しだけ名残惜しい気もする。


リーフ先生は頷いた。


「……うん。元々姿勢はキレイだし、変な癖もないから大丈夫だね。次、食事のマナーに移るよ」


「はい」


この食事のマナーが結構大変だった。

エストラルと全然違うんだもん。覚えるのにも一苦労だ。


……まあ、実践ということで美味しい料理が食べられたからいいんだけど。


それから約半日レッスンを受けて、その日は終わった。


「お疲れ様〜。じゃ、また明日ね」


「はい、ありがとうございました」


私はホールを出て、ピタリと足を止めた。


「ここ……どこ……?」


来る時は先生の補佐役さん(名前聞きそびれた)が迎えに来てくれた。


一般区域は分かんないよー!!


取り敢えず記憶を頼りに歩く。

誰か知ってる人に会えないかな……。

兵士に聞こうにも、そもそも兵士があまりいない。


……すると、向こうに軍服が見えた。

良かった!!


「……あのっ!」


その人は振り返る。


瞬間、私は自分の目を疑った。


「…………ぇ…………?」




一方その頃。


「なあヨシュア、海軍て戻るのいつだっけか」


執務室でぐうたらしているルーカスにヨシュアは答える。


「今日の午後……と聞いています。もう着いたのではないでしょうか? 直にヴィゼル様から連絡が来ますよ」


「おう、そうか」


ルーカスはソファにどっかり座ってぼやく。


「……しっかしまあ、休戦協定か。今回も長引きそうだねぇ」


「そうですね。ダルムに対しては最早兵器の必要性皆無ですから。……昔に逆戻りですよ」


「歴史は繰り返すってのは本当だな。成長したら衰退の繰り返しだ」


ヨシュアは書類の端をトントンと叩いて揃える。


「……そうでもないと、世界はあっという間に滅んでしまうかも知れませんよ」


「真実は神のみぞ知る、ってやつか」


ルーカスは大きく伸びをする。


「……あー、昼寝でもすっかなぁ」


「自室でどうぞ」


「はいよ」


ルーカスがドアノブに手を掛けた途端、勢い良く扉が開いて彼に激突した。


「いっってえ!!!」


ヨシュアは入ってきた人物を見やる。


「ヴィゼル様、おかえりなさい」


「ちょ……。酷いぜ国王」


ヴィゼルはしばらく無言だった。


「……ヴィゼル様?」


「国王?」


そして突然ぶっ倒れた。


「ヴィゼル様!?」


「……世界の終わりだ……」


ヴィゼルは弱々しくそう言った。


「何ですかまた……」


「……梨花が……梨花が」


ヴィゼルは両手で顔を覆った。


「男に……抱きついていた」



「ヴィゼル様、少しは落ち着きましたか?」


「ああ……」


ソファに座ったヴィゼルは紅茶を啜る。


「しっかしそりゃ本当か? 見間違えじゃねえの?」


ヴィゼルは首を振る。


「私もそう思った。しかし何度見ても…………はぁ」


そしてがっくりと項垂れる。


「わー、国王が鬱だー」


「あの梨花さんが……何かの勘違いでは?」


「しかし……梨花から抱き着いていたのだぞ? あの軍人も抱き締め返していた」


「バッチリ見てますね。メンタルすごい」


ルーカスはふと気になって聞く。


「相手は軍人なのか?」


「ああ。……あの服は」


ヴィゼルは苦い顔をして言った。


「海軍だ」


「帰っていたのですね」


「ああ。今しがた報告を受けた。見たのはその帰りだ……クソっ」


心の声がだだ漏れなヴィゼルだった。


「誰か心当たりとかねえの?」


彼はまたも首を振る。


「いや。黒髪は知らない」


今度はヨシュアが聞く。


「黒髪……? 珍しいですね。いたら気づくはずですが」


ロステアゼルムでは黒髪は珍しい。


「……梨花は、ああいう奴が好みなのだろうか?」


ルーカスはうーんと唸る。


「違う気がすっけどなぁ……。お嬢ちゃん金髪好きそうだしよ」


「それは以前言っていましたね。……あと、あの子はヴィゼル様のこと大好きですよ」


「ああ……あいつの気持ちを疑うことはしないが……ただ、……」


それきりヴィゼルは黙ってしまう。


「そりゃショックだよな」


「梨花さんに聞いてみては? やはり何かの勘違いかも知れませんよ」


「……そう、だな」


ヴィゼルは重い腰を上げた。

……次の瞬間。


「──ヴィゼル様!」


扉が開いた。



♦梨花side♦


「ヴィゼル様!」


私は執務室の扉を開けた。

ヴィゼル様が目を見開く。


「……梨花……?」


私は泣き腫らした目で彼を見据え、後ろを振り返った。


「……この人が私の婚約者だよ、お兄ちゃん」


ヴィゼル様は呟く。


「…………兄……?」


私は後ろにいた軍人を前に押し出した。


「お兄ちゃん、自己紹介」


彼は軍帽を外しお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。私は倉石蒼也。リン……梨花の兄です」


それは少し前のことだ。


♢♢♢


私が声を掛けた兵士は振り返った。


……その姿は、良く見知ったものだった。


でも、そんなハズない。だって……


お兄ちゃんは、出兵したんだもの。

一年くらい前に家を出て、それから音沙汰無いからもう死んじゃったって思い込んでいた。辛くて思い出したくもなかった。


だけど、目の前の軍人は確かに言った。


「……リン……?」


昔からお兄ちゃんが呼んでいた名前。

黒髪に黒い瞳。綺麗な声。


それは紛れもなく、お兄ちゃんだった。


「お兄ちゃん? ほんとに……?」


「リン。……良かった、生きてて良かった」


私はお兄ちゃんに抱きついた。


「お兄ちゃん……!!」


あの頃……街をさ迷っていた頃は、私にはもう誰もいないと思っていた。

けど違ったんだ。


気づけば周りにはヴィゼル様やヨシュアさん、ルーカスさん達がいてくれた。

そして今、家族と会えた。


「お兄ちゃん、どうしてここに……?」


「ああ、それが配属が海軍だったんだけど、負けたからロステアゼルムに吸収されたんだよ」


それからお兄ちゃんは深刻な顔をして聞いた。


「……父さんと母さんは」


「……。死んじゃったんだ……」


兄は目を伏せた。


「そっか……リン、ごめん。一人にして……辛かったよね」


「ううん……っ、大丈夫。あの人がいてくれたから」


お兄ちゃんは首を傾げた。


「あの人? リンがここにいることと関係があるの?」


「うん、そう。……私の、婚約者……だよ」


私は呆然とする兄を引っ張って、執務室へと向かった。


♢♢♢


「つまり、先程貴様が抱きついていたのは……」


「お兄ちゃんです」


ヴィゼル様ははぁあ、と溜息を吐いた。


「…………良かった……」


ていうか、見られてた……。


「ヴィゼル様、見てたなら声くらいかけてくださいよ……もう」


ヨシュアさんとルーカスさんは微笑んだ。


するとお兄ちゃんが顔を寄せて囁く。


「兄ちゃんはリンの事にとやかくは言わないけど……本当にあの人でいいの? あんなホストみたいな外見で」


思わず吹き出した。


「ほんとだ……っ、ホスト……っ!!」


目ざといヴィゼル様が私を軽く睨む。


「おい梨花、何笑っている」


「ごめんなさいなんでもないです、ふふっ」


後ろでは聞こえていたらしい二人が肩を震わせていた。


私はお兄ちゃんの方を向いて、はっきりと言った。


「……お兄ちゃん、私にはヴィゼル様しか考えられないの」


お兄ちゃんはふっと笑う。


「そっか。なら良いんだ。元はと言えばリンを一人にした兄ちゃんが悪いんだし」


「そんなこと言わないで。お兄ちゃんのせいじゃないよ」


「……うん、リンがそう言ってくれるなら」


昔みたいに頭をぽんぽんされて、懐かしさに涙が込み上げる。


「おや、国王怒らないねぇ」


「……私はそんなに器の小さい男ではない」


ルーカスさんはハッハッハと笑う。


「さーて、どーだかね」


お兄ちゃんはヴィゼル様達に向き直り、頭を下げた。


「……国王陛下、俺の妹をよろしくお願いします」


「ああ」


一瞬、国王としてのヴィゼル様が垣間見えた。

恐ろしく威厳に満ちた絶対的な存在。

一瞬ですら、怖かった。


ヨシュアさんが皆を見回して言う。


「皆さん、もうじき日が暮れます。詳しくはまた後日にしましょう」


ルーカスさんが頷いた。そこにヴィゼル様が突っ込む。


「そうだな。よっしゃ、今日は飲むか」


「何故貴様が飲むんだ」


「大将が見事お嬢ちゃんを勝ち取った訳だからなー。めでたいだろ?」


ヴィゼル様は少しだけ微笑むと言い返した。


「……好きにしろ。あと私は国王だ」


「どっちでもいーじゃんよ」


「駄目だ」


言い争いを聞きながら私はお兄ちゃんに聞く。


「お兄ちゃんは今日どうするの?」


「部屋が支給されてるから、そこで休むよ」


「そっか。じゃあまた明日だね」


「うん。また明日ね、リン」


……少し前まで普通に交わしていた言葉。

どうしようもなく懐かしさを覚えてしまって、油断すると涙が出そうだ。


「梨花、何を突っ立っている。行くぞ」


「はい、ヴィゼル様」


私はヴィゼル様の手を握った。


「こうやって帰りたいです」


ヴィゼル様はふっと笑って手を絡めた。


「奇遇だな。私もそう思っていた」


執務室から彼の部屋まではそう遠くないけど、何故か長く感じた。

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