第42話 束の間の休息
翌日。
ヴィゼル様はもう一日お休みを貰ったようだ。
随分と顔色が良くなって安心した。
「梨花〜♪」
「いやぁああああ」
しかし朝から謎のテンションで迫られているので困る。
「何故逃げる?」
「だってヴィゼル様絶対変なことするし!」
「変なことはしないぞ。ただ貴様を愛すだけだ」
「それが変なことです!」
私は必死でヴィゼル様の腕から逃れる。
だってもう無理だよ。体力の限界!
「はい、捕まえた」
そしていとも簡単に捕まってしまった。なんで?!
「やだー!」
じたばたともがく。
「子供みたいな事を言うな。可愛いが」
くっ……
「ぷん!」
ヴィゼル様はふふっと笑って言った。
「私はどうも、貴様の機嫌を悪くしてしまう天才らしいな。どうすれば良い?」
「……ヴィゼル様はいつも通りでいいです」
恥ずかしくて怒っちゃうことくらい、分かってよ。
「ほう? つまりは愛情の裏返しということか?」
「……」
私はこくりと頷いた。
「だが私は梨花の笑った顔が見たい」
ヴィゼル様は私の顎を掴んでくいっと持ち上げる。
そしてどこか媚びるような、彼にしては珍しい声色で甘々に言ってきた。
「……もっと私に甘えてくれないか、梨花」
きゅううううん。なにそれ……なにそれ!!!
陛下からお許しもらいました。甘えて良いらしいです。
「ほんとに良いんですか?」
「ああ」
「引いたりしませんか?」
「しない」
私は恐る恐る彼を抱きしめた。
「ヴィゼル様……」
彼の服に顔を埋める。
はー、至福。
「いい匂いする……」
「梨花、顔を上げろ。見えないではないか」
「はいっ」
ヴィゼル様パワーで頬がユルユルです。
「ああ、怒った顔も捨て難いが……やはり笑顔の方が可愛いな」
「ヴィゼル様の笑顔もかっこいいです」
「そうか。私は笑っていたのだな。完全に無意識だ」
「えへへっ」
甘えていい……んだよね?
「ヴィゼル様、大好きです」
「ああ。私も好きだ」
♦ヴィゼルside♦
「ヴィゼル様の髪〜♪」
「髪を弄るのは構わないが……私は暇だ」
さっきから梨花は私の髪を弄っている。今は短いから結ばれはしないが……
「でーきた♡」
私の頭には可愛らしいヘアピンがついていた。
前髪を片側だけ留めてある。
「……これは何だ?」
「くまちゃんです。ヴィゼル様可愛いです〜」
「そうか……ありがとう」
まあ、甘えろと言ったのは私だし、彼女が喜んでいるのならそれで良いか。
「あの……ヴィゼル様」
「ん?」
梨花は少しもじもじして言った。
「ひざまくら……してくれますか?」
「ああ、構わない」
私はソファに座る。梨花が膝に寝転がった。
「ほぁあ……眺め最高」
梨花の頭を撫でてやる。
「♪」
すると彼女は私の服を掴んで言った。
「ヴィゼル様、上……脱いでください」
「ふっ……」
思わず笑ってしまった。
「そんなに真っ赤になる事無いだろう?」
全く……どこまでも可愛らしい奴だ。
私はヘアピンに気を付けながら上着を脱いだ。
風邪は大分治ったので大丈夫だろう。
多分な。
「これで良いか」
「ほぁああああ……ご馳走様です♡」
「ん?」
梨花の目が潤む。
「かっこいい♡♡ 全部かっこいい♡ すきっ……♡」
……迂闊だった。
普段あんなに強がっている梨花がこんなにも蕩けるとは思わなかった。
ギャップが凄まじい。
らしくもないが本気でこう思った。
……超絶可愛いっ!
「……梨花、もう良いだろう?」
「はい、堪能しました♪」
私は梨花を抱き上げベッドに直行した。
「流石にもうして良いだろう?」
梨花は顔を赤くして頷いた。
「……して、ください……♡」
私は思わず両手で顔をバシンと打った。
「ヴィゼル様……?」
「ああいや、何でもない」
……駄目だ、こちらの心臓と人格が持たない。
ヒリヒリと頬が痛む。
「……悪いが、少しだけ」
私は横になって梨花を抱きしめた。
梨花の頬が肌に当たる。
……柔らかいな。
「綺麗です」
梨花はぴとっ、と私の胸に頬を当てた。
「……心臓の音、好き……っ」
ドクン、と跳ねる。
これでは梨花にバレてしまうな。
──私がどれだけ貴様に惚れ込んでいるか。
「ヴィゼル様、もしかしてドキドキしてますか……?」
「……ッ……」
「悪いか……?」
梨花はにっこりと笑った。
「いえ。ヴィゼル様が私でドキドキしてくれるって思うと……とっても嬉しいです」
あー、可愛い。
最近可愛いしか言えていない気がする。
「それに、ヴィゼル様の鼓動とっても落ち着きます。ずっと聞いていたいです」
さっきからやたらドクドクと疼く心臓がうるさい。
「……好きにしろ」
強がったところで、私の全てを握る彼女には通じない。
「じゃあ、好きにします」
梨花は突然腹の辺りにキスをした。
「ッ?!」
「ヴィゼル様……大好きです。かっこよくて、優しくて横暴で、誰よりも強いヴィゼル様が世界でいちばん大好きです」
この子は……。
私はその頭を撫で、耳に噛み付いた。
「ひぁ!」
「私も言いたい。梨花のその強がりな所とか、すぐ怒る所……芯が強くてあらゆる面で可愛い貴様が宇宙でいちばん大好きだ」
梨花はぽっと頬を赤らめた。
「ヴィゼル様ずるいです。なら私も宇宙でいちばん大好きです」
「ああ」
「ヴィゼル様、ずっと前から気になっていたんですけど……」
「どうした?」
「その、け……結婚式って……いつ、ですか……?」
……ふむ。
これはしまった。
「梨花は結婚式、したいか?」
「……したいです。ちゃんとヴィゼル様のものになりたいです!」
そういう言い方をされると言い返せなくなる。
人前に見せたくないなど、今思えば小さなプライドだった。
「……なら、戦況が悪化する前にしようか」
そうだ。もしかすると私はもう彼女と──
そう思った瞬間、言い様のない恐怖に駆られた。
今まで不安こそすれ、恐怖など感じたことはなかった。
だが……梨花と一緒に居られなくなると思った途端、頭を殴られたような(残念ながら、私は殴られたことが無いが)ショックを受けた。
「はい、是非……。……ヴィゼル様?」
「……ッ」
死ぬかもしれないという恐怖。
それは二度と彼女を抱き締められない恐怖だった。
「ヴィゼル様」
不意に、梨花は私の頬に触れた。
温かい手が添えられる。
「梨花……? ──ん」
そのままゆっくりとキスをされた。
「あまり思い詰めちゃダメですよ。ヴィゼル様は強いですから、大丈夫です」
私ははっとした。
梨花は実際、生死の境をさ迷った身だ。
いつ殺されるかも分からない状況で──しかも私に殺されかけた──、耐えた。
そして今は私に心を許してくれて、こうして笑ってくれている。
守ろう。
死ぬか死なないかの問題ではない。
守るのだ。
私は命を掛けて、梨花を守る。
「……私もまだまだだ。これでは王としてやって行けないな」
「──だろう、プリンセス」
梨花は身体を強ばらせた。
「え、え……っ」
「結婚すると言うことは、貴様は王妃だ。王妃ということは……私の姫だ」
「おう……ひ」
梨花は私の手を握った。
「ヴィゼル様の……お姫様……」
「ああ」
「ヴィゼル様は……私だけの、王子様……?」
「王子にでも騎士にでもなろう。この命を掛けて、貴様を守り抜くと誓う」
「そん……な……」
梨花は潤んだ瞳から大粒の涙を零した。
「うれし……っ、ヴィゼル様が、私だけの……っ。えへへっ……」
泣きながら幸せそうに笑う梨花はこの上なく美しかった。
私はその雫を掬い、今度は意図的に微笑んだ。
「私はいつまでも貴様のものだ」
「ヴィゼル様……っ♡」
私は梨花の唇を奪って、服を脱がした。
♦
「……ヴィゼル様♡ もっとっ」
「ああ。好きなだけしてやるよ」
正直途中で何回か理性を失いそうになったのだが、そこは紳士を保った。
♦
「……そうと決まれば式の準備をしなければいけないな」
「はい!」
私は少し心配で梨花に聞いた。
「私と正式に結婚すると言うことは、貴様は姫になる。……それなりの教養を積む覚悟はあるか?」
梨花は間髪開けずに頷いた。
「はい。ヴィゼル様のためだったら何でもやります」
「それは頼もしいな」
梨花の頭を抱き寄せる。
「共に頑張ろうか、梨花」
「はいっ!」
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