第44話 国王陛下はベッドの上でだけ甘い顔を見せます。

部屋に着くと、ヴィゼル様は寝室に引っ込んだ。


戻ってきたその手には、袋が握られている。


「……ヴィゼル様? それなんですか?」


彼は無言で中身を取り出した。


「……う」


それは以前彼が衝動買い(?)した、例の黒い服だった。

……前も思ったけど、それ服なの?


「私にあんな思いをさせたのだ。代償は払ってもらうからな?」


「そんなの知りませんよ……」


ヴィゼル様は私の頬を両手で挟んだ。


「ふぇ」


「……梨花は黒髪の方が好きか?」


突然そんなことを聞かれて、私は首を振った。


「いいえ、残念ながら私は金髪しか受け付けません」


「そうか……そういえば貴様はそういう奴だったな」


どういう奴だ。


「……柔らかいな」


ふにふにとほっぺを触られる。

惜しみなく注がれる熱の篭った視線にこっちまで熱くなる。


「赤くなったな。……可愛い」


「う……」


ぎゅう、と抱きしめられたと思ったら、服が脱がされていった。


「そういえば、城にドレスが入荷したぞ」


「入荷……」


「今まで着る奴が居なかったからな。好きなのを着ると良い」


「は、はい」


彼は不敵に微笑んだ。


「だが今はこれだ」


ぱつんぱつんな黒いリボンが身体に通される。

申し訳程度に局部が隠されている……最早服リボン?!


「うぅぅぅ」


ヴィゼル様は私をまじまじと見た後、抱き上げた。


手が素肌に触れてくすぐったい。


「ああ……これはなかなかに良いな。唆られる」


胸元のリボンをぱくりと噛み、くいっと引っ張ってからバツンと離される。


「いたっ……」


「ああ、悪い」


私はベッドに乗せられて、リボンの上を指がなぞった。


「……そんなとこだめですっ!!」


「ん? ……駄目な訳あるか。あまり抵抗すると縛るぞ」


まだ縛られた方がマシじゃないか。

するとヴィゼル様は突然甘えるように抱き着いた。


「……今夜は貴様に愛されたい」


「ふえっ」


なんですと。


「貴様が欲しい。心も、身体も、全て私の物にしたい」


「……駄目か?」


彼にしては珍しい上目遣い。可愛い。綺麗。

スイート過ぎて胸焼けしそうだ。


熱っぽい言葉を吐かれて、少し悲痛そうに言われたら断れない。


「……駄目な訳ないですよ。私の全部を貴方に喜んで捧げます」


「良かった。愛している」


「っ……♡」


愛している、って言葉が好き。

好きよりも確実で、あったかいもの。


「私ばかり言っていては不公平だ。……梨花、貴様は誰の物なのか、言ってみろ」


言わせるなんて、ずるい。


「……っ……ヴィゼル様の、ものです」


心も身体も彼に囚われてしまっているんだ。


「──ならば、私をもっと求めて見せろ」


私は少し躊躇ってから抱き締め返した。


「すき、ヴィゼル様大好き」


布がズレて胸が露わになる。


「……なかなか妖艶になるものだな」


彼はそう言って私を押し倒した。



「……いつまで経っても貴様は慣れないな。そろそろ私を覚えろ」


「だって……」


ヴィゼル様、良すぎるから。


「ん?」


彼は上裸で寝転がる。


「……ヴィゼル様かっこよすぎるし上手だし……っ、こんなの慣れる訳ないじゃないですか!」


私がそう言うと布団の上限定の甘いマスクが更に甘くなった。


「それは済まなかったな。気持ち良すぎて堪らないということか」


金髪がはらりと顔にかかる。

有無を言わさぬ色気に、見事ぐうの音も出ない私でした。


「……そうですよ、悪いですか」


「素直だな。ならば私も素直に言おうか。……嬉しいよ、梨花」


素直に言って良かったー!!


顔を両手で覆っていると、ヴィゼル様に覗き込まれる。


「どうした? 真っ赤だな。林檎みたいだ」


「うう、やめてください。私今ピュアなアップルちゃんなんです」


「……ほう、わからん」


自分でも何言ってんのか分からなかった。


「林檎だと言うのなら、食ってやろうか?」


ああ、早くもアップルちゃん存亡の危機!


「らめぇえええ」


アップルちゃんの悲痛な叫びが聞こえます。


でも考えを改めたようです。

……どうせ食われるなら目の前のイケメンがいいわ、なんて。


「どうぞ、食って下さい」


ヴィゼル様はくくっと笑った。


「そうか。では遠慮なく頂くとしよう」


ゆっくりと唇が合わさった。

下唇を食まれて、ちゅっと吸われる。


「……甘い。この世のどんな林檎よりも甘いだろうな」


「はーっ、はー……むり♡」


誰か目の前の甘々イケメンどうにかして。

肌の色合いえろちっく過ぎでしょう。枕元のランプの光が反射しててなんとも魅力的。


「……こんな事をしていてはまた我慢が利かなくなるな。梨花、寝るぞ」


「はいぃ」


ヴィゼル様はいつも寝る時に私の頭を撫でてくれる。

だから最近は尚更快眠だ。


今日もぎゅっと抱きしめられて、頭をぽんぽんと叩かれた。


「貴様が寝るまでこうしていてやろう」


うへへ、好き。


好きな人の温もりに包まれて寝れる……これがどんなに貴重なことだろう。


「梨花、おやすみ」


「おやすみなさい……」



翌日。


目を覚ますと、視界は暗かった。

まだ夜?


……頭を動かそうとすると、すごい力で押さえつけられた。


むむ、これは。


「……ヴィゼル様、離してください」


「ん……断る」


寝起きのヴィゼル様に抱きしめられていた。

心臓の鼓動が心地良い。


……素肌、好き。


「ヴィゼル様ぁ……」


「何だ……? じっとしていろ……」


「嫌です。寝起きのヴィゼル様見たいです」


は……? と声が聞こえて、私は開放された。

上を向くと、まだ眠そうなヴィゼル様が優しげに目を細めていた。


「……おはよ、梨花」


朝一でそれはつらい。


「おはようございます……」


横だけ長い金髪がシーツの上に無造作に広がっている。


……この髪型も好きだけど、やっぱり長い方がいいなぁ。


「……そういえばヴィゼル様、出兵しないなら髪切る必要なかったんじゃ?」


ヴィゼル様は一瞬固まってから、誤魔化すように私を包み込んだ。


「そんなことないぞ……? 急に出向くことだってあるだろうからな」


ほんとかねぇ。


「ま、そういう事でいいですよ」


「本当の事だぞ」


「はいはい」


ヴィゼル様はちょっとムッとした顔をしたが、すぐに緩んでしまう。


「……私も大概、貴様に弱いな」


「ヴィゼル様に勝てるの私だけ……?」


「そうかも知れんな」


さて、と彼は起き上がる。


「貴様は今日も稽古か」


「はい」


ヴィゼル様は私の頬に手を滑らせて、見つめた。


「頑張れよ。何かあったら呼べ」


「……ヴィゼル様、執務はサボらないでくださいね」


「──バレたか」


かわいいですこの人。


「さて……あまり時間もない。行くか」


「はい」


私達は朝食を食べに行った。



そしてまたレッスンのお時間。


「おはよー」


「おはようございます、先生」


「今日はーえっとー……何だったっけ」


リーフ先生は補佐役さんを振り返る。


「……ダンスのレッスンです」


「あーそれそれ。てなわけで始めるけど……君ダンスした事ある?」


「無いですよ」


「そっかー。でも大丈夫だよー」


「あ、ダンスは結婚式で踊るからね、頑張ってねー」


なんと。

……ん?

てことは??


「私……もしかして」


「そー。国王陛下と踊るんだよー」


……!!!!


あのヴィゼル様と……ダンス?!


「頑張りますっ!!」


「いいねぇ〜。じゃあ早速始めようか」


「はいっ!」



「えっと……次は足を右? 左だっけ……」


「梨花ちゃん、回って」


「???」


ダンスさっぱりわからん。覚えられないよー!


「初めてだもんねー、慣れるまでがんばろー」


「は、はいっ」


そうしてしばらくクルクル回って、ようやく覚えてきた。


「ステップはそんな感じー。あとは下見ないで、自信もってね〜」


「はいっ」


でも見ないと訳わかんなくなっちゃう!


前にも増してコケるようになってしまった。


「あーこれは最終兵器を投入するかー」


リーフ先生は補佐役さんの方を向いた。


「呼んできて」


「かしこまりました」


補佐役さんが出て行くと、リーフ先生は私にお水を渡して笑った。


「じゃーちょっと休憩ね」


「ありがとうございます」


椅子に座って休んでいると、何やら外が騒がしい。


「あ、来たみたい。梨花ちゃん、このままちょーっと待っててね?」


「? わかりました」


リーフ先生も外に出た。

することもないのでダンスの確認をしていると、ようやく扉が開いて先生が顔を出した。


「はーい、てことで特別講師のご登場でーす!」


バァアアン、と扉が開いた先には。


「……うそぉぉぉおおお?!」


ヴィゼル様がいた。

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