第40話 国王陛下、風邪をひく

執務が無くなるからゆっくり出来る、とヴィゼル様は言っていたがそんなのは嘘だった。


「ヴィゼル様……」


「悪い、これから面会があるんだ」


「ヴィゼルさ……」


「済まない、急に出掛ける用事が出来た。行ってくるよ」


「ヴィ」


「申し訳ない。前線の援護の為に武器を調達してくる」


……いつもこんな感じだ。

寂しい!!


しかも外に出ることも増えた。危険じゃないって言ってるけど……


夏本番、海だとか花火だとか言っている暇はなかった。


……所詮私は力のない庶民。

こうして、ただ待っていることしか出来ない……


何か役に立ちたくて、私は厨房に通った。

お菓子とか夜食を作って、夜遅く部屋に戻る彼に食べて貰いたかった。


「ヴィゼル様、これ……」


「美味そうだな。……だが、もう出先で夕飯を済ませてしまったんだ」


ヴィゼル様は悪くない。なのにいつも謝ってくれる。

それが申し訳なくて、私は何も言わずに耐えた。


……そんなある日の事だった。


私はいつも通り部屋に居ると、突然ヨシュアさんが駆け込んで来た。


「梨花さん、一つ頼めますか」


「何でしょうか」


ヨシュアさんは苦い顔をして言った。


「……ヴィゼル様が倒れました。看病をお願いします」


……やっぱりあの人、無理してたんだ。



その後運び込まれたヴィゼル様は顔色が悪く、隈も酷かった。


「睡眠不足で気絶したようです。今は寝ていますが……起きたら、頼みますね」


「はい。お任せ下さい」


「では、俺たちは仕事があるので失礼します」


彼らが帰ったあと、私はヴィゼル様の軍服を脱がせて、布団をかけた。


「……無理は駄目って、いつも言ってるのはあなたじゃないですか」


その頬にそっとキスをする。

するとその頬は熱かった。

……風邪まで引いてるんじゃない。


「……もう、ヴィゼル様の馬鹿」


それから彼は八時間昏睡していた。



「……ヴィゼル様、お夕飯、ここに置いておきます。起きたら食べてください」


そう言って私はサイドテーブルにご飯を置く。

すると、ヴィゼル様はうっすらと目を開けた。


「……りん…………か」


「ヴィゼル様。よく眠れましたか?」


「…………ああ」


掠れた声もかっこいい。


「随分と、迷惑をかけたようだな」


「当たり前です。どれだけ心配したと思ってるんですか」


「……すまないな。最近忙しくて……貴様が足りないんだ」


私はベッドに引き込まれる。


「ヴィゼル様……」


ぎゅっと抱きしめられて、彼は眠そうに微笑んだ。


「梨花、貴様がもっと欲しい」


……う♡

それは駄目、かっこいい。


「残念、梨花ちゃんはもう売り切れです」


「意地悪言わないで、ほら、こっち来い」


ベッドの反対側をぽふぽふ叩かれる。


「……うー。ヴィゼル様、私今まで我慢してたんですよ?」


「ああ。悪いな」


「……ちょっとくらい、私のお願いも聞いてください……」


「何だ? 貴様はもう売り切れなのだろう? 梨花ちゃん」


どうしよう。脳細胞死滅した気がする。


「……ぅううう、……いーからヴィゼル様、もっとぎゅーしてください」


私はベッドに入り込み、彼に催促した。


「嫌だ」


「なんでえ」


「梨花にそう言われると何故か抵抗したくなる。……もっと私を欲しがれ」


「その可愛い声と身体と仕草で……全身で私を求めろ。そうすれば何でもしてやるよ」


「看病してやってるのに偉そーな……」


つい言ってしまった。


「そうかもな。……こんな私は嫌いか?」


優しげに細められる瞳。


「……悔しいですけど、大好きです」


「そうか」


彼がによによと笑うので話題を変える。


「ていうかヴィゼル様、熱ありますよね」


「んー?」


ヴィゼル様は間延びした声を出す。


「そうなのか。……梨花、じっとしてろ」


こつん、と額が触れ合う。


「……熱いな」


「熱いです」


「……明日医者を呼ぼう。ヨシュアに頼んでくれるか?」


「もっとお願いしてくれなきゃ嫌です」


さっきの仕返しに言ってやるとヴィゼル様は笑った。


「はは、そうだな。……風邪が移るかも知れないが、不可抗力ということにしよう」


普段より熱い唇が触れた。


「ぁ……っ……ヴィゼル様……熱いです」


「ん……そうか?」


彼はゆっくりと唇を離す。


「ほら、キスはしてやったぞ」


「……偉そうですね」


ヴィゼル様は顔を顰めた。


「どうやら私は頼むことに慣れていないらしいな」


そりゃ王様だもんね、頼むことなんてないでしょう。


「……梨花、頼む。私のお願い、聞いてくれないか」


かと思ったらすごく甘い口調で言われた。


「……ダメか?」


「もう、そんなの折れるしかないじゃないですか……!」


この人永遠にズルい……!


「良かった」


ヴィゼル様は咳をする。


「具合はどうですか? 熱以外に……」


「咳が出るな。あと喉も痛い」


完璧に風邪や……。


「もう、ちゃんと安静にしてくださいね?」


「梨花が傍に居てくれるならな」


「居ますけど条件付きで安静にするのやめてください」


「……むぅ」


ヴィゼル様は拗ねた。かわよい!


髪のせいなのか熱のせいなのか分からないけど、彼はいつもより幼く見える。


いつもの頼れる姿もかっこよくて好きだけど、今の色気満載な可愛いヴィゼル様も大好きだ。


「……梨花、暑い」


「ヴィゼル様汗かいてますね。拭きますよ」


私はタオルを持ってきた。


上裸になったヴィゼル様は髪が汗で額に張り付いていて、とてもキケンな香りがした。


「……誰かに世話を焼かれるのは久しぶりだ」


「ふふ、そうですか」


引き締まった身体を濡らしたタオルで拭く。

……どこを見ても綺麗な肌。色気やばい。


ヴィゼル様は自分で顔を拭き、シャツも着替えた。


「はい、これで大丈夫ですか?」


「ああ。ありがとう」


「いえいえ」


にっこり笑ったヴィゼル様は淡々と言った。


「梨花、腹減った」


「……この人……」


つい声に出ちゃった。

私は夕飯に貰ってきたパンやスープを食べさせる。


「スープくらいご自分でどうぞ」


「酷いな」


どこが?!


──夕飯を終えて、今日はもう夜遅いので寝ることにする。


「ヴィゼル様、何かあったら言ってくださいね」


「ああ。……梨花」


「なんですか? ……ヴィゼル様?」


手を握られる。不思議に思って彼を見ると、既に微睡んでいた。


「こうしていると落ち着くな……」


「そうですか。それは良かったです。……おやすみなさい」


「ああ。おやすみ」


静かな寝息が聞こえてきたので、私も目を閉じた。


……ヴィゼル様、お疲れ様です。

でも無理はして欲しくないです。

これからも頑張ってね。


続く


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る