第40話 国王陛下、風邪をひく
執務が無くなるからゆっくり出来る、とヴィゼル様は言っていたがそんなのは嘘だった。
「ヴィゼル様……」
「悪い、これから面会があるんだ」
「ヴィゼルさ……」
「済まない、急に出掛ける用事が出来た。行ってくるよ」
「ヴィ」
「申し訳ない。前線の援護の為に武器を調達してくる」
……いつもこんな感じだ。
寂しい!!
しかも外に出ることも増えた。危険じゃないって言ってるけど……
夏本番、海だとか花火だとか言っている暇はなかった。
……所詮私は力のない庶民。
こうして、ただ待っていることしか出来ない……
何か役に立ちたくて、私は厨房に通った。
お菓子とか夜食を作って、夜遅く部屋に戻る彼に食べて貰いたかった。
「ヴィゼル様、これ……」
「美味そうだな。……だが、もう出先で夕飯を済ませてしまったんだ」
ヴィゼル様は悪くない。なのにいつも謝ってくれる。
それが申し訳なくて、私は何も言わずに耐えた。
……そんなある日の事だった。
私はいつも通り部屋に居ると、突然ヨシュアさんが駆け込んで来た。
「梨花さん、一つ頼めますか」
「何でしょうか」
ヨシュアさんは苦い顔をして言った。
「……ヴィゼル様が倒れました。看病をお願いします」
……やっぱりあの人、無理してたんだ。
♦
その後運び込まれたヴィゼル様は顔色が悪く、隈も酷かった。
「睡眠不足で気絶したようです。今は寝ていますが……起きたら、頼みますね」
「はい。お任せ下さい」
「では、俺たちは仕事があるので失礼します」
彼らが帰ったあと、私はヴィゼル様の軍服を脱がせて、布団をかけた。
「……無理は駄目って、いつも言ってるのはあなたじゃないですか」
その頬にそっとキスをする。
するとその頬は熱かった。
……風邪まで引いてるんじゃない。
「……もう、ヴィゼル様の馬鹿」
それから彼は八時間昏睡していた。
♦
「……ヴィゼル様、お夕飯、ここに置いておきます。起きたら食べてください」
そう言って私はサイドテーブルにご飯を置く。
すると、ヴィゼル様はうっすらと目を開けた。
「……りん…………か」
「ヴィゼル様。よく眠れましたか?」
「…………ああ」
掠れた声もかっこいい。
「随分と、迷惑をかけたようだな」
「当たり前です。どれだけ心配したと思ってるんですか」
「……すまないな。最近忙しくて……貴様が足りないんだ」
私はベッドに引き込まれる。
「ヴィゼル様……」
ぎゅっと抱きしめられて、彼は眠そうに微笑んだ。
「梨花、貴様がもっと欲しい」
……う♡
それは駄目、かっこいい。
「残念、梨花ちゃんはもう売り切れです」
「意地悪言わないで、ほら、こっち来い」
ベッドの反対側をぽふぽふ叩かれる。
「……うー。ヴィゼル様、私今まで我慢してたんですよ?」
「ああ。悪いな」
「……ちょっとくらい、私のお願いも聞いてください……」
「何だ? 貴様はもう売り切れなのだろう? 梨花ちゃん」
どうしよう。脳細胞死滅した気がする。
「……ぅううう、……いーからヴィゼル様、もっとぎゅーしてください」
私はベッドに入り込み、彼に催促した。
「嫌だ」
「なんでえ」
「梨花にそう言われると何故か抵抗したくなる。……もっと私を欲しがれ」
「その可愛い声と身体と仕草で……全身で私を求めろ。そうすれば何でもしてやるよ」
「看病してやってるのに偉そーな……」
つい言ってしまった。
「そうかもな。……こんな私は嫌いか?」
優しげに細められる瞳。
「……悔しいですけど、大好きです」
「そうか」
彼がによによと笑うので話題を変える。
「ていうかヴィゼル様、熱ありますよね」
「んー?」
ヴィゼル様は間延びした声を出す。
「そうなのか。……梨花、じっとしてろ」
こつん、と額が触れ合う。
「……熱いな」
「熱いです」
「……明日医者を呼ぼう。ヨシュアに頼んでくれるか?」
「もっとお願いしてくれなきゃ嫌です」
さっきの仕返しに言ってやるとヴィゼル様は笑った。
「はは、そうだな。……風邪が移るかも知れないが、不可抗力ということにしよう」
普段より熱い唇が触れた。
「ぁ……っ……ヴィゼル様……熱いです」
「ん……そうか?」
彼はゆっくりと唇を離す。
「ほら、キスはしてやったぞ」
「……偉そうですね」
ヴィゼル様は顔を顰めた。
「どうやら私は頼むことに慣れていないらしいな」
そりゃ王様だもんね、頼むことなんてないでしょう。
「……梨花、頼む。私のお願い、聞いてくれないか」
かと思ったらすごく甘い口調で言われた。
「……ダメか?」
「もう、そんなの折れるしかないじゃないですか……!」
この人永遠にズルい……!
「良かった」
ヴィゼル様は咳をする。
「具合はどうですか? 熱以外に……」
「咳が出るな。あと喉も痛い」
完璧に風邪や……。
「もう、ちゃんと安静にしてくださいね?」
「梨花が傍に居てくれるならな」
「居ますけど条件付きで安静にするのやめてください」
「……むぅ」
ヴィゼル様は拗ねた。かわよい!
髪のせいなのか熱のせいなのか分からないけど、彼はいつもより幼く見える。
いつもの頼れる姿もかっこよくて好きだけど、今の色気満載な可愛いヴィゼル様も大好きだ。
「……梨花、暑い」
「ヴィゼル様汗かいてますね。拭きますよ」
私はタオルを持ってきた。
上裸になったヴィゼル様は髪が汗で額に張り付いていて、とてもキケンな香りがした。
「……誰かに世話を焼かれるのは久しぶりだ」
「ふふ、そうですか」
引き締まった身体を濡らしたタオルで拭く。
……どこを見ても綺麗な肌。色気やばい。
ヴィゼル様は自分で顔を拭き、シャツも着替えた。
「はい、これで大丈夫ですか?」
「ああ。ありがとう」
「いえいえ」
にっこり笑ったヴィゼル様は淡々と言った。
「梨花、腹減った」
「……この人……」
つい声に出ちゃった。
私は夕飯に貰ってきたパンやスープを食べさせる。
「スープくらいご自分でどうぞ」
「酷いな」
どこが?!
──夕飯を終えて、今日はもう夜遅いので寝ることにする。
「ヴィゼル様、何かあったら言ってくださいね」
「ああ。……梨花」
「なんですか? ……ヴィゼル様?」
手を握られる。不思議に思って彼を見ると、既に微睡んでいた。
「こうしていると落ち着くな……」
「そうですか。それは良かったです。……おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
静かな寝息が聞こえてきたので、私も目を閉じた。
……ヴィゼル様、お疲れ様です。
でも無理はして欲しくないです。
これからも頑張ってね。
続く
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