第39話 喧嘩する程仲が良い!

さっきから心臓がバクバク言ってる。

正直、告白されたときよりもうるさい。


……嫌われたら、どうしよう。


でも、時間が経ったらもっと嫌われちゃう気がして。


私は部屋の前に着いた。


深呼吸。

大丈夫、言いたいことはまとまった。


静かに扉をノックする。


「誰だ」


「……私です。梨花です」


「入れ」


──拒絶されなかった。やっぱりヴィゼル様は寛容で……


私、すごく惨めだ。勝手にキレて嫌なこと言って、悲しんでる。

これじゃあ、嫌われてもおかしくないよ!!


ゆっくりと扉を開けて、中に入った。


ヴィゼル様はいつもと変わらず、ソファに座っていた。


「どうした。貴様がノックする必要などないぞ」


……あまりにもいつも通りで、つい普通に喋りそうになる。

けど、思いは伝えなきゃ。


私は深く頭を下げた。


「……ヴィゼル様、酷いこと言って……ごめんなさい」


あんなに考えたはずなのに、言いたいことは何一つ言えなくて。

口を開けば、醜い自虐しか出てこない。


……ヴィゼル様は何も言わないので、私は少し顔を上げた。


「──ッ!」


彼は私の目の前に立っていて、

……銃口が向けられていた。


え? 私、殺される……?

ヴィゼル様に殺されるなら本望だ。

だけど、こんな状態で死ぬのは嫌。

ちゃんと仲直りしたい!


「ヴィゼル様……あのっ」


私の言葉を遮るように、銃はカチャリと音を立てた。

……撃たれる……っ!


思わずぎゅっと目を瞑った。


「……ばーん」


やけに美しい銃声(?)がして、私は恐る恐る目を開いた。


……撃たれて、ない?


ニヤッと笑ったヴィゼル様は顔を引き締めた。


「梨花。貴様に一つ、命令を下す。嫌と言ったら本気で撃つ。良いな」


「……はい」


告げられたものは、簡単な命令だった。


「──永遠に私だけを愛すると誓え」


そんなの、誓うまでもないことだよ、ヴィゼル様。


「……はい。私はずっとあなたの事を愛しています、ヴィゼル様」


彼は銃口を私の額に当てた。

……なんで? ちゃんと言ったのに。


「本当か?」


「はい。私を信じてください」


「……」


ヴィゼル様は銃を下ろした。カチャリ、と再び音がして、銃は床に置かれた。


「……梨花」


ぎゅっと抱きしめられる。


「私の方こそ悪かった。……私は王である以前に、貴様の物だということを忘れていた」


……わたしの……もの……?


「そ……んな。私はヴィゼル様の物ですけど、ヴィゼル様はヴィゼル様ですよ」


「それなら貴様だって同じだろう」


お互いに顔を見合わせてふっと笑った。


……全然、心配することなかった。ヨシュアさんの言う通りだった。


「ヴィゼル様、髪、切っていいですよ」


「いや、止めておこうと思う。貴様が少しでも喜んでくれるのならば、私は他に何もいらない」


甘酸っぱい気持ちになって、私は堪らず彼の髪をほどいた。

さらっとしているけど、しっとりしているから確かに重いだろう。


「……暑いですよね?」


「そうだな」


「なら、切ってください。髪の短いヴィゼル様も間違いなくかっこいいです」


そうだ。ヴィゼル様はヴィゼル様なんだから、髪型を変えたってかっこいいんだ。


「そうか? ならば期待しておけ。裏切らないように美容師に頼もう」


「楽しみです」


ほっとして溢れた涙を舐められる。


「……貴様の涙は甘いな」


「うそっ」


試しにちょっと舐めてみた。……しょっぱ!


「はは、嘘だ。だが私には甘く感じる」


「……貴様が私の為に流してくれた涙だ。この世のどんな宝石も敵わないさ」


以前にも増して甘々なことを言われて頭が沸騰する。


「赤くなった梨花も良いな。もっと色んな表情が見たい」


泣いて、笑って、怒って。

いつも最後にはヴィゼル様が幸せをくれる。


「……えへ」


「泣くか笑うかどちらかにしろ」


涙が溢れて止まらない。一度泣き出すとだめみたいだ。


「……よかった……。ヴィゼル様に……嫌われたかと……っ、おもったっ」


「貴様はもう少し私を信じてくれても良いと思うのだが」


じっと見つめられて、心に響く言葉。


「私は貴様が大好きだ。私を信じろ」


……ヴィゼル様に愛されているという自信。

つまり、自分は愛されているという自信。


自分は大切にされている。こんなにも愛されている。


……そんなのは自惚れだ、自己中だと言う人がいるかもしれない。

けど、それはただのひがみだ。嫉妬なんだ。

もう、そういう考えはやめにしよう。

愛されているって信じることで、何か新たな事ができると思うから。


そして、改めて気付いた。

相手を信じることは、イコール自分を信じることなんだって。


「はい、頑張って信じます」


「ああ」


彼は微笑んで私の頭を撫でた。


「私は信じている。貴様は私に夢中だとな」


3日後。


「梨花……」


「にゃぁああああああああ♡」


「あの……そろそろ、中に入りたいのだが……」


「にゃぁあああぁああああ♡♡♡」


「聞いてるか……?」


「すきぃいいいいいい」


彼の身体がもぞりと動く。私はそのまま抱き上げられて、部屋の中へ移動した。


……先ほど、ヴィゼル様は美容師さんのところへ行っていた。

ワクワクしながら帰りを待っていたら、現れたイケメンに失神しそうになった。


「ヴィゼル様ぁ、随分とバッサリ切りましたねぇ♡」


「……お、おう」


「えへへ、しゅきー♡♡」


後ろは耳の下くらいまで切られている。横髪は長くなっていて、くるんとカールしている。

前髪も軽くなって……可愛いっ!!


「すきすきすき♡♡」


「随分と良かったみたいだな」


「はい、それはもう、すっごく可愛いです!!」


「……可愛いのか。まぁ……貴様に初めて言われたから良しとするか」


私は彼の髪をいじりながら聞く。


「毎年切ってるんですか?」


「ああ、そうだ。冬くらいになるとまた伸びるが」


「そうなんですね~」


いやぁ、新鮮ですっごくいい♡ イケメン。


すると、扉がノックされた。


「ヴィゼル様。ヨシュアです。入りますよ」


「ああ?」


ヴィゼル様は頷いたのか聞き返したのか分からない微妙な返事をする。


「……随分とさっぱりしましたね」


「そうだな。大分涼しい」


「……梨花さんがべったりくっついていて涼しいんですか……」


彼は困ったように笑った。


「ああ。離れてくれないからな」


「ヴィゼル様ー♡」


ヨシュアさんは苦笑いして言う。


「あんなに悩んでいたのが嘘みたいですね。これからも仲良くしてくださいね」


「勿論です!」


「……それはさておき、ついにダルムが動き出しました。昨夜、ダルムは近隣の小国から武器を調達した模様」


「……そうか。ここからだな」


「ええ。近いうちにこちらに向かってくると思われます」


ヴィゼル様は軍人の顔になって指示を飛ばす。


「早めに準備をしておけ。兵士に伝えるのも忘れるな」


「かしこまりました」


ヨシュアさんが部屋を後にすると、ヴィゼル様は呟いた。


「……また始まったな」


「ヴィゼル様……また行っちゃうんですか……?」


「いや、今回は出ない。私が出て行って首を取られたら一発負けだからな。最終局面でしか向かわないよ」


良かった。まだ一緒にいられるんだ。


私は気になっていることを聞いてみた。


「……どうして戦闘機があるのに陸軍は地上戦をするのですか?」


「戦闘機なんて所詮飾りだ。せいぜい脅しとか物資を運ぶくらいしか出来ん」


「そうなんですか……」


「ああ。強い兵器が生み出されると同時に、守りも強くなった。私たちは遠隔操作で国を滅ぼせるだけの威力を持つ武器を持ってはいる。だが、それに耐えうる防御技術が既にあるんだ。武器で争う時代は終わった。結局は人で争うしかないんだ」


「なるほど」


ヴィゼル様は微笑んだ。


「だがダルムのおかげでここしばらくは執務が無くなりそうだ。久々にゆっくりできるな」


「それは良かったですね。いつもゆっくりしてますけど」


「そうか? 私には足りんぞ」


不意打ちでキスされる。


「……時間も、貴様もな」


……あっあっあっ、もうそんなこと言われたら……私……


「全部あげるから……ヴィゼル様の全部もください」


「貴様から誘われるとは珍しいな。良いだろう、梨花の要望にお応えするとしよう」


相変わらず綺麗な声で低く煽ってくる。


「私の全て、ちゃんと受け取れよ」


「……うー、はい♡」


敵わない。その声に逆らえない。


私はまた甘く危険な一夜を過ごしました。

……もう、拒否なんてするつもりないや。

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