第38話 喧嘩する程仲が良い?
そして、無事執務を終わらせたヴィゼル様。
ヨシュアさんもようやくご機嫌になってめでたしめでたし。
「よし、梨花、帰って林檎でも食べよう」
「あ、まだ覚えていたんですね」
「当たり前だ。貴様から貰ったのだからな」
……好き。
私は窓から射し込む夕日に目を細める。
「もうそろそろ夏が来るな」
「……本当ですね」
ここのところ、少しずつ暑さが増してきている。
もうじき夏だ。早いなあ。
「部屋に戻るぞ」
「はい」
その後は林檎を食べたり、私がアップルパイを作ってヴィゼル様にあげたりした。
そうして、あっという間に夏が来るのだった。
♦それから二週間後♦
「う……。ヴィゼル様なんて嫌いー!!!!」
「こら、待て梨花!!」
私は思わず部屋を飛び出した。
ヴィゼル様があんなことを言うなんて!!!
当てもなく走り続ける。ヴィゼル様は追ってこないけど……。
部屋に戻るのも難しい、というか……ここどこ?
立ち止まって呆然としていると、向かい側から良く知った姿が見えた。
「……ヨシュアさん!」
「梨花さん? どうしたのですか? ここは使用人の区域ですけど……」
え、そんな所まで来ていたのか私
「……そんなことより、お願いします! 私を匿って下さい!」
「は、はい?」
♦
「……な、なるほど……。あなたの言い分はよく分かりました」
私はヨシュアさんの自室にお邪魔していた。
流石彼、整頓されている。
「……しかし……それでヴィゼル様と喧嘩したって……犬どころか蝿も食いませんよそんなの……」
「良いんですっ。悪いのはヴィゼル様だもん……」
「……」
すると、ドアをノックされた。
「私だ。梨花を見なかったか?」
返事も待たずにドアを開ける辺りがヴィゼル様らしいけど……。
「いやああああああっ」
私はヨシュアさんの背中にしがみついた。
「ここにいたのか……全く、手間を掛けさせるな」
そして言い争いが始まる。
「だって悪いのはあなたです!」
「仕方ないだろう? 私だって人間だ。この髪では熱いんだ!」
「でもだからって切るなんて、そんなことしなくてもいいでしょう!?」
「すぐ伸びるから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないです! 切るなんて恐ろしいです!」
……そう、それは今日の朝の事だった。
──
「ヴィゼル様、おはようございます」
「……ああ」
いつにも増して怠そうなヴィゼル様に首を傾げる。
少し隈が目立つような?
「どうしましたか? 寝不足ですか……?」
彼はこくりと頷いた。
「ああ。最近暑くてろくに眠れていない……」
「じゃ一緒に寝るのやめましょう?」
私がそう言うと、ヴィゼル様はキッパリ、
「嫌だ」
と言った。
そして、世にも恐ろしい事を言ってのけたのだ!!
「……今年もそろそろ髪を切るか」
「……ふぁっ?! それってどういう……!?」
「そのままだが」
そんな!
嫌だよ! 綺麗な金髪を切るなんて!
長いからかっこいいのに!
「駄目です!」
「……は?」
「ぜーったいに、駄目です!!」
「そう言われてもな……」
「ヴィゼル様は髪が長いからかっこいいんです! 切っちゃ駄目です!!」
すると、ヴィゼル様はすっと目を細めた。
「……そうか。貴様は私より髪の方が重要なのだな」
「え? 違いますよ!」
「違わない。現に貴様は長髪の私でないと駄目だと言うのだろう。それはつまり……」
「貴様は私が好きなのではなくて、髪なのだろう?」
かちん、ときた。
「……あなたは……何も分かってない!」
「ほう。どういう事だ」
「私はヴィゼル様が好きです! それは髪もひっくるめて全部大好きです! けれど、ヴィゼル様は長髪が似合うと思います。それだけです」
「……私の事を想うのなら、少しは私の身体にも気を配れないのか」
「それなら一緒に寝るのをやめてからにしましょう? 解決策はあるはずです」
ほらな、とヴィゼル様は言った。
「私は梨花と近くに居たい。寝る時もだ。……貴様は私より髪を優先している。そうだろう」
「私の愛を疑うんですか?!」
「貴様の言動からすると、とても信用は出来ないな」
……酷い。ひどいよ!
「……ヴィゼル様なんて大っ嫌い!」
私は部屋を飛び出したのだった。
──
「貴様は私が倒れても良いと、そう言うのか?」
「何でそうなるんですか?」
ヨシュアさんが付け足してくれる。
「……夏は、戦争の時期です。晴れが続くからです。勿論ヴィゼル様も出陣されます」
「そうだ。炎天下の中、髪を伸ばしたままあの暑苦しい軍服を着て銃だの剣だのを振り回すとなると……私は熱中症で死ぬぞ」
「……う……」
現実的な問題に直面した。
「……梨花、少し言い方が辛辣になるが許してくれ。貴様の今の言動は、ただの我儘だ。こちらは国を背負っている。少しでもリスクは負いたくないんだ」
……ヴィゼル様は、国のトップ。
私は、所詮他国から来た庶民。
「……じゃ……」
「ん?」
気付いた時には、もう遅かった。
「ヴィゼル様が国王じゃなければ良かった!」
「梨花さん……」
はっとしたけどもう遅かった。
「……そうか。貴様には悪い思いをさせたな」
そう言って、ヴィゼル様は部屋を後にした。
「うそ……うそうそうそ」
思ってもいない事を言ってしまった。
そんな、ヴィゼル様を貶すような言い方……。
自分に腹が立ってしょうがない。
「嫌だ……やだよぉ……」
ヴィゼル様に嫌われたら。もう要らないって言われたら。
そんなの嫌だよ……!!
「……梨花さん」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
ヨシュアさんは、珍しく戸惑っている様だった。
「梨花さん、先程の言葉は本心ですか?」
「違います……っ。そんなこと思う訳ないです!」
ヨシュアさんはふっと微笑んだ。
「ならば、大丈夫です。先程は気持ちが
「……それは誰にでもある事です。人は衝動が先の生き物。構ってもらいたい、心配されたい。そういう思いがあるのは当然ですからね」
……ヨシュアさんの慰めは納得出来たけど、それでも自分を責める気持ちは変わらなかった。
「どうしよう、ヴィゼル様に嫌われた……っ」
「梨花さん。決め付けるのは良くないですよ。ヴィゼル様ともう一度、お話ししましょう?」
無理だよ……怖い。本当に嫌われていたら……
私……私……っ。
「梨花さん、あまり思い詰めないで。大丈夫、ヴィゼル様はあなたの事を愛しています」
「なんで……そんな事が言えるんですか?」
「彼は嫌いな人に対しては言葉遣いが荒いんですよね。すぐに分かりますよ」
……そういえば、ヴィゼル様は最後まで優しい言葉を言ってくれてた。
……私なんかの為に。
「どうしてそんなに優しいの……?」
「ヴィゼル様は過去に全てを失って、何もかも信じられなくなった時期があります。その時に、信じることの大切さを、優しさを知った」
「……彼は強い人です」
「そうですね。本当に……私なんかと一緒に居て良いのでしょうか」
「梨花さん、それは言ってはいけませんよ。あなたはまず、自分を信じられること。これが大切です」
自分を……信じる。
「自分の愛を、存在を認めてあげてください。そうして初めて、他人を信じられるようになります」
「……はい」
「それは急には難しいかもしれませんね。今は行動あるのみですよ。ヴィゼル様の所へ行きましょう?」
「……私には、無理です……」
「また酷いこと、言っちゃうかもしれないのに……」
「それさえも受け止めてくれるのが本当のパートナーですよ。大丈夫、ヴィゼル様は受け止めてくれます」
……ヴィゼル様を、信じる。
今まで信じてきたつもりだった。
けれど、人を信じることってすごく難しいんだ。
「……私、行きます」
「ふふ、偉いですね。絶対に上手くいきますよ」
彼は自室に居る。そう言ってヨシュアさんは優しく私を送り出してくれた。
……ヨシュアさんの優しさを、無駄にしない。
私は意を決して、教えて貰った道を辿り始めた。
続く
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