第37話 番外編〜ヴィゼルside〜

それは彼が梨花と出会って間もない頃のこと。



ヴィゼルは今日も早く起きて朝食を作った。

最近は二人分なので少し手間がかかる。


だけど拾ってしまったものは仕方がない。自分の衝動に責任も持てないようでは国王失格だ。


それに彼は料理が好きだった。彼は軍服姿で包丁やらフライパンやらを器用に扱う。


出来上がった朝食を置き、彼女を見る。

……その頬にそっと触れてみた。


未だに寝ている彼女を置いて、彼は部屋を出た。



──昨夜はまた強引に抱いてしまった。


そう思ってヴィゼルはため息を吐いた。


自分の感情が抑えきれない。大分重症だと、彼自身も分かっていた。


エレベーターで下に降りる。待っていた同僚と共に外へ出た。



最近、彼女と話す機会が増えた。

彼女は昨日、外に出たいと言っていた。


正直、駄目だと言いたかった。

外に出れば、新しい刺激がある。だがそれは必ずしも彼女にとって良い事ばかりではない。

……本音を言えば、彼女が外の世界を知って私から離れて欲しくない。そう彼は思っていた。


けれど、結局ヴィゼルは許してしまった。

彼女に対する甘さが垣間見える。


せめて危険のないよう、ヨシュアを向かわせた。……何事も無ければ良いのだが。

ヴィゼルは尽きることの無い悩みを繰り返す。


何故か苛立ちが募り、その日は沢山の犠牲を出してしまった。


──ヴィゼルの信条の一つに、「殺す者は殺される」という言葉があった。


だから、彼は直接人を殺した事がない。


人を殺さずに無力にする事が一番大変なのだが、それ故に強さの証明でもあった。


彼は今日も殺しはしなかった。しかし、いずれ死んでゆくだろうことは容易に想像出来る。


……彼のやり方はある意味一番残酷だった。


苛立ちのおかげかその日は早く仕事が終わって、昼間に帰る事が出来た。

帰ったら昼食にしようと、ヴィゼルはホテルに戻る道を歩く。


その道中、ヴィゼルは昔の事を思い出していた。


……少し前まで、彼は一人だった。

先王が若くして亡くなり、ヴィゼルは言いつけ通りに即位した。


当時、世界は混乱に満ちていた。


あわや世界大戦もかくやという危機に直面しており、国民の不満や緊張は高まるばかりだった。


その中で、国王の死。次に王の座に着いたのはまだ若い軍人。


ヴィゼルが即位して間もなく、国民による反乱が起きた。


当時の彼は非力だった。信頼もまだ持てていない時代だ。


しかし、彼にはどうしようもない事だった。先王が死んだのも、世界大戦になりそうなのも、ヴィゼルのせいではない。


故に彼は逆らう者を片っ端から処刑して行った。

当時の側近も皆処刑し、新たに登用した。


これによる国民の不満は一層高まったが、ヴィゼルの残酷極まりない仕打ちに最早行動を起こすことは不可能に近かった。


しかしヴィゼルは言った。「私に任せていれば全て上手くいく」


そこから彼は動き出した。まずはこの国の産業政策を根本から変え、それによる利益で福祉の充実を測った。

更に、当時対立していた国の王子──言うまでもなく、アデラールの事である──に直々に会いに行った。アデラールはヴィゼルを前にしてこう言っていた。

「噂はかねがね聞いてるよ〜王サマ。逆らう者は皆殺しなんだってね? 僕もそうなんだよ、気が合うね。せいぜい仲良くしようよ」


──ヴィゼルは思考の途中で顔を顰《しか》めた。

一瞬でも、あいつと同じ人格になっていた事が恐ろしい。彼女にはバレたくない。


こうして、ヴィゼルは当時ただの弱小国だったロステアゼルムを大国にまで成長させた。

要するに、結果的に国民を豊かにした。


更に彼は人を見る目もあった。

彼が起用した軍人、使用人、側近らは良い仕事をしたし、中でも軍隊は大きく成長した。

海軍が世界最強になったのも、ヴィゼルのおかげだ。


……そして、次第に彼は信頼されていくようになる。側近にも頼られ、国民の絶大な支持を得た。


そしてそれから三年程後、アデラール率いるダルゼルムがロステアゼルムに宣戦布告。そこを皮切りにして、世界大戦が始まったのだった。



ホテルに着いた。何やら騒がしい。

ここの門番は雑談ばかりしている。そろそろ解雇させようと考えていた矢先のこと。


「いやっ……離して……」


女の声だ。何かされているのだろうか?

関係ないと思っていたヴィゼルだったが、その光景を見て憮然とした。


……あれは、彼女だ。

彼女が、どういう訳か知らないが、兵に虐められている。

と、ヨシュアが駆けつけた。


「……どういうつもりだ、ヨシュア」


「大変申し訳ございません。如何様にも罰はお受けします。今は梨花さんを……!」


「貴様に罰は与えない。分かりきっている事だろう」


……あいつ、梨花と言うのか。


彼は今更ながらにそう思った。


♦ヴィゼルside♦


私はホテルの鉄柵から棒を一本拝借した。

それを手に、彼らの中へと突っ込む。


「梨花さん、伏せて!」


ヨシュアがそう言って、彼女が伏せた。

と同時に私は声にならない声で叫ぶ。


「──彼女は、私の物だ」


確かな手応えと共に、兵士はあっけなく倒れた。


この程度でやられるとは、使えない。どういう人事採用をしているのだろうか。


「私がいない間に職務放棄か。ヨシュア、異動させろ。役に立たん」


ヨシュアは頷く。


「かしこまりました」


そして呆気に取られている彼女に言う。


「私が出ても良いと言ったのはホテルの中だけだ、忘れたか」


「申し訳ありません、俺が出しました」


ヨシュアがそう言い、彼女も頭を下げた。


「ごっ、ごめんなさい」


……仕方の無い奴だ。


「以後気を付けるのだな。でないと今のように喰われるぞ」


私はそう言って鉄の棒を投げ捨てた。


「……はい」


ヨシュアは彼女と何かやり取りをした後、軽く頭を下げた。


「それでは、失礼します。梨花さん、また」


「はい」


ヨシュアが見えなくなると、私は彼女に言った。


「何を突っ立っている。行くぞ」


「……はい」


彼女は少し遅れて私に着いてくる。


「そういえば、まだ貴様の名を聞いていなかったな」


彼女の口から音が紡がれる。


「梨花です。倉石梨花」


「……良い名だ」


梨花、その名を心の中で反芻する。

いつの日か、この名を呼んでキスが出来るだろうか。

そうなれば、もう何も要らないと思えた。

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