第36話 お礼

♦梨花side♦


その夜のことだ。

私はさっきまで寝ていたのでなかなか寝付けず、ぼけーっと天井を眺めていた。

相変わらず彼にソファを貸してもらっている。

ヴィゼル様は床で寝ている……ものすごく申し訳ない……。


──看守様。

自然と頬が緩む。

かっこいい。かっこよすぎる。


今まで色々なオプションが付いてきたけど、ドS意地悪金髪看守様は流石に良すぎる。


いいなぁ、ヴィゼル様。その場その場で肩書きは変わるけど、いつも変わらない感じが大好き。


ニヤニヤしていると、不意に窓の外で影が横切った気がした。

カラスかな。だけどそれにしては随分と早かったような。


しばらく窓を凝視していたけど音沙汰無いので、諦めて目を閉じた。

今のでちょっと眠くなれたかも。


……そして私は、夢を見た。



『ねぇ』


何かの気配がして、というか声を掛けられて、私はうっすらと目を開ける。


「だ……誰……?」


開け放たれた窓。翻るカーテン。

……月光が映し出すシルエットは、人?


『こんばんは。夜遅くにごめんね』


「こんばんは……?」


その人らしき物は音もなく私の前に降り立った。


近くで見るとやっぱり人だった。そして男性だ。

……綺麗な人だ。

陶磁器のように艶やかでいて、うっすらと月光を透かす肌。こちらも月光を受けて柔らかく輝くクリーム色のボブヘアー。毛先がふわふわと泳いでいる。

よく分からないけど白や金色の透き通った服に、背中には大きな羽。こちらも白く透き通っている。


緑色の印象的な瞳が細められた。

作り物のような顔に、微笑みが浮かぶ。


ああこれは夢なんだと、直感した。


「えっと……誰?」


『僕はレルシア。……妖夢、って知ってるかな』


声も幻想的な響きを帯びていた。


「妖夢……?」


『そう。人の心を惑わせて、いい夢を見せる。その対価にその人の夢を食べることが僕の仕事』


「私も……食べられちゃうの?」


妖夢改めレルシアは首を横に振った。


『いや、あなたの夢は食べられないよ。僕達は心が不安定な人にしか、"いい夢"を見せられないんだ』


「じゃあ、どうしてここに来たの?」


『ちょっと遊びに来たんだ。退屈しのぎにさ』


自由気ままな妖夢もいるんだな。


「ふぅん」


『冷たいね。……で、梨花ちゃん、僕と遊んでくれない?』


何で私の名前を知ってるのかな? 夢だからかな。


「いいけど……なにするの?」


『ゲームをしよう』


目の前にカードが現れる。


「うん?」


『僕と賭けをしよう。賭けるのはあなたが今見ている夢。僕との夢だ。あなたが勝ったら、無償でひとつだけ願いを叶えてあげる。もし負けたら、この夢を食べられる……僕のことは忘れてしまう』


「いいよ」


『決まりだね』


彼はカードを宙に浮かせてシャッフルした。


『ポーカー、分かる?』


「ルールくらいなら知ってるよ」


レルシアは微笑んだ。


『三回勝負だ。始めよう』



「梨花、起きろ」


「……んー……?」


瞼をあげると、金髪看守様が肩を揺すっていた。


「……おはようございます、看守様」


「ヴィゼルだ」


「……ヴィゼル様、おはよーございます」


「お早う、梨花」


言いながらふと思い返す。

昨日は変な夢を見た気がする。あまり思い出せないけど。


その時、不意に声が響いた。


『遊んでくれてありがとう。願いが決まったら、レルシア、って言って』


レルシア……?


『呪文だよ。……それじゃあ、またどこかで。楽しかったよ』


声の主を探したけど、いなかった。


「ん? どうかしたか」


「ヴィゼル様、今声がしませんでしたか?」


「声? 私には聞こえなかったぞ」


うーん、不思議。


でも、願いが叶う呪文かぁ。覚えていて損は無いよね。ちょっとロマンチックだし。


「梨花?」


「あ、大丈夫です。行きましょう」


「そうだな」



帰り道は特に何事も無く帰ってこられた。

もちろんヴィゼル様に愛でられたけど。


「ヴィゼル様、執務」


お城に帰ると待っていたのはヨシュアさんだった。おかえりなさいも無いとは、ヨシュアさんよっぽど怒ってるなぁ。


「……私のせいなのか……?」


どうやら本気で言っているヴィゼル様。

……すみません、私のせいです。


「貴方のせいでしょう?! 梨花さんをどこにでも連れ回して……っ」


「……だって」


「言い訳はいいです。さあ、行きましょう。貴方の弟君のおかけで修正案が山ほどありますよ」


「……あのクソ馬鹿!!」


ヴィゼル様が怒ったところを初めて見た。怖っ。

そんな彼に恐る恐る声をかける。


「ヴィゼル様、私も付いて行っていいですか?」


彼はさっきの怒号はどこへやら、ぱあっと顔を明るくした。


「いいのか?!」


「ヨシュアさん、良いですか?」


「ええ、もちろんですよ」


こうして私達は執務室に移動しました。


「ふふ、ふふふふ……」


「ヴィゼル様怖いです。何笑ってるんですか」


「梨花と一緒なら執務も苦ではない、 と思ってな」


「はいはい、惚気は良いですから。今日中に片付けますよ」


執務室の扉を開くと、椅子に座って脚を組んでいる人がいた。


「おい、何もしないなら出ていけ、レイル」


その人はレイさんだった。優雅にお茶なんか飲んでいる。


「やーだねー。あ、梨花ちゃんだ〜! やっほー♪」


彼が手を振ると髪がぴょんぴょん揺れていてちょっと可愛い。


「こんにちは、レイさん」


「出ていけ馬鹿、世界の塵」


レイさんは唇を尖らせる。


「ひーどいなー。我が兄にして理解できないよ!」


「お前になぞ理解されて堪るか。こちらから願い下げだ」


ヨシュアさんが溜息を吐いて二人を制した。


「はーいはいはいはい、喧嘩はそこまで。さっさと仕事してください。レイリアル様も、ヴィゼル様の気が散るのでお帰りください」


「えーもーしょうがないなー」


「仕方がないな。……梨花、こっち来い」


「はい」


「じゃあね、梨花ちゃん。兄上に酷いことされたら俺のとこにおいで」


「は、はい」


そう言い残して彼は去っていった。


「良いか、絶対に行くなよ」


ヴィゼル様は私を抱き上げ、椅子に座った。膝の上にのせられて、いつもとは向きが逆になる。


「ヨシュア、後はやっておくから下がって良いぞ」


「……くれぐれもよろしくお願いしますよ」


ヨシュアさんも出て行き、部屋に二人きりになってしまう。

そして後ろから抱きしめられるようにして彼はペンを走らせ始めた。


「ふふ、梨花の甘い匂いがする」


「……変態っ!!」


「貴様の方だろう? 昨日縛られたいとか言っていたくせに」


なっ……聞こえてないと思ってたのに!!!


「だってそんなのヴィゼル様が悪いんじゃないですかあっ!!」


「何故だ? 私は何もしていないぞ」


嘘だ。色々仕掛けてきたのはそっちだもん。


「むー……」


「ああ、この体勢だと梨花の顔が見えないな……」


私は体勢を変えてヴィゼル様の方を向き、その軍帽を取った。

綺麗な金髪が肩に落ちる。


ついでにその帽子を被ってみた。ヴィゼル様頭小さいからちょっと大きいくらいだった。


「ふふ、良いものだ。可愛いぞ」


「ありがとうございます……?」


すると彼はニヤリと笑って言った。


「ああ、そう言えばまだ頼みを聞いて貰っていなかったな?」


昨日のことを掘り返してこないでください。執念。


「え……っと……じゃあ何ですか、さっさと言って下さい」


金髪陛下は蕩ける美声でとんでもないことを言って来た。


「私は見ての通り、今両手が塞がっている。梨花からキスしてくれないか?」


「……な……な……なっ…………にゃ⁈」


「ほら、お礼しろ? 奉仕してくれるのだろう?」


彼はさっきの言葉とは裏腹に私の頭から帽子を取って、机に置いた。


「はやく」


「……っ」


ええ、無理。したことないもん。

しかしじっと待っている(手は動いている)彼を見るとだんだん焦ってくる。


「あああもう!! 分かりましたよ! やればいいんでしょやれば!!」


「そうだ。ようやく分かったのか?」


この人うっざい……

一瞬レイさんのところに行こうかと考えてしまった。


「……じゃあ、早く目閉じてくださいよ」


「断る。貴様からのキスなんて見逃せる筈がない」


……。

私はもう諦めて彼の頬に触れた。

いやん、すべすべ。もちもち。美肌。


「ふぇ~」


「そこじゃない」


すみません、つい。


私は目を閉じた。

じっと視線が注がれるのを感じる。


「──」


ゆっくりと、唇を重ねた。


「……っ、はあ」


恥ずかしい。でも何とかやり遂げた。


「おい、もう終わりか?」


……え。


「そんなのはキスと呼ばないぞ」


キスですよ⁈ 流石にキスですけど⁈


「もう、無理……」


「やれ」


ここに来てドsオーラ全開にするのやめてくれませんか。


「ああああもう……っ……!!」


「ん……」


私は舌をなんとか入れて、ちゅっと吸い取った。


「は、ぁ……ぅ……」


一回やり出すと、止まらない……っ


いつの間にかヴィゼル様の手が私の頭を押さえつけていて、否応なしにキスは続いた。


「……ふぅっ、はぁっ、も、むり……です」


ようやく開放された私はヴィゼル様の身体に倒れ込んだ。

るかと思ったよ。


「よしよし。良くできたな。偉いぞ」


頭を撫でられるのが嬉しい。

彼の為ならば、何でもやってしまう自分がいた。

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