第23話 暇、暇、……帰還!(2)

私はつい、ヴィゼル様に向かって女たらしと叫んでしまった。


「……よく言われる」


まさかの否定されなかった。


「だが女たらしで何か悪いことでもあるか?」


「嫌ですよそんなの……浮気し放題じゃないですか」


ヴィゼル様は、ん? と首を傾げた後、私の頭を抱き寄せた。


「貴様に一つ良いことを教えてやろう。私はな、彼女いない歴というやつが二十三年だ」


「貴方一体いくつなんですか」


何故か耳元に囁かれた。


「二十三」


「ひぇっ」


……てことは、ヴィゼル様って彼女いたことないんだ。意外。

そう思っていると、彼は頭を私の肩に預けた。


「貴様と居ると落ち着くな」


「それは……どういう意味でしょうか……」


喜んでいいのか悪いのか。


「悪い意味じゃないぞ? こっちは昨日から徹夜なんだ……少しくらい甘えたって良いだろう……?」


ええええええええ今何てえええええええええええ可愛いいいい


「……なら、早くお休みになってくださいよ」


「嫌だ。面倒だ……ああ、梨花が運んでくれるなら従うが?」


「じゃあいいです」


即答。


「そうか。梨花、降りろ。それでここ、座れ」


ぽふぽふとヴィゼル様の隣に座るよう言われる。


「……はい、座りましたよ」


「そのまま動くなよ」


彼は一旦立ち上がり、そこら辺を歩いていた仔猫を抱き上げて私の膝の上に寝っ転がった。

ちょおおおおおおおおお?!


「ううううううヴィゼル様ぁああああ?!」


「癒し」


「そうですか、降りてください」


「断る」


玉砕された。

この人なんなのもう? 帰って来るなり人の心臓弄び始めるし……っ!


「ヴィゼル様は女たらしじゃなかったですね。ひとたらしです」


「どちらでも良い。ところでこいつ、名前は何だ?」


彼はそう言って仔猫を見せる。


……ヴィゼル様です。

という言葉を呑み込み、私は首を振った。


「分かりません」


「にゃー」


「そうか。……梨花で良いか」


「良くないです。適当やめてください」


私と同じ思考に辿り着いた彼である。


「ほう、そうか。こんなに可愛いのに」


──は?! 猫が?! どういう意味⁉


「……任せた」


下からじっと青い瞳で見つめられて、鼓動が速くなる。


「……ヴィゼル様がいいと思いまーす」


「駄目だ。紛らわしい」


やっぱりね。


「じゃあもう、コハクとかでいいんじゃないですか」


「投げやりだな。どこから来たんだその名は」


「昔友達が飼っていたハムスターの名前です」


「また凄いところから引っ張り出したな……」


ヴィゼル様はヴィゼル様改めコハクの額を撫でた。コハクは気持ち良さそうにしている。


……別に、羨ましい訳じゃないけど。羨ましくなんて全然ないけどね?


「どうした。貴様も撫でて欲しいのか?」


「馬鹿言わないでくださいまし」


「そうだな。ここからではやりづらい。……ああそうだ、貴様が撫でてくれ」


さっきから人格が壊れかけているヴィゼル様はゴムをしゅるりと外した。


「好きなようにして良いから」


んーなんだこのイケメン。いつもより顔が緩んでいる。


「髪しか撫でませんよ」


「それは困るな」


うー。

私は恐る恐る彼の頭をぎこちない手つきで撫でた。


「……お仕事、お疲れ様です」


「ああ。疲れた」


私はそこで夜食の事を思い出し、彼に訊いてみた。


「そうだヴィゼル様、お腹空いてませんか」


「腹? ……ああ、そういえば夕飯を食っていなかったな」


「お夜食ありますけど、食べますか?」


「梨花が食べさせてくれるならな」


この人今日はもう動かない気だ。絶対そう。


「……仕方ないですね。じゃあどいてください」


「ああ」


私は腹いせにコハクを連れて冷蔵庫に向かった。


「ヴィゼル様とっても疲れてるんだな」


「にゃ」


お夜食にはサンドイッチを用意した。

夜食なのか分からないけど、パパっと作れるものがこれだった。


「はいどうぞー」


「いつもすまんな」


全くだ。


私はヴィゼル様に卵サンドイッチを差し出した。


「……ヴィゼル様……はい、あーん」


彼はぱくっと卵サンドを食べた。

うわぁ、なんかえろちっく。そうか、髪だ。髪おろしてるからだ。


「……ん、美味い」


「それは何よりです。はい、どうぞ」


「悪いな」


そう思っているのなら自分で食べてくれないかな。

ま嬉しいからいいけど。


そうしていたら、私の指にはみ出した卵がついてしまった。

あ、布巾キッチンに置いてきちゃった。


するとヴィゼル様はその卵をぺろりと舐め取った。髪がぁあああ指がぁああかっこいいよぉ(パニック☆)


「ふぇ?!」


だぁーもぉーむー!!!! (?)


「どうした。舐められるのが好きなのか? 変態」


ニヤリと笑ってヴィゼル様が挑発してくる。

私はというと、顔が真っ赤っかになって慌てて否定するのだった。


「……べべべ別に変態じゃないですし。もう食べさせてあげませんよ!」


「それは悪かった。ほら、早く、次」


「この人……」


我儘で横暴。以前と何にも変わらない。

それなのにどうしてだろうな。

──こんなに愛おしく感じてしまうのは。


そうこうして、やっと全て食べさせ終わった。


「梨花、ありがとう」


「ほんとですよ……」


火照った頬を押さえて弱々しく言う。

もう、この人に振り回されっぱなしだよー。


その後、どうにかして歯を磨いたヴィゼル様は言った。


「さて、寝ようか」


「あ、ちゃんと寝るんですね」


「当たり前だ。行くぞ」


……何故同行しなければいけないのでしょうか。

まぁ私も寝るからいいけど。


普通に布団に入ろうとしたら、ヴィゼル様に引き留められた。


「何故そっちなんだ? 貴様もこちらだ」


いとも簡単に抱き上げられて、隣のベッドに移動する。


「えー何でですかー。私熟睡したいんですけど」


「いつもしているだろう。──コハク、来い」


「にゃ」


おお。賢い仔猫ちゃんだ。


ベッドに飛び乗ったコハクを撫で、ヴィゼル様は私も撫でた。ついで感。


「留守番、ご苦労だったな。狼に襲われずに済んだか?」


「ええ、まあ」


「そうか。だが惜しかったな。貴様は狼に襲われる」


くしゃ、と髪を撫でられて、気付けばベッドに押し倒されていた。


「ちょ……?! 貴方疲れてるってさっき……!!」


「疲れているぞ? 私の疲れを取れるのは貴様だけだ、梨花」


ええ、え、無理。

シーツと布団の擦れる音がやけに大きく聞こえる。


「……だってヴィゼル様怪我してるし……っ」


「私を誰だと思っている? 片腕でするくらい造作もない」


やっぱり女たらしじゃないかー!!


「それとも何だ? 怪我をした私は怖いか?」


「……っ、怖い、ですよ」


「意外だな。もっと強がるのかと思った」


見抜かれてるし。


「だって、その傷見たらまた……思い出して、泣きそうになる……っ」


つい涙が浮かんでしまった。

ヴィゼル様は私の目元にキスを落とす。


「泣く貴様もなかなかクるものがあるが……やはり泣き顔は似合わんな」


「酷いです」


「笑顔が似合う女の方が断然良いだろう? 馬鹿」


馬鹿って言われた。何故。

ギシ、と音を立てて彼が迫る。


「梨花、どちらか選べ。片腕で私に抱かれるか、私を抱いて寝るか」


え、待って。何がどう違うの。

私を抱くって何? ……奉仕?


「後者、で」


抱かれるよりはそっちの方がマシかな。五十歩百歩だけど。


「そうか。ならば、おやすみ」


ヴィゼル様はそのまま布団に入った。


「……ほら、何をしている? 早く抱け」


「え、だ、抱くってそ、その……っ」


頭が沸騰してグルグルし出す。


「だって私Mだしっえ、ヴィゼル様っていっつも攻めてるからえ、ということは私がするの?」


「梨花、何を誤解している? 私を抱きしめろ。それだけだ」


「へ」


ぷしゅうと身体から力が抜けた。


……。

…………。

………………。


「……っ……それならそうと早く言ってくださいよ!!」


恥ずかしさのあまり彼をぎゅっと胸に抱いた。


「これはなかなかに良いな。柔らかい」


「変態!!」


「忘れたか? 私はまだ盛りの男だぞ?」


「煩いですおやすみなさい」


これ以上変な気起こさないうちに、寝よう。


「は、そうか。おやすみ」


……って言ったものの、ヴィゼル様の手が背中とかお尻とか際どい部分を撫でるものだからたまらない。


「…………っ」


「貴様の身体は柔らかいな。──何を感じている?」


顔を上げて不敵な笑みを溢す変態陸軍大将の頭をひっぱたく。


「痛い」


「悪戯駄目です!! 大人しく寝てください!」


「仕方ないな。──ああ、最後にこれだけ」


頭をくいっと下に向けられて、私たちはキスを交わした。


「可愛い。おやすみ」


──は?!


か? わ? ……what???


訊こうにも恥ずかしくて聞けないし、私だけ変に意識してるみたいで嫌だ。


……この……女たらし……


暫くすると静かな寝息が聞こえてきた。

呑気なものだ。こっちは貴方のせいで寝れないって言うのに。


ヴィゼル様の上で寝ているコハクを見やる。


……あんたもいいねぇ、呑気で。


私だけだ。悩んでいるのは。


……少しくらい、思考放棄したっていいよね。

あとはヴィゼル様が何とかしてくれそうな気がするし。


「……ヴィゼル様、お疲れ様です」


私は寝ている彼にも聞こえないくらいの音量で、呟いた。


「ヴィゼル様、大好きです」

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