第22話 暇、暇、……帰還!!! (1)
三日目。
やっと今日が来た。
もう少しの辛抱である。
「おはよーヴィゼル様!」
「……」
仔猫はまだ寝ていた。
……ほんとにヴィゼル様そっくりだなこの子
「ま、いっか。寝かせとこ」
私は朝食を作り始めた。
♦
またまた一方その頃、彼らは。
「……よし、残党はいないな」
「たーいしょぉー、もう帰ろうよぉー、オレ達徹夜だぜぇー?」
「私だって早く帰りたい。だからこうして見回っているのだろう」
「ヨシュアに任せとこーよー」
「嫌です。面倒くさい」
昨日から徹夜なのでいつにも増してグダグダな三人である。
ヴィゼルが呟いた。
「……これで、エストラルも堕ちた、か」
「そうですね。梨花さんはどんな反応をするでしょうか」
「……」
珍しくルーカスが真面目な顔で言う。
「自分の母国が負けたって知ったら……少なからず、悲しむんじゃねえかな」
「そう……だな」
ヴィゼルが一歩歩き出した、その時。
「ヴィゼル様!」
「──!」
彼の右腕を銃弾が貫いた。
「クソッ、まだいたか!」
その人が逃げた先を睨んでヨシュアが言う。
「ルーカス、頼みます。ヴィゼル様は取り敢えずここから遠ざかりましょう」
「確実に仕留めろよ。損ねたら給料半分にするからな」
ハッ、とルーカスの動きが止まった。
「そりゃねぇぜ大将ぉ~!! あの野郎許さねぇ!! オレの給料をよくも!!!」
そして物凄い勢いで走っていったルーカスを見送り、ヨシュアが溢す。
「相変わらずルーカスの操り方が上手いですね」
「これだけ一緒に居ればな」
ヨシュアはふふっと笑った。
「そうですね。さあ、行きましょう。手当をしないと」
「……梨花にまた怒られるな、これは」
「そこですか……。──ああ、ケイ、そこらへんの兵士に伝えてください。俺たちの代わりに見回りをしろと」
ちょうどそこにいたケイにヨシュアが言う。
「かしこまりました、ヨシュア様」
「俺のことは先輩でいいですよ。ついでにヴィゼル様のことも」
「は?」
先に歩いていたヴィゼルが戻ってくる。
「駄目ですか?」
ヴィゼルは逡巡の後、小さく言った。
「……いや、良い」
ケイは顔を綻ばせた。
「はい、先輩方」
歩き出したケイを見送って、二人はテントに引き返した。
♦
「……ルーカス、遅いな」
「大丈夫ですよ。心配性ですねぇ。……はい、巻けました」
「悪いな」
ヴィゼルは包帯の巻かれた右腕を見る。
弾は貫通していたものの、血は溢れるばかりだった。
「これは泣かれるな」
「貴方の為に泣いてくれるなんて嬉しいじゃないですか」
「ん……そうかもしれないが……」
「私は、梨花の笑った顔が一番好きだ」
そう言ってぷいっとそっぽを向いたヴィゼルを見て、ヨシュアは思った。
──ヴィゼル様、良かったですね。梨花さんと出逢えて。
すると、外から威勢の良い声が聞こえてきた。
「──ただいま大将! バッチリ仕留めたぜ!」
テントに入ってきたルーカスの軍服には血が沢山ついていた。
「遅かったな」
「苛々してたからちっとやりすぎた……」
その様子を見るに、さぞやらかしたのだろう。
ヴィゼルは心の中でその人物に
──こんな野蛮な奴に殺されて、可哀そうだな。
「ああ、ルーカス、お帰りなさい。良い女の子は見つかりましたか?」
「いーや、残念ながらいなかったね。オレはもうお嬢ちゃんで十分さ……ってちょっ大将? おい何す……ぎゃあああああああ」
ヴィゼルはルーカスの腕を捻り上げた。
「ヴィゼル様。傷口が開くので脚でどうぞ」
「おいヨシュア! 止めさせろって! いだいいだい大将悪かったって、許してくれ~!」
やっと腕(後半は脚)を離したヴィゼルは冷たく言った。
「梨花に指一本触れようものなら私が四肢を吹っ飛ばす」
「きゃ~ヴィゼル様かっこいい~。惚れちゃう~(裏声)」
「気持ち悪い、やめろ」
「ひっどいですねー」
けらけらと笑ったヨシュアは突然思い出したかのように言った。
「あ、そうだ。ヴィゼル様、明後日にはここを立ってロステアゼルムに行きますよ」
「……ああ。了解した」
「はー、痛い痛い。お嬢ちゃん連れて行けるといいな」
「……それは分からない」
下を向いて言うヴィゼルに二人は視線を合わせた。
「それはまた弱気ですね」
「……梨花のことになると……自信が無くなる」
「はいはい、恋する乙女、あんたがピュアピュア大将なのは分かったよ」
「はぁ……」
尚もがっくりと項垂れるヴィゼルを見て、ルーカスはあららと肩をすくめた。
「こりゃ重症だわ。腕の怪我よりよっぽど重症だぜ」
「早く帰りたいところですね」
「……梨花……」
ルーカスは無言でヴィゼルの背中を叩いた。
♦梨花side♦
三日目。
遂に三日目です。ここまで長かった。
今日はずっとヴィゼル様と遊んでいました。可愛いんだよ、ヴィゼル様。
でも彼が帰ってきたら別の名前で呼ばなきゃです。
何にしようかなぁ。
……ヴィゼル様、ちゃんと帰ってくるよね。
どうか無事でありますように。
ヴィゼル様は夜遅く帰ってくるらしいので、今のうちに仮眠を取っておきます。
それじゃあ、おやすみなさい。
「さて、と」
私はソファに寝転がり、上に毛布を掛けた。
「ヴィゼル様、ちょっとおいで」
「にゃ」
ぴょんっとソファに乗ってきたヴィゼル様を抱き上げ、目の上に乗せる。
「アイマスク、よろしくです」
「にゃー……」
トクトクという鼓動を感じる。
温かいな。ちょっと安心する。
うとうとと微睡んでいたら、いつの間にか熟睡していた。
♦
「……ん……」
起きた。今何時だろう。
いつの間にか目の上から仔猫がいなくなっていたのでそのまま辺りを見回す。
暗くなっているから、もう少しかな。
時計を見ると七時だった。
「……よし、起きよう」
私は簡単な夕飯を作って食べた。ついでに軽食も作っておく。
ヴィゼル様、いつも同じメニューでごめんなさい。
お風呂にも入って、再びうとうとし始めた頃。
突然、無遠慮に扉が開いた。
「!!!」
驚いて見つめる先には──
「……」
待ちに待った、彼がいた。
どうしよう。三日会わなかっただけなのに、死ぬほど嬉しくて声が出ない。
「……ヴィゼル様……お帰りなさい……」
「ああ。今帰った。……ん?」
ヴィゼル様の足元にとことこと仔猫が寄って来た。
「何だこの猫」
「お部屋に入ってきました」
「……そうか」
ヴィゼル様は猫を抱き上げて、軽く撫でまわした。
……きゅん。
かっこいいし可愛いなんだこれ。すごい好き。
でも、羨ましい。
──と、私はヴィゼル様の軍服が破れているのに気が付いた。
「ヴィゼル様、そこ、どうしたんですか?」
そう言って彼の右腕を指す。
「梨花、泣くなよ。いいな」
ヴィゼル様は突然そう言ってから、仔猫を床に下ろして軍服を脱いだ。
シャツも取り払うと、そこには綺麗な筋肉が……
……それよりも目を引いたのは、幾重にも巻かれた白い包帯だった。
しかも、血が滲んでいる。
一瞬で血の気が引くのが分かった。
「ぇ……っ、そこ……怪我……ですか?」
「ああ。梨花、包帯を変えてくれないか」
私は彼がそう言うや否や、気持ちを抑えきれずにその胸に飛び込んだ。
「おっと」
「ヴィゼル様の馬鹿……っ!」
「どうした。私は馬鹿じゃないぞ」
「馬鹿です! 大馬鹿ですッ! 私に泣くなって言うのがもうおかしいです! こんなの見たら誰だって泣きます!!」
何でそんなに淡々と言えるの……?
私がどれだけ心配したと思っているの……⁉
「凄く、さみしかったのに……!!」
素肌にもかかわらず顔を埋める。
「──やはり貴様は泣くのだな。私も寂しかったよ」
「……ふぇ……?」
恐る恐る顔を上げると、いつになく優しい顔でヴィゼル様は言った。
「梨花、私の頼みを一つ聞いてくれないか」
「……はい、なんでしょう……」
「私は貴様の笑った顔が好きだ。泣き顔もクる……ではなくて、梨花にはずっと笑っていて欲しい」
「……そんなの……全部貴方のせいじゃなですかぁっ!!」
そんなこと言われたらまた泣いてしまうことを、この人は分かっていないのだろうか?
「心配、したのに……っ」
「それはすまなかったな」
私は彼から離れると、包帯を探して持ってきた。
腕を見ると、綺麗な肌に大きな傷があって、未だに血が出ている。
「う……っ、うぅ……っ」
包帯を巻いて、きゅ、と結ぶ。涙で手が震えて何度もやり直したけど、何とかできた。
「ありがとう」
彼は部屋着に袖を通すと、私を抱き締めた。
「三日ぶりだ」
「そうですね」
たった、三日。
されど、三日なんだ。
ヴィゼル様はそのままソファに座り、私を膝の上に乗せた。
「ヴィゼル様?!」
色んな所が密着して心臓がバクバクいってる。
否応なしに距離が近くなり、思わず目を逸らした。
「梨花、聞いてくれ」
「はい」
「──エストラルは堕ちた。明後日、私はロステアゼルムに戻る」
「……はい」
そっか、負けちゃったんだ。私の国。
でも、ヴィゼル様が勝ったってことだよね。
……複雑だった。
でも、一つ言えることは、
──ヴィゼル様が帰ってきてよかった。
彼は私の反応を見ておもむろに切り出す。
「……貴様も、一緒に来るか」
その言葉に、自然に頷いていた。
「もちろんです」
「……ほう、そうか。私は断られるかと思った」
何でそう思うの?
私だって好きな人の傍にいたいもの。そんなの当たり前じゃない。
「そんな訳ないじゃないですか。……一緒に、行かせてください」
すると突然名前を呼ばれた。
「梨花」
「はい?」
「キスしても良いか?」
顔が一気に赤くなる。
えっえっえっ、ここで認めたら、私、私……
「駄目ですっ」
慌てて否定するも、
「もう遅い。私の腕の中にいるからには抵抗は不可能だ」
すごく自然な動作で唇を奪われた。
「~~~~~っ」
もう、頭がパンクしちゃうよ!!!
「ヴィゼル様……の……」
「ん?」
「このっ……、女たらし!!」
私は嬉しさと恥ずかしさのあまり、つい叫んでしまった。
続く
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