第21話 暇、暇!!

二日目。


「さあ、行くぞ」


大軍を従えてヴィゼルが静かに言う。


「……なー大将。ちょっと思うんだけどさぁ」


「……貴様は雰囲気を壊すんじゃない」


ヴィゼルは横目でルーカスを睨む。


「いやさー、よくよく考えたらさ、ケイって後輩のくせして妻子持ちなんだよなぁ? ……やっぱ大将がいるからオレは独り身なんだぁあああ」


「煩い」


「ま、確かにそうですよね。ケイって二十六でしたっけ? 俺らとそんなに変わらないですし」


横からヨシュアも言う。


「まだその話題を引き摺るか?」


「うーん、出来れば引き摺りたくないよな。よっし、今日の戦場で可愛い子見つけてナンパしよ」


「ルーカス、貴方に至ってはそれが駄目じゃないんですか」


「何だと? 彼女いないお前に言われたかないね!」


早速言い合いになる二人を見てヴィゼルはこめかみを押さえた。


「煩い! さっさと行くぞ!!」


「はいッ、大将」


「了解です♪」


「……はぁ」


こうして彼らの一日が始まった。

                   


♦梨花side♦


「暇ー。ひまひまひまひぃ~まぁ~」


作詞作曲:倉石梨花

なんて馬鹿らしいことをやるくらいには、暇だった。

寂しいし、暇だし。

でも昼間はいつも一人だからまだ大丈夫なんだよね。

問題は夜だ。

今日も……一人か。


前は夜なんて怖くなかったのに、今は凄く怖い。


私は何となくテレビをつけた。

どうせ戦争のことしかやってないんでしょ、と思いながらチャンネルを変える。


「……お?」


すると、ドラマがやっていた。

珍しい。娯楽だぁ。


しかもそれは恋愛ものだったので、見入ってしまう。


『好きよ……好き、大好き』


『ああ。俺もだ』


「うっわベッタベタだぁ。反吐が出そうだわぁ」


キスしている二人を見るとどうしようもなく悶々としてしまう。


「んにゃあああああああ」


恋愛ドラマは駄目だ。腐の想像力が素晴らしい力を発揮する。

勝手に画面の男の人がヴィゼル様に変換されるのはな・ん・で?


「……変えよう」


だけど他はニュースばかり。ロステアゼルムが我が国のなんたらかんたら、だとか新種の武器だとか、ぶっちゃけどうでもいい話ばかりだ。

仕方ないので、恋愛ドラマに戻る。

暇よりマシだもん。


しかし、何故かこのドラマお色気シーンがあって色々包み隠さず映っていた。


えぇえええ、恋人ってこんなことするの? ほぇ? 


『ご主人様……♡』


あ、趣旨の違う映画になってきたぞこれ。


そういやヴィゼル様ってご主人様……だよね。うん。主人だよね。


「ご……ご主人様……?」


自分で言ってて恥ずかしくなってきた。ああ、もう死にたい。


「教育に悪いですよ、全くもう」


そう言いながら全部見てしまった。


「……勉強になってないけど……ご主人様……ねぇ」


きっとこれは最終兵器だろう。絶対言うもんか。

私はベッドに寝転がる。


「……空が綺麗だな」


高く抜けるような青い空。

澄んでいてとても綺麗だ。

……ヴィゼル様、今頃戦っているのかな。


「会いたいな……」


「にゃ」


突然、声がした。


「?! いでっ」


私は驚いてベッドから落ちた。

にゃ……?


「え、と、どちら様……?」


「にゃぁ」


恐る恐る声のする方を見てみると、


「にゃーだぁああああ」


そこには一匹の仔猫がいた。果たしてにゃーだ、とは一体。


「え、可愛い」


どこから入ってきたのだろう。見ると部屋の扉が開いていた。

……今朝、少し換気しようと思って開けっ放しだったわ。


「どこから来たの?」


「にゃ!」


駄目だ、分からん。


綺麗な毛並みだ。スコティッシュフォールドだろうか。


「スコティッシュ~ティッシュちゃん!」


「にゃ?」


私ってなんでこう、馬鹿なんだろう。

ティッシュちゃんはないだろ。可哀そうに。


「じゃあ君を今からヴィゼル様と呼ぼう」


「にゃー」


私は仔猫を抱きしめた。この子、人懐っこいなぁ。ヴィゼル様とは大違いだ。


「ヴィゼル様……」


「にゃにゃ」


ヴィゼル様もとい仔猫はスルリ、と私の腕をすり抜け、服の中に入った。


「ちょっ猫ちゃ……あっ、あ」


「やめてくすぐったい……です……ヴィゼル……様……ッ」


「にゃ~」


「ふぁ……」


──なんでだろう、今凄く幸せな気分になった。


「あーっちょっ背中駄目くすぐったいっ。あははっ、駄目だよぉ」


やっと服から出てくれた頃には、私は笑い疲れていた。

ベッドに仰向けに倒れ込む。空は既に茜色だった。


「あー、お腹痛い。ねぇヴィゼル様、暇つぶしに付き合ってよ」


「みー」


それは良いってことかな?


「ヴィゼル様はどこの子なの? 首輪は付いてないけど……」


外れてしまった可能性も無くはないだろう。

彼らが帰ったら聞いてみようかな。


「にゃ!」


「……飼い主が見つかるまで、お世話してもいいよね?」


「みゃあ」


無事お許しを頂いたということでよさそうだ。


「でもなぁ、生憎何もないや……外には出ちゃ駄目だし……」


昨日、外に出たら殺すと言われた。本物の方のヴィゼル様に。

……心配、してくれたんだな。ありがとうございます、ヴィゼル様。


「しょうがない、何か作ってあげる」


キッチンに立ち、かつお節と煮干し、ご飯を用意する。

……猫って何食べるのか、知らないもん。

それらをプレートに入れて、ぬるめのお湯をかける。

お茶漬けならぬ、ぬるま湯漬け。猫舌って言うもんね。


私はそれとは別に牛乳も用意して、ヴィゼル様の元に向かった。


「ほれヴィゼル様、ご飯ですよ」


「にゃ!」


……ヴィゼル様もにゃぁって鳴かないかなぁ。いやほんとに殺されると思うけど。


とことこと歩いてきた仔猫は、無事ご飯を食べ始めた。

お腹空いてたみたい。


「かわいーなー」


頭を撫でてやる。

するとヴィゼル様は顔を上げて、私の指をぺろりと舐めた。

ざらっとした感触に彼を思い出す。

──それ本物もやってたよ。一昨日。


思い出して勝手に頭が沸騰する。


「君はいいねぇ、気楽で」


「にゃー」


「……ヴィゼル様、早く帰ってこないかな」


この猫見たらどんな反応するんだろう。

私も可愛がって欲しいよ。もっとヴィゼル様が欲しい……!


彼は明日の夜遅くに戻ると言っていた。

それまで……頑張らなきゃ。


私はヴィゼル様を眺めながら日記を開いた。


──今日は、何だかサプライズが沢山ありました。

まず、久しぶりに恋愛ドラマを見ました。

ヴィゼル様も、あんな風に奉仕されるのが好きなのかなぁ。

だとしたら、頑張らなくちゃです。

そして、今日は部屋に仔猫が来ました。

どこの子か分からないので、とりあえずご飯をあげました。


「……あ、寝てる」


──寝顔がとても可愛いです。ヴィゼル様そっくりです。

そうそう、勝手にヴィゼル様と命名しました。

本人にばれたら怒られそうなので、私だけの秘密。

あと一日、どうやって過ごそうか迷います。

それでは、また明日。


「さて、私も夕ご飯作ろーっと」


今日は、少し気分が良かった。

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