第20話 暇!
一日目。
今日は、特に何もせずに過ごしました。
でもでも、ヴィゼル様に別れ際にキスされたのが、すごく嬉しかったです。
今日は記念日かもしれません。
あと強いて言えば、部屋の大掃除をしました。
家具とかも全部どけて、シーツも洗いました。
すると、テレビが置いてある棚の後ろから虫がうようよ出てきて失神しました。
思わずヴィゼル様ぁああああっと叫んでしまいました。
いざという時にいてくれない大将です。
ちなみに、その虫たちはちゃんと退治しました。
どっと疲れた。
あーあ、早くヴィゼル様帰ってこないかなぁ。
一日目からこんなんで大丈夫でしょうか。
明日も早いので、もう寝ます。
おやすみなさい。
「──ふぅ」
私はそこで書く手を止めた。
読み返してみると、我ながら充実していない一日だ。
突然思い立って日記なんて始めてみたけど、これはセンスないなぁ。
「……寂しいな」
静かな部屋で一人呟く。
彼に抱きしめて貰わないと眠れないよ。
いつから、こんなに彼が必要になっていたんだろう。
「うぅ、好きだよ」
朝のキスが忘れられない。もっとして欲しい。
一度知ってしまったら絶対、虜になっちゃうよ……。
私は布団に潜り込む。
いつもは隣にいるはずの彼が、いない。
「好き、好き好き好き」
本人に言えないから、こうして呟くしかない。
いつか、伝えられたらいいな。
神様、どうかこの想いが伝わりますように。
♦
一方その頃、彼らは。
「あれ、ヴィゼル様、何か今日機嫌良いですね」
「そうか?」
ヴィゼルが片眉を上げて訊き返す。
するとルーカスも頷いた。
「さっきから鼻歌歌ってるぞ」
「……。それは気付かなかったな」
「無意識ですか」
ヨシュアはペットボトルの口を開けた。
「てっきり俺は、貴方が梨花さんに会えなくて沈んでいると思っていたんですけどね」
「オレもだ」
いつもの男3人一緒のテントで、こうして弄られているヴィゼルは幾らか不機嫌になったようだ。
「私は子供か?」
「オレ達からすればまだまだ子供よ」
ルーカスが笑う。
「そうですね。最も、俺はそんなに離れてないですけど」
ヴィゼルは少し笑って、テントの外を見やった。
星が綺麗に輝いている。静かな夜だった。
──梨花は、今頃寂しがってくれているだろうか?
ここは依然としてエストラルである。遂に本部を潰す機会を得た。
距離は近いが、会えない気持ちは募るばかりだ。
「──今朝は良いことがあったんだ」
ヴィゼルから話を切り出すなんて珍しい。二人は興味津々で彼を見た。
「何があったんだ?」
「梨花が可愛かった」
ヨシュアは飲んでいた水を思いっきり噴き出した。
「ごほっ……やめてくださいよいきなり。最近すごくむせるんですけど」
「そんなの知らん」
ルーカスはニヤニヤと笑いながら言う。
「ほーほー、そりゃあ良かったなぁ。だけどよぉ、いつも可愛いんじゃねえのか?」
「いつも可愛いのは確かだが……今朝は更に可愛かった……」
いつになく幸せそうな大将に二人は呆れて溜息を吐いた。
「ああ、こりゃ惚気だ」
「惚気ですね」
ヴィゼルはそんな彼らの反応などお構いなしに話し続ける。
「キスしたら頬を染めていて凄く可愛かった」
「したんですか?!」
「もうあんたら付き合え……」
ルーカスが寝袋に寝転がった。
「あーあーオレも彼女欲しいよーなんでいないんだよー」
「作ればいいじゃないですか」
ヨシュアが言う。
「あん? お前いんのかよ」
「いませんけどね」
二人は顔を見合わせてひとしきり笑い合った後、がっくりと肩を落とした。
「……はぁ。ヴィゼル様と一緒にいると女の子全部持ってかれるんですもん」
「ほんとだよなぁ。こんな美形が傍にいりゃあなぁ……」
「そんなの抱くなり口説くなりして堕とせば良い話だろう?」
不思議そうに首を傾げるヴィゼルに二人は目を丸くする。
「あっらぁ~~~~ねぇ聞いたぁ? 今の。完全に自慢よ自慢。ほーんとこういう男ってやーね~~~」
起き上がって言うルーカスにヨシュアは微妙な視線を投げかける。
「全くもって同感ですね。というかそれ何のキャラですか」
「さあ? オレにも分からん」
ヨシュアはごろんと寝転がると、ぼそっと呟いた。
「……俺ってそんなに顔悪いですか? ヴィゼル様も昔はもっと可愛かったのにいつの間にか凄い美形になってるし……」
「いや、お前も普通に美形だぞ。大将の前だと全部霞んで見えるだけで」
「色々と失礼だな」
髪を解きながら言うヴィゼルに、ヨシュアは不満そうに言った。
「だって本当の事ですもん。俺が苦労して育てた子に出し抜かれるのは正直嫌ですよ」
綺麗な髪を惜しげもなく広げ、胡坐をかいている大将は溜息を吐いた。
「育てたと言ってもほんの数年だろう? 私を幾つだと思っている」
「十四」
「ろくー」
「……殺すぞ」
「あれ、違いましたか」
「精神年齢の話じゃねぇのか?」
いつものやり取りにも飽きずにヴィゼルは言う。
「二十三だ」
「あらあら、お年頃ねぇ。わたくしなんてもう三十五よ三十五」
「ほんとですわねぇ。まぁ俺二十五ですけどねぇ」
ニヤニヤと笑う二人にヴィゼルが言う。
「貴様ら気持ち悪いぞ」
「酷ーい。陸軍大将様って横暴~」
「横暴~。そんなんじゃ梨花さんに嫌われちゃいますよ~?」
「……本当か?」
「急にマジトーンになるのやめてくれよ大将」
ルーカスが、あんたは本当にお嬢ちゃん大好きだなーと笑って彼を叩く。
ヴィゼルはその勢いのまま寝袋に突っ伏して頬杖をついた。
「……はぁ……」
憂いてるぞ大将。ええ、乙女ですね。
そんな会話を目で交わした後、ヨシュアが慰めた。
「大丈夫ですよ、ヴィゼル様。キスまで受け入れてもらえたなら最早勝ちですって」
「ほんとだよなー。というかさっさと告白しろよピュアピュア大将」
「ピュアピュア……」
「そうですよね。こんな見た目でヴィゼル様彼女いたことないですもんね」
「女など要らないと思っていたからな」
ルーカスがまた顔を顰める。
「こういう奴に限ってそうだよな。マジ人生損してるわ」
「神は無慈悲ですねぇ」
「……神、か」
ヴィゼルはぼんやりとして言った。
「いるものなら、私の気持ちくらい伝えられないのだろうか」
「ヴィゼル様がますます乙女に……」
「お嬢ちゃんの影響力すげぇな」
しばしの沈黙。
すると、外から声が掛かった。
「先輩! 失礼します」
「ん? なんだ、ケイか」
ひょっこり姿を現したのはケイだった。両手に瓶を抱えている。
「先輩、お酒貰ってきましたよ」
「「おおおお」」
ヨシュアとルーカスが歓声を上げる。
ぱあっと顔を輝かせる辺り、まだまだ子供なのはどちらだよとヴィゼルは苦笑した。
「ナイスだケイ! さあ入れ入れ! 今夜は飲み明かそうぜ!」
「……ん? ワインじゃないのか」
入ってきたケイに視線を投げかけ、ヴィゼルが言う。
「今日はビールで我慢してください、ヴィゼル様」
ケイが微笑んで言うのを見てしまっては、ヴィゼルも頷くしかなかった。
「……ん、まあ、たまには良いか」
「よぉしツンデレ王子も飲もうぜ!!」
既に出来上がっていそうなテンションのルーカスがビールをグラスに注いでゆく。
「誰がツンデレ王子だ」
「実質王子でしょう貴方。ツンデレだし」
ヴィゼルはふいとそっぽを向いてビールを煽った。
「今日は飲み明かすぜー!!!」
「明日も仕事だぞ」
「そしたら明日も飲めるな! 仕事最高!!」
「馬鹿ですね」
「先輩たちと飲めるなら楽しいですよ」
一気に賑やかになったテントは活気に満ちていた。
ランプの中で揺れている炎を見て、ヴィゼルは溢す。
「……たまには馬鹿になるのも悪くない、か」
グラスを合わせた男たちの宴は、結局朝まで続いた。
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