第16話 まっくろくろすけ
そして、私は夕飯を作り始めた。
……作り始めた、んだけど、頭のなかは依然モヤモヤしてて。
私がヴィゼル様を……
んんんん。
……もし、仮にそうだとしても、彼はきっと私のことなんて何とも思ってないでしょう?
どうせあれでしょ?
自分で言うのも悲しいけど、私って彼の性処理道具なんでしょ?
……というか、好きって何?
哲学的なことを考えていたら、何やら変な臭いがしてきた。
「……お?」
今日はもう野菜炒めでいいや、と思っていたんだけど、フライパンの中は真っ黒でどこにも野菜炒めが見当たらない。
もしかしてどこかにふっ飛ばした??
しかし数秒して気付く。あ、この黒いやつ元野菜だ。
「えー……」
野菜って焦げるんだ……
どうしよう。作り直している暇あるかな。
すると、ドアが無遠慮に開いた。
「えー……」
最悪のタイミングで帰ってきたのは当の本人。
この人のせいで私たちのおかずは真っ黒こげになりました。
「……焦げ臭い」
「……おっかえりなさーい」
どうしよう。動揺しすぎてイントネーション変になった。
ひとしきり自分で自分を笑った後、しょうがないのでまっくろくろすけをお皿に盛った。
大丈夫、サラダはあるから。そういう問題じゃないけど。
元々は野菜だし、勿体無いからね。
「いただきます!」
「……なぁ、梨花。一つ聞いていいか」
平常心平常心平常心平常心。
「はい、何でしょう?」
「この……黒いのは……何という料理だ……?」
「野菜炒めです」
にっこり笑って私は答えた。
「……」
ヴィゼル様はなんとまっくろくろすけを一口食べた。
「……苦い」
「そうでしょうねぇ、ピーマンたっぷりですから……なんていうのは嘘です。ごめんなさい、焦げちゃったので食べなくていいですよ」
あぁ~、焦るな、自分。
慌ててお皿を戻そうとしたけど、彼がそれを制した。
「いや、いい」
「……へ?」
「貴様が私の為に作ってくれたのだろう? 食べるさ」
なんでこう……なんというか……さらっと嬉しいことを……
……もしかして本当に好き……?
いやいやいやいやそれはないそんなこと……
「そんなことあるわけないじゃなーい!!!」
「ほう? 違ったか」
「あっ……違うんですすいません」
「は?」
……。
生まれる沈黙。
どうしよう。もう死にたい。
「梨花、落ち着け」
「落ち着いてます! ヴィゼル様、ちょっと頭冷やしてきます! お先に食べててください!」
「落ち着いてないではないか……」
そんな彼の呟きもそこそこに聞き流し、私はベッドルーム逃げた。
うわぁああああああ……。
想像以上だ。
もしかして、本当に好きなのかもしれない。
ばふばふとベッドを叩く。
だって、だってさぁ。
そうでもしなきゃあんなに動揺するなんておかしいし……
あんなこと言われたぐらいで、死にそうになるくらい嬉しいなんてアリエッ〇ィ……違うあり得ないし……アリエッ〇ィ……
わあああもう無理だぁあああ頭の中アリエッ〇ィいいい(?)
私は何を今まで悩んでいたんだろう。
そんなの、本人を前にすれば一発だったじゃないか。
単純明快、明白も明白な単なる一つの事実。
──今まで自分に問い続けてきたけど、答えはは明らか過ぎるほどに明らかだった。
「……好き」
ごめんなさい、どうやら私はとっくに貴方が大好きみたいです。
♦
「どうしよう、好き……好き」
確かめるように呟く。
でも、呟く度にどんどん好きっていう気持ちが溢れてくる気がして。
「梨花、どうした」
「うわぁあああああ! びっくりしたぁああああ!」
ヴィゼル様が現れた瞬間、私は大声で叫んでいた。
それにしても品のない声だ。落胆しかしない。
「びっくりしたのはこちらだ。何かあったのか?」
「何も、ないですよ?」
「嘘吐け。顔に書いてあるぞ。何かありましたとな」
……全部見抜かれてるしっ。
「だからないですってば!」
恥ずかしくて、つい強く言ってしまった。
「……そうか。なら良い」
ヴィゼル様はそれだけ言うと、姿を消した。
……あ、行かないで。
反射的にそう思った自分に驚く。
強く言って彼の優しさを台無しにしたのは私なのに、なんて我儘なの。
もうこんな自分が嫌になる。
……ヴィゼル様、私の事嫌いになったかな?
「うぅ、そんなのやだよ」
あーあ、前はこんな事考えなくてよかったのに。
あー今日も抱かれんのかーやだなーで終わってたのに。
……待って、私抱かれるとか無理よ。当然。
もう、恋すると考えることがいっぱいになって嫌!
その後、私は夕食を片付けようとしたんだけど、なんとテーブルの上は綺麗になっていた。
冷蔵庫には私の分の夕食がラップしてあったし、まっくろくろすけなんかは駆逐されていた。
……どうしよう、超嬉しい。
今まで気付かなかっただけで、めちゃくちゃ性格イケメンじゃないか大将……
「凄い人に拾われたなぁ」
私は呆然と呟いて、ご飯を温めた。
──そうして、すっかり洗い物も済んだ頃。
シャワーを浴び終えた彼が現れた。
見ない見ない見ない見ない平常心平常心平常心平常心心頭滅却深呼吸!!!
最早呪文である。
いやでも、心頭滅却すれば火もまた涼しって誰かが言ってたから、顔の火照りも冷めるハズ!
「心頭滅却!!」
「頭を冷やせ」
全然滅却できていなかった。
「……ところで梨花、どうしたその格好」
「防御体勢ですよ」
ベッドの上でブランケットに包まって枕を抱きしめる、これが一番落ち着く。
そういえば、最初はよくこうやって泣いてたっけ。
「私からの防御か」
「そうです」
声だけなら……まだ何とか……行ける気がする。
「無駄だがな。無防備にも程があるだろう」
「いいんです。私の心の問題です」
「襲って欲しいのか?」
……ッ
にゃんでこの人はそういう事を言うの? 声だけでも無理だよ?
というか以前の私、強すぎかよ。これに平然と抱かれてたんだぜ。
更に嫌だとか言ってたんだぜ。勇者?
「そんにゃ訳ないじゃないですかぁっ!!」
噛んだ。
「ふむ、そうか。裏をかけという事だと思ったのだが」
「違いますよっ! ちょっとほっといてください!」
「分かった」
もう顔が熱いの! 無理なの!!
──そして、私はもう一つの事実に気が付いた。
私、Мだ。ドМだわ。
「なんでぇえええ」
「知らん」
「ちょっと黙っててください」
「酷いな」
「放っておくんでしょう、お願いしますよ」
「そうだったな」
んでもって、彼は天然のたぶらかし野郎だと思う。
「私はどうやら貴様を放っておけないらしいな」
「……ッ」
爆発。
「──いい加減にしてください! 怒りますよ?!」
「もう怒ってるだろう? 忙しい奴だな」
そうですよあなたのせいでね!
「もう寝ます!!」
「そうしろ」
これから毎日こんな日が続くの……?
体力持たないよ……。
私は溜息を吐いた。
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