第15話 誰だって自分に嘘吐いていたいでしょ?

そして夕方、やって来たのはカウンセリング室。

そうそう、傷の事だけど、鞭だったから深手じゃないってヴィゼル様が言ってた。

ヒリヒリズキズキ痛いんだけどね。


さて、果たして人はいるのかな。


「すみませーん、今いいですかぁー」


「どうぞ」


お?

この声は?


「失礼いたします」


「いらっしゃい。よく来たわね……ってどうしたのその怪我」


カウンセラーは女の人だった。

女の人!! ここしばらく会ってなかった同じ人種!

女の人だぁ!

男だらけの空間にサヨナラ! 万歳女の人!


「はい! 王子に鞭で打たれました!」


ついテンションが上がってしまう。


「まぁ、それは大変。傷が残らないように、慎重にね?」


「はい!」


私が元気よく返事をしたので大丈夫だと思ったのだろう、彼女は席を進めてきた。


「……さて、じゃあ貴女のお話を聞かせてもらおうかしら」


「はい! よろしくお願いします!」


椅子に座り、女の人と対面する。

綺麗な人だ。茶色のショートカットの髪は可愛いし、目も茶色。

勝手に心の中で茶色ちゃんと名前を付けた。

「ちゃん」なのは親しみを込めてである。


「今日はどうしたの?」


「私、最近変なんです。どうにも感情のコントロールが効かないっていうか」


「そう……ストレスかしら。他にも症状はある?」


「うーん、胸が痛いです。妙に苛々したり悲しくなったりすると痛くって」


正直に言うと、茶色ちゃんは少し首を傾げた。


「……貴女、お名前は?」


「あ、梨花です」


「そう、梨花ちゃん。貴女って兵士、じゃないわよね」


女の兵士ってかっこいいなぁ。

ヴィゼル様は髪が長いから女装したら似合うのかな。


「はい。捕虜? とも違うかな……取り敢えず、ヴィゼル様に捕まえられました」


「意外ね。あのヴィゼル様がねぇ……」


ヴィゼル様にはやっぱり一定の評価があるんだなぁ。


「じゃあ梨花ちゃん、いくつか質問させてね」


「はい」


茶色ちゃんの質問に答えていく。


「胸が痛くなる時はどんな時?」


「一人でいるときです」


「どんな風に痛むかしら?」


「なんかこう、ズキっていうか……きゅーっと?」


「最近ショックなことがあった?」


「……ありました。両親が殺されたんです。それで、身寄りがないのでこうしてヴィゼル様の所に留まっています」


「……そう、だったのね。ごめんなさい、変なこと訊いて」


「いえ、気にしないでください」


──今思えば、

あの時、両親が殺されてなかったら、ヴィゼル様とも……ここにいる人たちと会う事なんてなかったんだろうな。


それが良いのか悪いのか、決めつけるのはよくない。


「──よし、分かったわ梨花ちゃん。あなた、かなり重症よ」


「え」


茶色ちゃんはゆっくりと言った。


「──梨花ちゃん、貴女完全に恋に落ちているわ」


                      ♦


「……こい?」


「そう、恋」


「魚の? そういう病気ですか?」


「違うわよ、梨花ちゃん。気を確かに持って。深呼吸してー」


このやり取りをもう10回以上やった。


「……こいって何ですか」


「また難しいこと訊くわね。そうねぇ、恋っていうのは……」


「誰かを大切に思える感情……好きって気持ちが溢れて止まらないことだと思うわ」


大切に……思う?


「十中八九、貴女はヴィゼル様が好きなんだろうけど、どう?」


「えー……それはないですよ」


だってあんな横暴だし、意地悪だし、優しいけどやっぱり意地悪だし……

でも最近は横暴じゃない……? あれ……?


「本当? 彼の事、心から大っ嫌い? 生かせてもらってるから一緒にいるの?」


「……」


心から嫌い?

それは、違う。

むしろ、彼の金髪は好きだ。ちゃんと好きな所もある……けど……


「大っ嫌いでは……ないです」


「じゃあ、好きな所はあるかしら」


「髪……」


「髪ね。あの人の髪綺麗よねぇ」


「そうなんですよ!!」


勢いよく肯定したら、ふふ、と茶色ちゃんは微笑んだ。


「髪だけかしら?」


「……そうです」


「梨花ちゃんは自分に嘘を吐いているわね。……ううん、必死に事実から目を背けてきた、と言うべきかしら」


どんどん、自分の心が明らかになっていく。

怖いけど、少しドキドキする。


「きっと貴女は悲しさの中で、ヴィゼル様に頼っていたのね。そりゃあ、辛い時に優しくされれば恋に落ちるわよ。それは女たらしの彼が悪いわ」


「ヴィゼル様、女たらしなんですか」


「さあね。私の勝手な想像よ」


ふふっ、と笑って茶色ちゃんは続ける。


「でも貴女は必死にその事実から目を背けてきた。理屈からも、本能からも、彼を好きになることなんてないって思っていたのね」


「……そう、です」


そうだった。『だって』って言い訳してた。


「でもね、人を好きになることに悪なんてないのよ。むしろ、それは当たり前。逆に好きにならない方が変だわ」


「そう……ですか」


「認めて良いのよ。好きになって良いんだから」


好き……?

ヴィゼル様を好き?

金髪だけじゃなくて、本人が?


「本当に……?」


「ま、そんな簡単には信じられないわよね。でもね梨花ちゃん、貴女が金髪を好きっていうのは、ヴィゼル様だからだと思う。貴女は知らないかもだけど、ロステアゼルムって結構金髪多いのよ。兵士の中にも何人かいるわ」


「そうなんですか。知りませんでした」


「でも、きっと彼らを見ても貴女はときめかないと思うわよ」


何で? と首を傾げた私に向かって茶色ちゃんは悪戯っぽく笑った。


「だって、好きな人にはフィルターがかかって見えるもの。かっこよさ3割増しよ」


私が普段から見ていた彼は……130%のヴィゼル様なんだ……。

自覚した途端、急に頬が熱くなった。


「……認めたくないけど、それって好きってことですよね」


「そうね。ちゃんと気付けて偉いわ」


「私……あんまり自分から逃げたくないんです。そうしないと自分が可哀想だから」


もう、自分を可愛がってあげれるのは私だけになってしまったから。


「梨花ちゃんは賢いわ」


「あ……ついでに、もう一ついいですか?」


ふと思い出して、私は彼女に聞いた。


「ええ、何なりと」


「少し前から、ヴィゼル様も変なんです」


「あらあら」


「毎晩抱きしめられるようになりました」


「あらぁ、良かったじゃない」


ちょっと恥ずかしい。


「……良かったんですけど、疲れているのかなぁって」


「うーん、そうかもね。最近は忙しそうだし。それか、寂しいんじゃない?」


寂しい?


「彼も一人だもの。戦場で、そして梨花ちゃんが来るまで、彼は孤独だったみたいよ」


……そう、なんだ。

すると茶色ちゃんが微笑んで言う。


「梨花ちゃん、あなたヴィゼル様のこと大好きじゃない」


「……うぅ」


赤く火照った頬を両手で押さえた。


                   ♦


……物凄い衝撃だった。

だってあの人を好き? 未だに信じられない。

前々から嫌いっていう感情は薄れつつあることは分かっていたけど……

まさか好きまで発展していたとは……。


じゃあ、いつ好きになったんだろう。

胸が痛くなったのは最近だけど、そんな急に好きになるものなのかな。


「ただいま……」


もう夜だけど、まだ誰もいない部屋に帰り、ベッドにぽふんと身を沈める。


「うぁああああああ」


どうしようもなく叫びたい気分だった。


え、だって、だってさ。

そんな急に好きだって……ねぇ。


「好き……? すき……隙?」


私は悶々と考える。


もう、無理。これからどうやって顔を合わせればいいの?

どうやってあの金髪に耐えればいいの??

だってはっきり言って夜のヴィゼル様ってこれ以上ないくらいかっこいいんだもん。

というか、えろい。


「……私も大概腐っているんだろうなぁ」


でも今は、ただ金髪が見れればそれでいいや。

ゆっくり、私のペースで行かないと、疲れちゃうから。


「取り敢えず……今日、頑張ろ」


もう夜だけど。


「そういえば、夕飯作ってないや」


好きだって分かっても、やることに変わりはない。

いつも通り、今日もお疲れ様でした、明日も頑張ってくださいねって言うだけ。


そうやって一日を生きていくことの、何が悪いんだろうか。


今日、生きよう。


だって、まだ死にたくないもの。

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