第17話 慣れ

私は寝るのが好きだ。

というか、得意だ。

どんなに寝てもどんなに興奮していても、ぐっすり快眠できる。

……というわけで、また朝はやってくるのだった。


大きな欠伸をひとつ。

重たい身体を起こすと、そこには誰もいなかった。


……寂しいな。

もっと早起きするべきだろうか。


頭の中で睡眠欲とヴィゼル様を天秤に賭ける。

ガチコーン。

結果は、圧倒的に睡眠欲だった。


ま、ヴィゼル様は夜会えるからいっか。


「さてさて、今日の朝食は……」


今日のメニュー

〇ホットケーキ×3枚onバター

〇チョコシロップ・メープルシロップ

〇バニラアイスミント乗せ

〇クルトン入りサラダ

〇牛乳


うわぁ、女の子だ。

めちゃお洒落じゃないか。可愛いなぁ。


「いただきまーす」


うまうま。甘々。

こんな食事ばっかりしてたらあっという間に太っちゃう。

まぁここに来る前は食べるものもなくてがりがりに痩せてたから、健康的でいいのかもね。


うーん、でも、彼と食べ方が美味しかったんだろうな……。

いや、私が醜態を晒して終わりのような気がする。


「難しいな……」


誰かに相談するべきか。

ヨシュアさん、今日いるかな。



♦ヨシュアside♦


──俺の長い長い一日が始まった。


「ヨシュア、いるか」


突然自室のドア越しに話しかけられて、俺は返事をする。

この声はヴィゼル様だ。


「はい、います」


「失礼するぞ」


キィ、と扉を開けて入ってきたのはやはり彼だった。


「どうしましたか? 俺今日オフの筈なんですけど」


「ああ。だからだ」


「?」


ヴィゼル様は椅子にどかっと座ると、俺を見つめて言った。


「──ヨシュア、私はそんなに横暴か?」


「……は……?」


……俺の長い長い一日が始まった。


                   ♦


「どうしたんですか、貴方がそんなことを言うなんて珍しい」


「……いいから、答えろ」


「そうですね。貴方は横暴です」


でも、横暴じゃないと陸軍大将なんて務まらないと思う。


「やはりそれか……?」


ヴィゼル様は椅子の背もたれに寄りかかり、顔を手で覆った。

そして弱々しい声で呟いた。


「……ヨシュア、私は梨花に嫌われたのだろうか」


「え」


なんだ乙女か?


「昨日、突然梨花が怒り出した。放っておけ、と言われた」


それで凹むヴィゼル様って何? 可愛いかよ……


「……まさかとは思ってましたけど、ヴィゼル様本当に梨花さんが大好きなんですね」


「ああ、大好きだ」


直球だな……こっちが恥ずかしくなってくる。


ん?

もしや、これか?


「もしかしてヴィゼル様、その直球な言い方がいけないのではないですか?」


「言い方?」


俺はこくりと頷く。


「梨花さんは恥ずかしいのではないかと思いますよ」


「そう……か。少し距離を置いてみようか」


「それがいいと思います。で、ヴィゼル様」


「どうした」


「時間、大丈夫なんですか?」


「今日は私もオフだ。今決めた」


サボりやないかい。


「まぁ、好きにしてくれて構いませんけど……」


「ああ。世話になったな」


「ご武運を」


ヴィゼル様もついに一人の女性に振り回されるようになったのか。

よかったよかった。


                    ♦


それから暫くして。

再びドアがノックされた。


「ヨシュアさん! 私です、梨花です」


ん? 彼女までどうしたのだろうか。


「どうぞ、お入りください」


「失礼しますっ」


「どうされましたか? 部屋の外へ出たいですか?」


でもさっきヴィゼル様は帰ったはず。自室に戻らなかったのか?


「あの……ちょっと、相談があって」


俺は梨花さんに椅子をすすめ、紅茶を淹れた。


「ありがとうございます」


彼女は紅茶を飲みほうっと息を吐くと、おもむろに切り出した。


「……ヨシュアさん、ヴィゼル様って横暴だと思いますか」


「?! ……ごほっ、ごほっ!!」


驚きすぎて思いっ切りむせた。


「わ、大丈夫ですか⁉」


「……ええ、すいませんお騒がせして。……えーと、ヴィゼル様が横暴……ですか」


何故この人達は同じことを聞いてくるんだろうか……。


「どう思いますか?」


「まぁ……確かに横暴ですね」


「ですよね! う、でも……ぅううう」


梨花さんは突然泣き出した。


「梨花さん?」


「でもっ、そのっ、横暴我儘意地悪陸軍大将を好きになっちゃった私ってっ、馬鹿ですよね……っ! うぅ、ぐすっ」


──は?


俺は驚きを通り越して呆れてしまった。


なんだ。両想いじゃん。


「そんなことないですよ。梨花さんは十分、素敵な女性です」


というかそこまで言われるなんて、大将何をしたんだ。


「でもっ……どうせヴィゼル様は私の事っ……性処理道具だとしか思ってないし……っ」


「?!」


俺は再びむせた。

──どうやってそんな発想にたどり着いたんだこの子?


「あのー、梨花さん? それはないと思いますよ?」


「分かんないですよ! 男なんて所詮性欲の塊なんですからっ」


それはまぁ……そうだけど……


「ヴィゼル様大分理性利いてると思いますけどねぇ……」


あ、でも梨花さんが絡むと理性飛んでくなあの人。


「そうなんです! 中途半端に優しいんです!!」


「……だから、好きなんですか?」


「それもありますけど……私、多分Мなんです」


三度目。


「ごほっ、ん゛ん゛ッ。──と言いますと?」


突然の性癖暴露に驚いていると、梨花さんはぽっと頬を赤らめて言った。


「……もう、おもちゃでも道具でもいいかなって……ちょっと、思ったりして」


「梨花さん……」


相当だな……。

でも、双方の気持ちも分かる。

顔を赤く染めている梨花さんは可愛かったし、ヴィゼル様にも不思議な魅力がある。


ま、ここは二人に頑張ってもらおう。俺の介入するところではない。


「大丈夫ですよ梨花さん。でも暴走はしないで。落ち着いて下さいね」


「え……何で暴走してるって知ってるんですか……?」


「え?! あ、ああ、勘です。恋をするとみんなそうなるんですよ」


危ない危ない、ヴィゼル様に聞いたのがバレるとこだった。


「そう……ですか。頑張ってみます、できるだけ」


これは大変なことになりそうだ。


──俺は一日中、この二人に振り回されることになったのだった。



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