第12話 変わる立場

「……ん」


うっすらと目を開ける。ちょっと腫れてしまったようだ。

──目を開けたら、視界は明るかった。

あのまま、寝ちゃったんだ。


……昨日は彼に申し訳ないことをしたなぁ。

あんなに優しい彼は初めてだった。

まだ眠かったので再び目を閉じごろんと寝返りを打つ。

……と、何やら硬いものにぶつかった。


「ん……?」


壁じゃないような気がする。というかこっち側は壁ないし。

そして、動いた。今動いたよこの壁もどき。


嫌な予感しかしなくて、そっと目を開けた。


──はい、的中。


私の隣にはワイシャツ姿で髪を無防備に広げて寝ている陸軍大将がいた。


……うーん、どうしよう。

今日彼はお仕事じゃないのかしら。

取り敢えず、起こそう。

くしゃくしゃになったワイシャツと金髪はベストマッチ、色気もエロ気の最高傑作だったけど仕方ない。本当に残念。


「ヴィゼル様、起きてください」


「……」


幸い彼はうっすらと……本当に薄ーく目を開けた。


「……何だ……貴様か……ん……」


最早抱き枕同然に抱きしめられた。

これはラッキーというやつだ。あ~金髪。ワイシャツ。素敵。


「悪かったですね私で。ヴィゼル様、お仕事、いいんですか」


「……ッ!」


彼は飛び起きた。

そして部屋の時計を確認するや否や、再びベッドにぼふんと倒れ込んだ。


「……完全に寝坊した」


「諦めないでくださいよ大将」


「もう良い。今日はサボる」


大丈夫かなぁこの人……。


「ヴィゼル様、サボっちゃ駄目です。朝ごはんお弁当箱に詰めてあげますから、支度してください」


「うー……」


渋々彼は身を起こした。どうやら昨日のワインが効いているらしい。


そうだ、まだお礼言ってない。


「ヴィゼル様、昨日……ありがとうございました」


「ああ……気にするな」


「はい」


私はキッチンに向かった。


──さて。

時間が無い。

私はパンを適当に切り分け、バターを塗りたくる。

卵をスクランブルエッグにしてあとは野菜を千切って切って挟む!

即席サンドイッチの完成です。


すると遠くから悲鳴が聞こえた。


「ああ不味い死ぬ怒られる」


誰にだよ。というかこんなヴィゼル様初めて見た。


「ヴィゼル様! 朝ごはん!!」


既に着替え終えていた彼はランチボックスをしかと掴むと駆けだした。


「助かる愛してる行ってくる」


「はいっ! いってらっしゃいませっ!」


冗談交じりだけど冗談じゃないくらい、バタバタの朝だった。



♦ヨシュアside♦


「……ヴィゼル様、遅刻は駄目ですよ」


「悪い、寝坊した」


「これでは部下に面目が立ちませんよ……全く……」


傍では今日の仕事に同行するケイが呆然と大将を見ていた。

俺が彼の心の中を意訳してあげよう。

──陸軍大将って、寝坊するんだ。である。


「分かっている」


彼は何故かサンドイッチを食べながら言う。どうやら朝食を食べる時間すら無かったらしい。


「……美味いな。あの短時間でここまで作るのか」


そして梨花さんの手作りだった。


「梨花さんに迷惑かけっぱなしじゃないですか……」


「良いだろう別に」


「良くないですよ! そんなのでは振り向いて貰えませんよ⁉」


ヴィゼル様が忌々しそうに顔を顰める。


「振り向く必要あるか?」


「ヴィゼル様、貴方梨花さんの事大好きでしょう」


「そうだが」


あっさりと頷く彼にもう溜息しか出ない。

──梨花さん、貴女の言い分もよく分かります。


「……はい、もういいです。ケイ、行きましょう」


「はい、ヨシュア様」


俺たちの後ろからサンドイッチと共にヴィゼル様が続く。


「──ヨシュア、ダルムの状況は」


「未だ決定的な戦果は挙げられていません。ですが、我が軍が少し有利かと」


「そう、か。……ここを潰したら本国へ戻るぞ」


「かしこまりました」


ダルゼルム、通称ダルム。

俺らロステアゼルムが戦っている国。

国名から察する通り、ダルゼルムとロステアゼルム昔は一つの王国だった。そののちに分割され、今の形になっている。

俺らとダルムは昔から仲が悪く、しょっちゅう戦争ばかりしていた。

……だが、今回は世界大戦。規模が違う。


「ケイ、今回は君に掛かっていますよ」


「はい」


私らが囮となり、ケイがこの国の情報を盗む。この国をいち早く没落させる為に必要な仕事だ。


「さて、早くあいつの首が欲しいところだな」


彼は卵がついた指を舐め、言った。



♦????side♦


──ダルゼルムの王室。


「ねぇルイーズ。何か面白いことない?」


ルイーズと呼ばれた男性は答える。


「面白いこと、ですか。それでしたら、一ついい情報がございますよ」


「えっ、何々?」


興味津々にルイーズを見る男に、彼は言った。


「ロステアゼルム……敵国の大将が最近女を拾ったとか」


「へぇ? あいつが女ねぇ? 意外だな」


肩眉を上げて言う男は、綺麗な銀髪をしていた。


「ふふ……。面白いこと見つけちゃった」


いたずらっぽく呟いた男は、ルイーズに聞いた。


「ね、ヴィゼルって今、どこにいるの?」



♦梨花side♦


「ふぅ~、やっとお掃除終わりっと」


空いた時間で本を読む。

最近は恋愛ものを読んでいるので、ふけってしまうのだ。


「いいねぇ恋は。私もこんな恋がしたいなー」


でも近くにいるのは横暴な大将様だし。

ヨシュアさんは何か恋人って感じじゃない。兄だあれは。


「難しいなぁ」


本の中の二人は、すぐに告白して付き合っているのに……。

まずは好きになる対象から探さなきゃなんて、現実は厳しい。


だって年頃の女の子だもん。恋だってしたい。

戦争中ではできないと諦めていたけど、まだ、青春を捨てるには早すぎる。


「彼氏欲しーい!」


そう叫んだところで、ドアが開いた。


「五月蝿いぞ。外まで声が聞こえた」


「あらお帰りなさい。それはすみませんね」


つんとそっぽを向く。


「機嫌が悪いな」


「いつもです」


「……機嫌が悪いのに朝飯を作らせたのか。私は極悪人だな?」


やっと気づいたか。極悪人め。


「そうですよ。ヴィゼル様は横暴です」


「ふむ、そうか」


「あと意地悪です」


「ほう、言うな」


「……だから嫌いです! 彼氏欲しいです!!」


すると彼はちょっと悲しそうな顔をした。


「──そうか」


「……あ、言い過ぎましたね。ごめんなさい」


「極悪人はどちらだろうな」


いや、私もう無理よこの人。

ちょっと下に出ればすぐ意地悪してくる。


「ヴィゼル様です!」


「ならば極悪人同士仲良くしようか、梨花?」


「してやりますとも!」


優しかったり意地悪だったり、この人訳わからない!!

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