第13話 真実
……それから数日が経って。
私はいつも通り、部屋でゴロゴロしていた。
今日はヨシュアさんもお仕事らしい。今日は結構人数がいるんだって。
「ひーまーだーなー」
最近、ヴィゼル様が妙におかしい。
まず、喜怒哀楽が激しくなった。これは多分時間が経って慣れてきたからだろうけど。
あと、いつも寝る前に抱きしめられるようになった。
寝る前限定で大歓迎なので私は全然良いんだけど、彼どうしちゃったのかな。
「またワインの出番ですかね」
そんなことを考えていたら、突然ドアが開いた。
「?!」
誰? ヴィゼル様……じゃないよね?
ヨシュアさんだったら必ずノックがある。
怖い。もしかして強盗とか? 殺人鬼? ……爆弾魔?!
でも、ホテルには護衛が沢山いるはず。
大丈夫、だよね?
だけど、現れたのは知らない人。
後ろには沢山の黒い服を着た人々が続いていた。
「……だ……誰……?」
「あれ? 君一人かぁ。残念」
伸びやかな声でそう言うと、その人は私に近づいて来た。
「ひっ……!」
「怯えないで? 酷いなぁ。……君があいつの『お気に入り』かな?」
あいつ……? ヴィゼル様の事?
でもとにかく、今は答えない方が良いだろう。
するとその人は不服そうに眉を寄せた。
「うーん、面白くない。ま、ここで待つってのもアリかなー?」
その人は黒い服の人たち……多分、兵士を撤退させてからにっこりと笑った。
「というわけで、僕とお話しようよ♪」
「いや、です」
「嫌でもするんだよ。僕の言う事には絶対服従、世界の常識でしょ?」
なに言ってるんだこの人。ますます話したくなくなった。
「……君、やっぱりヴィゼルのお気に入りでしょ」
「どうしてそう思うんですか」
その人はふふ、と笑って嘲るように言った。
「僕に色目使ってこない女の子なんて初めてだからだよ。十中八九、誰かの女だ。僕よりは劣るけど、ヴィゼルだって美形だからね。……そうでしょ?」
確かに彼はさらさらの銀髪に薄い青の瞳を持つ美形だけど、私は金髪専用の頭なのですいません。
それにしても……ヴィゼル様の女……
気に入らない。
「そうですけど、何か?」
ええ、どうせ私はあの人の玩具ですよ。所詮遊び道具ですとも。
……何でこんなに怒っているんだろう?
初めて会った時は、生きていられるだけで十分だったのに。
私、欲張りかな。
「いいねぇ君、面白いよ。気に入った」
突然彼はロープを取り出して私の腕を縛った。
……デジャヴ。
「痛いっ、嫌、離して……!」
──ああ、デジャヴだけど、前とは全然違う。
ヴィゼル様が私を縛ったあの時……全然痛くなかった。
つまり、最初から優しかったんだ。
手が折れるんじゃないかと思うほど乱暴だ。
「離す訳ないでしょ? 大人しくしててね」
目も塞がれる。怖い……!
そのうちに、体中にロープが回された。
きつく縛られて体中が軋む。
痛い、痛いよ……!
「……ッ」
「あれ、こんなことで泣くんだ? よっぽど大事にされてきたんだね」
……確かに、そうだ。
私は今まで大事にしてもらっていたんだ。
親からも、彼からも。そして、沢山の人々からも。
「普通捕まったら奴隷になるのがお約束でしょ? 体罰とか暴行とか、日常茶飯事だよね」
ピシ、と鋭い音がして、頬に痛みが走る。
「ヴィゼルが帰ってくるまで、楽しませてね♪」
嫌だ。こんなの嫌だ!
……お願い……早く帰ってきて。
どうしようもなく彼に会いたい。何でもいいから、彼に縋りたい。
「私は……絶対に貴方になんか屈しない!」
「威勢がいいね。抵抗する子ほど、躾甲斐があるってものだ」
「……何で、ここに入れたの? 貴方は誰なの?」
「暇つぶしに答えてあげる。まず僕の名前はアデラール。聞いたことあるでしょ?」
……え、え?
何であの人がここにいるの?
アデラール、世界に広く知られたその名は、
ダルゼルムの第一王子、アデラール=ダルゼルム。
……嘘、だよね?
「嘘、だ……」
「嘘じゃないよ。ヴィゼルにでも訊いてみたら? 次に、何故ここに来れたのか。簡単だよ。護衛が薄かった、それだけさ」
……ヨシュアさんが言っていた。今日は兵士の大多数が外に出るのだと。
「もう質問はない?」
「……何で、ここに来たんですか」
「ん? 来た目的ねぇ。面白そうだったから、かな」
そう言えば、ダルムの王子ってこんな人だって習った。
自由奔放で残忍な絶対的存在。
逆らった者は皆殺しだ。
「さて、じゃあ今度は僕が質問するね。君の名前は?」
「梨花です」
「ふぅん、ロステアゼルム人じゃないね。やっぱりここであいつに拾われたんだ」
「君が拾うに値する人とは思えないけど」
目が見えないから分からないけど、今きっと彼は嘲笑っているんだろう。
「……そうですね。所詮私は何の力も持たないただの人間です」
「分かってるね。賢い人は好きだ」
幾度となく身体に鞭を打たれて、ヒリヒリと痛む。
「でも奴隷になっちゃえば気が楽だよ。何も考えなくていいんだからね」
「……!」
嫌だ。心が奪われたら全てが終わる。
絶対に、守らなきゃ。耐えなきゃ!!
♦
痛みも感じなくなった頃。
唐突に扉が開かれた。
「あ、ヴィゼルだ。遅かったね~もう梨花ちゃんズタボロだよ?」
……ヴィゼル様、なんだ。
枯れ果てた筈の涙が再び蘇る。
「貴様……何故ここにいる」
「暇つぶしだよー。あとはそう……宣戦布告?」
宣戦布告?
「暇つぶしで私の領地に入るとは良い度胸だな」
「うん、僕度胸はあるからね。ヴィゼル、今日はこれを言いに来たんだ」
足音がして、何かやり取りをした後、彼は再び言った。
「じゃあ、期待してるから。また戦場でね♪」
「次会うときは貴様を殺すから楽しみにしておけ」
「ああそれは楽しみだなぁ。逆に僕が殺してお前がびっくりする顔を見てみたいよ」
「悪いが私は感情が顔に出ないらしいな」
「知ってるよ。だからこそ楽しみだ」
コツ、と足音が遠ざかる。
「じゃ、お邪魔して悪かったね」
彼は嵐のように去っていった。
「さて……邪魔者はいなくなった」
ヴィゼル様の足音が近づき、私はベッドに押し倒された。ふかふかなので多分ベッドだろう。
変な姿勢だったから、身体が痛いけど。
「あいつの人を縛る技術は認めてやろう。何故こうも雑に厭らしく縛れるのか、不思議だな」
ヴィゼル様は私の顔に触れ、視界を開いてくれた。
視界に映った彼の顔にやっと安心できた。
「酷い顔だ」
「……酷い、です」
「自己申告か。偉いな」
うわぁこの局面でうぜぇこの人
「このまま貴様を抱くのもまた一興だと思ったが……」
ヴィゼル様は言いながら私の頬に触れた。
そこにはさっき受けた傷があって。
「今は我慢してやろう」
「当たり前です……この横暴者……」
「何か言ったか? 解いてやらないぞ」
いつものやり取りについ笑みが零れる。
言葉とは裏腹に自由になった身体を起こした。
「痛……っ」
「傷が酷いな。手当してやろうか」
「そんな偉そうに言うならいいです。自分でします」
「そうか。ならば私は心の傷を癒してやろう」
「そうやっていつも変なことばかり言って……痛いですヴィゼル様」
私の言葉を遮り、彼は私を抱き寄せた。
傷が色んなところに擦れて痛い。
「知らん。……悪かった。私の不注意だ」
「ほんとに……そう思ってるんですか?」
だって痛いし。怖かったし。
こっちは相当……怒ってるんだから。
「ああ」
髪を解いていない彼に抱きしめられるのはちょっとあれだったけど、今は素直に安心した。
「怖い時や辛い時でも涙を流すな。弱いと思われる……実際貴様は弱い訳だが」
「酷いです……っ」
でも、実際弱い私は泣くくらいしか出来ないのだ。
「嫌なことは全部私に吐き出せば良い。辛かったら私の肩で思う存分泣けば良い。それだけのことだ」
……かっこいいな、と思う。
こんなことをさらっと言える強さを持っているんだ。
ヴィゼル様、ごめんなさい。
今まで意地悪とか優しいとか言って来たけど、それは多分違ったんだ。
まぁ性格は意地悪なんだろうけど、心が凄く強い人なんだろう。
強いから優しさが生まれるんだ。
弱い人は、心も弱いから、本当の意味で意地悪になっちゃうんだ。
昔から、お母さんに言われて来た言葉がある。
「優しい人になりなさい。優しさは一番強いのよ。誰に対しても許せる優しさを持ちなさい」
小さい頃は、ううん、つい最近まで意味が分からなかった。
苛めてきた子を許すなんて、どうして出来るの? って思っていた。
そう聞いたら、お母さんはこう言っていた。
「大丈夫よ。あなたは強い子だもの。あなたが心から大切に思う人が現れた時……分かるはずよ」
……彼を見て分かった。
ヴィゼル様はアデラールという人に対してすら、怒らなかった。
最初、なんでもっと言い返さないの、って思った。
お母さん、私は全然強い人じゃないよ。
最後まで自分勝手だったもの。
「……ヴィゼル様は良い人ですね」
「貴様、もしかしてあいつに目でも潰されたのか?」
「違いますよ。心の目で見てます」
「……ならば心が腐っているとしか」
「うるさいですね」
ほら、これだ。褒めてあげたのに、意地悪で返す。
ヴィゼル様はこういう人。
……でも、優しい。
自然と笑顔になった。
「貴様、泣くか笑うかどちらかにしたらどうだ」
「泣いてませんよ。目に
「殺されたいのか」
「嫌ですよ。……でも」
彼の肩口に顔を埋めて、思う。
「どうせ兵士とかあの人に殺されるなら、ヴィゼル様に殺してもらいたいです」
「ではそうしよう。せいぜい長生きするんだな」
「はい。私しぶといですから」
「知っている」
……もう。
いつもそうだ。
怖い気持ちなんてどこかへ飛んで行った。
「ヴィゼル様、お願い聞いてください」
「嫌だ」
「……」
空気読めないなこの人。
「一緒にここのゲームセンター行きましょうよ」
今は、何もかも忘れたい。
いいよね?
逃げることは、自己防衛なんだ。
逃げは、負けじゃない。また立ち向かう為のエネルギーチャージだ。
「……ヨシュアと行け」
「ヨシュアさんが、ヴィゼル様と行ってこいって」
「あいつ……」
彼ははぁ、とため息を吐いて言った。
「……じゃあ、明日な」
「ありがとうございます」
ヨシュアさんパワー絶大。
するとヴィゼル様が聞いてくる。
「傷はいいのか」
「良くないですけど、じっとしてたって治りません」
「動けばもっと治らないだろうが」
彼は薄く笑った。気配で分かる。
「自分の身体は大切にしろよ、梨花。そうでないと悲しむ人がいるからな」
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