第11話 ご褒美

部屋もバッチリ掃除し終えたところで、再びドアがノックされた。


「梨花さん、ワインをお届けに来ました」


速い。流石だぁ。

扉を開けると、何やら高級そうなワインの瓶を持ってヨシュアさんが立っていた。


「ちょうどヴィゼル様のお好きな種類が入荷しましたよ。どうぞ」


「ありがとうございます!」


ずっしりとした重みからは、ヨシュアさんの心まで伝わってきた。

彼、良い人だなぁ。


「それでは、俺はこれで。……頑張って下さいね」


「? はい」


何を頑張るのだろうか。

分からなかったけど、取り敢えず頷いておいた。

さてこの物、どうしようか。


「ワインって……冷やしちゃ駄目、な気がする」


わかんないから、ワインはヴィゼル様に丸投げしよう。

怒られないでしょう、多分。


そして、私はワインに合う料理を考える。

赤ワインだから、やっぱりお肉でしょう。

でもハンバーグさっき食べちゃったからなぁ。

あれは牛肉だったから、よし、ラムにしてみよう。


冷蔵庫を開けると、幸いラムちゃんは健在だった。

これを焼こう。

……やっぱり私はパスタにしよう。太る。

なら別にハンバーグでも良いかなと思ったけど、せっかくならラム肉を活用させてあげたい。これは運命の出会いであり、料理人の宿命である。

スパイスなどの調味料を出し、野菜も調達。

玉ねぎと、あとはなんとなく目に留まったナスでいこう。焼くと美味しそう。

運命の出会い、大事。

もうそろそろ彼が帰ってくる時間だろう。

私は準備に取り掛かった。


                   ♦


「~♪」


ラム肉がいい具合に焼け始め、パスタも柔らかくなってきた頃。

無造作にドアが開いた。


「……今日は豪華な匂いがする」


タイミング完璧。

軍帽と外套を脱ぎながら彼は開口一番に言った。

豪華な匂いって何ですか。いつもは豪華じゃないと?!


「おかえりなさいヴィゼル様、今日はラム肉とワインです。私ワイン分からないので自分でどうぞ」


「……どれだ?」


一瞬、彼が反応したのが分かった。

私は置いてあったワインを彼に差し出す。


「……ほう……これか。良いものを選んだ」


受け取った彼は徐にキッチンから大きめの器を出し、冷凍庫から氷を持ってきた。

あ、冷やすんだ。

器に氷を入れ、瓶を入れる。


「赤ワインはこうすると短時間で冷える。……と言っても、冷やし過ぎは駄目だが」


「流石です」


心なしか、ちょっとウキウキしてる気がする。

その間、いい具合に焼けたラム肉と野菜たちを盛り付け、私の冷製パスタも盛り付け完了。


食卓に運び、ワイングラスを置いた。


「……ヴィゼル様、いつもお疲れ様です」


キュ、とワインのコルクを捻りながら彼は言う。


「それでこんなに豪華なのか」


実際、そんなに豪華じゃないけど……


「はい。いつもありがとうございます」


何だかんだ優しくしてくれているのが、いつも心に滲みる。

本当に、ありがとうございます。

私の心を溶かしてくれたのは、貴方です。


「……ッ」


彼は静かに栓を抜くと、ワイングラスに注いだ。


「……いや……その……私の方こそ……」


珍しく躊躇う様子の彼に少し幼さが見える。


「……夕飯、有難う」


「はい!」


可愛いなぁこの人。

ふとそう思って自分で首を傾げる。

最近、自分がよくわからない。

まぁいいや。嫌じゃないし。


「熱いうちに、どうぞ」


「そうだな。頂こう」


──あ、多分、あれだ。

いつもレストランじゃなくて私の料理を食べてくれるのが、嬉しかったんだと思う。

単純に、料理を作る身としては嬉しいことだから。


「……美味い」


「よかったです」


パスタを食べながら嬉しく思う。


「……私への褒美だな、これは」


「そうですよ。いつもお仕事お疲れ様です」


──これからも、頑張ってください、とは言えなかった。

彼のしていることが本当に正しいのか、これからも続けていいのか、分からなかったからだ。

勿論、彼にとっては正しいことなんだろうけど……私にとっては。

立場が変われば、意見も変わる。

一概になんて決めつけられない。


「ああ」


彼は少し、微笑んだ。

初めて見る笑顔に、一瞬ドキッとした。

不意打ちはびっくりするからやめて欲しい。


「貴様を拾って良かった」


……なんでこう、彼は嬉しいことばかり言うのだろう。

存在を認められた。

人によってしか生きていけない私が、認められた。

涙が溢れてきて、慌てて誤魔化す。


「これでも色々と都合の良い女ですから、私」


「全くだ」


「……酷いです」


思わず笑ってしまう。


「自分で言ったのだろう」


「そうですけど」


ヴィゼル様は得意そうに言った。やはり今日は機嫌がいい。


「私に優しさを求めるなよ」


……威張ることか、それは。

てことは、普段の数々の善行は無意識?

あれ、割と天然??


「分かってます」


「なら良い。間違っても期待などするな。……裏切られるのは、辛いからな」


最後の方、呟かれた言葉には悲しさが混じっていて、彼にも色々苦労があったんだなと思った。


「そうですね。よく分かります」


「その点、貴様の料理の腕と馬鹿さは裏切らないから良い」


それって褒めてるの? 貶してるの?


「貶してますよね?」


「本当に馬鹿だな。褒めている」


うわーこの人嫌いだわー


「どうもありがとうございますー」


棒読みで言ってやった。


                      ♦


すっかり夕食も食べ終わって、後片付けも済んだ頃。

ベッドに寝転がっていたら、ヴィゼル様が寄ってきた。(言い方)


「どうしましたか。私料理作ったのでもう体力ないですよ」


「だろうな。だから、私が褒美を与えよう」


お、なんだろう。彼にしては気前がいい。


しかし、次の瞬間私は固まった。

だって、髪解いたんだもん。


大事なことだからもう一度言うね。

だって、髪解いたんだもん。


「この髪飾りにはやられた。一体何人に笑われたと思っている」


髪ィイイイイイイ

彼はハートつきのゴムを見つめ、癖だろうが腕に着けた。


「……すみません」


可愛かったです。


「まぁ良い。……貴様、本当に私の髪が好きなのだな」


「悪いですか」


「嫌いと言われるよりはマシだ」


「貴方自身は嫌いです」


「それは光栄だ」


ううう、このの前だと何を言っても言われても頭に入ってこない。


「ならば、この私が髪の代理として褒美をくれてやる」


突然彼の片腕が伸びてきて、次の瞬間には抱きしめられていた。

ふぇえええええええい。無理でぇええええす。


完全に脳内パニック。これは脳卒中で死にます。

だって私の肩に金髪がかかってるんだもん! 無理! 存在が無理!!

そして無視したけどもう限界。私の頬や首にかかる髪が最早イケメンです。

あぁ神様。様かもしれない。


「……本当にこれが良いのか。変な奴だ」


もう変な奴でいい。ありがとう髪様。


「ヴィゼル様……もう駄目です。脳卒中で死にます」


「離れていいのか?」


「よくないです」


もう少しだけ、この金髪を味わいたい。


「私は黙っているから、好きにしろ」


割と本気で神だと思う。


「ありがとうございます。大好きです」


金髪がね。


「それは光栄だな」


この人絶対適当言ってると思う。

ま、そんなことはどうでもいいのよ。今は髪。


私は彼の首に手を回し、そろそろと髪を撫でる。

あぁ~しっとり最高。チーズケーキみたい。

するとぎゅっと両腕で強く抱きしめられて、息を吞む。


「ヴィゼル様……っ?」


しかし彼は黙ったままだ。ここからでは顔も見えない。

そして強く抱きしめられると、髪以外の所も色々と気になり始める。

身体の至る所の筋肉の感触が部屋着を通して伝わる。回された腕もがっしりしていて、なんかいい匂いする。これは髪の感想だけど。

体型も割と好みかもしれないなんて思ったり。


──それに、彼はとっても温かい。


人肌に暫く触れてこなかった。

最後にお母さんに抱きしめてもらえたのは、いつだったっけ。

殺される直前まで、優しく抱きしめてくれていた。

……人って、温かい……

もう一度、両親に会いたい……

無条件で私を愛してくれる人が欲しい。


無意識のうちにあふれ出した涙を手で拭う。


「……お前は良い子だよ、梨花」


──!


囁かれた言葉にどうしようもなく安心して、私は彼の肩口に顔を埋めて泣いた。

その間、ずっと頭を撫でていてくれたのは、私の大切な人を殺した国の代表だった。


──彼に初めて弱みを見せた。

思い切り泣いてしまったけど、彼は蔑まなかった。

両親を殺した国の人に頼ってしまうなんて、自分でもおかしいと思う。


けど、彼が殺したんじゃない。

国というくくりで見てしまうのは、違う気がして。

だって、私の頭を撫でてくれたその手が、血に染まっているなんて考えられなかった。

彼を信じたかった。


──ごめんなさい、私はもう貴方がいないと駄目みたいです。

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