第10話 ホテル

老舗ホテルの内装は凄い。

まず、2階。

ここは開放的な空間になっていて、カフェとかもあった。


ヨシュアさんに訊いてみる。


「このカフェってやっているんですか?」


「あー……確か、セルフサービスだった気がします」


セルフサービス……。


「そうそう、ヴィゼル様は珈琲を入れるのがお上手なんですよ」


「まじですか。意外」


どんだけ多趣味なのかしらあの人。


「……それだけ、ですか」


「え」


少し残念そうなヨシュアさんの声に首を傾げる。

になにがあると言うんだろうか。


「ま、2階はこんなものですかね。あとはお土産とかちょっとした休憩スペースとか……俺らには関係のないところです」



次に、3階。

なんと、このホテルには大浴場が付いていた。

しかも水着で入れるプール形式。


「へぇ~おしゃれですね」


「そうですね……俺もたまに泳ぎます」


完全に目的がプール。


「あとここには食事会場と宴会場があります。4階も宴会場だらけです」



というわけで4階は飛ばして、5階。


「リラクゼーションフロアです。専門のカウンセラー等を呼んでいます」


強い。今度相談に行こうかな。


「占いやゲームもここでできるので、お暇なときにでもどうでしょう」


「それはいいですねぇ」


「そうそう、ヴィゼル様はダーツとチェス、あと卓球が上手いです」


卓球の疎外感。


「意外ですね」


「……またそれだけですか……しぶといですね」


だから意外以外に……って何でそんなにヴィゼル様の事ばかり言うんだろう?


「ヨシュアさんは、ヴィゼル様が好きなんですね」


するとヨシュアさんは目を丸くした。


「……まぁ、好き嫌いで言われれば好きですけど……正しくは、俺はあの方を尊敬しています。……しかし……これは重症だ……」


「?」


何だろう。

ヨシュアさんは軽く頭を振って再び訊いてきた。


「──梨花さんは、ヴィゼル様のどこがお嫌いなんですか?」


「……えーと……」


偉そうなところ。

すぐに襲うところ。今はそんなにないけど。

私の意見を聞かないところ。

……あとは……偉そうなところ??


「偉そうなところです」


すると彼は苦笑い。


「いやまぁ……実際偉い方ですし……」


「じゃあ、横暴です! 自分勝手です!」


そうそう、横暴っていう言葉がピッタリ。

横暴な君主はギロチンだって、歴史で習ったもん。


「なるほど……ありがとうございます、参考にします。主に彼が」


最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。


「はい、お役に立てたなら何よりです」


「では、次行きましょうか」


それから6階、7階、8階……と昇ってゆく。

途中には様々な施設があった。

ジムやフラワーショップ、更には美容室やら写真室もあった。

どうやら、このホテルは結婚式にも使われていたみたい。

まぁ、カラオケとかボーリングがあったときには驚いたけど。


「さて……ここ、20階からはビジネス、31階から65階までは宿泊用のフロアです。最後に、66階と67階にレストランがあるのでそこで昼食にしましょう」


「おお~」


そこで気が付く。


「それってまさかセルフサービスですか?」


ヨシュアさんは笑って首を振った。


「いえいえ、そこには常駐の料理人がいますよ。大抵の兵士はそこで食事を食べます」


「ヴィゼル様は……?」


「ああ、彼は朝が苦手ですから、上まで行く時間と気力がないらしいです。昼は基本外、夜は……最近は見かけませんね」


……わざわざ私の料理を食べる必要なんてないのに。


「ヴィゼル様、ワイン好きなのでおかしいと思っていたのですが……梨花さんの所に直帰ですか?」


「そう、ですね」


……今晩はワインを調達しておこう。

一日お仕事は大変そうだもんね。


「へぇ~……それはそれは」


「ヨシュアさん?」


するとエレベーターが止まった。


「さ、降りて。お好きな所に入りましょう」


むむ。はぐらかされてしまったようだ。


「じゃあ……あそこのハンバーグが食べたいです」


「いいですね。あそこはチーズが美味しいんですよ」


急にお腹が活発になった。


出迎えてくれたウェイターに付いて行って席に着く。

少しお昼の時間帯を過ぎていたから、ここの店に今客はいなかった。

私はチーズハンバーグを、彼はステーキ(何故)を注文した。


「ふぅ。今日は沢山歩きましたね」


「そうですね。ここは施設が充実していて素晴らしいです」


グラスを傾けてヨシュアさんが唐突に言う。


「……梨花さん、俺の事、好きですか?」


私は水を噴き出した。


「へ……っ」


「どうなんですか?」


え~、えぇええ~?

何故か頭にはヴィゼル様の顔が浮かぶ。


「人として好きです」


これが最適解。彼はいつも親切にしてくれるし話を聞いてくれるから、大好きだ。

ヴィゼル様とは正反対。


「そうですか。ありがとうございます」


「はい」


でも何でそんなこと……?


「梨花さん、一つ聞き直してもよろしいですか」


「はい、何なりと」


「俺はヴィゼル様の側近だから色々と気になってしまうのです。……貴女は人として、ヴィゼル様をどう思っていますか?」


側近ってそんなものなんだなぁと思いながら正直に答える。


「うーん……まぁ、優しいから、嫌いじゃないと思います」


少なくとも、この前のクアルさん達よりは、好きだ。


「ということは……ふむ、なるほど。分かりました。ありがとうございます」


勝手に一人で納得された。

すると、香ばしい香りが辺りを漂う。

ウェイターさんがお皿を持って立っていた。


「お待たせ致しました。チーズハンバーグです」


「はい! 私です!」


「熱いのでお気を付けて下さい」


コト、とハンバーグの乗ったお皿と、パンが置かれる。

とろりととけるチーズが食欲を刺激しまくる。

美味しそうぅううう。


「ステーキでございます」


「どうも」


ウェイターさんが一礼して去っていくのを我慢強く待って、私はナイフとフォークを持った。


「いただきます!!」


ジュウジュウ音を立てている肉の塊を切ると、中から肉汁と共に新たなチーズが流れ出る。

えぇ、すっごく美味しそう。


ぱくり、と口に放り込む。熱い。


「……ッ」


口のなかで蕩けるお肉とチーズのハーモニーが最高です。これはハルモニアが降臨しますよきっと。

何も言わずただ黙々と食っている私を見て、ヨシュアさんが呟いた。


「ふふ、ここに貴女をお連れして良かった」


「んむ! んんむいふ!」


「それは何よりです」


自分でも何て言ったのか分からなかったんだけど。

「はい! 美味しいです!」って言おうとした。


「んぁ、ほうだ」


「どうしましたか?」


私は肉を飲み込んでから話した。


「ヨシュアさん、ヴィゼル様が一番好きなワインを教えてください」


「あらあら。いいですよ」


ふふふと笑う彼はちょっと怪しい人みたい。


「ありがとうございます」


「ヴィゼル様は辛口の赤ワインが好きなので……すぐに入手できるものの中から選びますね」


「はいっ」


うーん、ワインって辛いのかぁ。飲んだことないから分からない。

あ、でも、料理には使ったことがある。


そんなやり取りを交えながら、その後も熱々ハンバーグを堪能した私だった。


                  ♦


「ごちそうさまでした。ヨシュアさん、連れて来てくださってありがとうございます」


「いえいえ、また機会がありましたら一緒に食事しましょう。勿論、ホテル内の護衛も任せてくださいね」


と言ってから、ヨシュアさんははッと息を吞んだ。


「……出来るだけ、ヴィゼル様に連れて行って貰うといいですよ」


「? はい」


何故だ。


「今日はもうお疲れでしょう。部屋まで送ります。あぁ、ワインは今日中に届けますのでご安心を」


「重ね重ねありがとうございます……」


部屋に着き、私はヨシュアさんにお礼を言って別れた。


「ハンバーグ……美味しかったな……」


まるで食いしん坊である。

いやもうこの際食いしん坊でもいいと思えてきたぞ。


「さて、食べたからには運動しなきゃ」


私は部屋の掃除を始めた。

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