第9話  ある朝のこと。

翌朝、私はすっかりやつれていた。

いや身体はピンピンしてるんだけど、心が叫び過ぎて疲れた。


彼の朝は早かった。

4時になると、もぞもぞと布団が動き出す。


「……っ」


ばふ、と枕に顔を埋めるヴィゼル様。

金髪にカーテンから漏れる朝日が反射してキラキラしている。


「ん……んんん」


もしかして、ヴィゼル様って寝起き悪い?

もっとなんかこう、気合で布団を蹴飛ばすくらいだと思っていたのだけれど。


「……ん……」


すぅすぅと寝息が聞こえ始める。

二度寝ですか、大将。

というか枕に突っ伏したままで苦しくないのだろうか。


「ヴィゼル様、おはようございます」


呼びかけてみたが、反応なし。


「……ヴィゼル様! おはようございま~すッ!!」


叫んでみたら、微かに動いた。


「……うる……さ……い」


朝から迷惑そうな目を向けられる。酷い。

最も、すごく眠そうな目だけど。


「ヴィゼル様、起きてください。お仕事、あるんでしょう?」


「ある……が……まだ……あと5分……」


どこぞの学生みたいなことを言いだした。

いつもこんな感じなのかな。


「あと10秒で起きなかったら私が貴方の髪を縛ります!」


「なんだそれ……もういい……好きにしろ」


眠気の圧勝である。

まいいや。髪弄れるし。


しかし、少しして彼はぱちっと目を開くと恨めしそうに言った。


「……貴様のせいで目が覚めた」


「私のおかげですね」


「……」


彼は怠そうに起き上がった。

うとうとしているヴィゼル様ってやっぱり可愛く見える。

でも……肩に広がる金髪が大人の色気を醸し出している。


すると、彼がこちらに流し目を送る。


「ほら……縛るなら早くしろ。邪魔だ」


髪が? 私が?

どちらにせよ怒るけど。


「はーい」


洗面台からブラシを持ってきて、彼の髪を梳かす。

ふぇええええ……ふぇええ。

思ったよりも長いなぁ。

彼の大きな背中の半分くらいまでを占めている。


それになんかいい匂いする……えぇ無理ぇえええ……。

正直、顔を埋めたい。

でもそんなことしたら確実に引かれる。下手したら捨てられる。


「ふぇええええ」


「うるさいな」


「ふぇい、ふいまへん」


量が多い毛束にゴムを通す。

ゴムは私のを使った。飾りにハートがついている可愛いやつ。

いつ気付くかな。

によによしていると、前方から彼の鋭い指摘が飛ぶ。


「おい、何か企んでいないか」


「何でわかっ……そんなことありませんよ」


「はぁ……朝からやめてくれ。気が滅入る」


やはり彼は朝が苦手なようだ。


私はしっかりとゴムで髪を結び、きゅっと締めて整えた。

うんうん、綺麗。


「できました~!」


「──私の髪が好きなのか?」


唐突に聞いてくる彼に思わず顔が火照る。


「へ」


「昨夜ずっと触っていただろう? おかげで寝不足だ」


「それは……すいません」


バレてたし。うわぁあああん恥ずかしいよぉおお。


「……ヴィゼル様の好きです」


「強調せずとも分かっている……」


どこか諦め口調の……いや、呆れているだけの彼に私は催促する。


「ヴィゼル様、朝食はいいんですか? 作りましょうか?」


「あー……頼む」


朝だからか、彼の掠れ気味の声が耳に心地よい。

毒素がすっかり抜けている声だ。

昼間は毒素補填されちゃうけど。


私はキッチンに立ち、彼は椅子で未だにうとうとしている。

トーストを焼き、目玉焼きとベーコンを載せる。

じゃん。即席・ハムエッグオントーストもどき。(ハムじゃないし)


「どうぞ」


彼はハッと目を覚ました。


「……ああ」


また寝ていたらしい。ま気持ちはわかるけど。


「ヴィゼル様、いつもどうやって起きているんですか」


「時間ギリギリまで粘る。そうすれば焦って目が覚める」


心臓に悪そう。


「……おい、そんな目を向けるな」


トーストがカリッと香ばしい音を立てる。


「……だが……貴様がいると駄目だ。どうにも気が緩む」


半熟の目玉焼きから黄身がトロリと流れ出た。


「それってどういう意味ですか……」


「私は貴様といると調子が狂う、そういうことだな」


淡々と自己分析しているけど、それって即ちどういうこと?


「……よし、目が覚めた」


見ると、彼のお皿はすっかり綺麗になっていた。


                      ♦


「ヴィゼル様、いってらっしゃいませ」


「ああ」


ふと、彼がいつもと違う気がした。

だけど、違和感の正体は分からない。


扉が閉まった後、私はあっと声を上げた。


「……ヴィゼル様、今日帽子から髪が出てたんだ」


いつもはまとめて軍帽に入れてしまっている髪を、今日はそのままにしていた。


「ちょっと、嬉しいな」


軍服で金髪が見える彼は、いつもよりかっこよく見えた。


                      ♦


それからしばらくして、扉がノックされる。


「梨花さん、ヨシュアです。お迎えに上がりました」


私は扉を開けた。


「おはようございます、ヨシュアさん」


「おはようございます。今朝は早いのですね」


……そう言えば前回は起きたら隣にヨシュアさんがいたっけ。


「そう、ですね」


恥ずかしくて苦笑いすることしかできない。

そんな私を見てクスッと笑いながらヨシュアさんは言う。


「今日はホテルの内装をご案内致します」


そしてヨシュアさんは私の首元をちらっと見て、再び微笑んだ。


「……とてもお似合いですね、そのネックレス」


「あ、ありがとうございます……」


凄いな。細かいところまで気付く人だ。


「さぁ、行きましょう」


「はい!」


今日は朝から気分が明るかった。

早起き(一睡もしてないけど)ってやっぱり得なのかも。

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