第8話 本音
そして二人でオムライスを食べた。
ワイシャツ姿でにこちゃんマークのオムライスを食べているという何ともシュールな光景に終始笑ってしまった。
「……美味かった」
「何よりです」
料理を褒めてもらえるのは、素直に嬉しい。まぁ二人で作ったんだけど。
「ヴィゼル様、午後は何をされるんですか?」
「寝る」
お昼寝ですか。
そうだよね、毎日早起きして大変そうだもん。私だったら絶対毎日お昼寝してる。
ベッドがある部屋に引っ込んだ彼を見送って、私はお皿を片付け始めた。
私もお昼寝しようかな、なんて考えながら。
結局、その後は寝て終わった。
♦ヨシュアside♦
梨花さんを部屋から連れ出した次の日。
俺は仕事に向かうべく、64階の自室からエレベーターで下に降りた。
ロビーに行くと、既に彼がいた。
「ヴィゼル様、おはようございます」
「ああ」
心なしかいつもよりシャキッとしている気がする。
「……昨晩、よく眠れたのですか?」
「まあな」
「それは何よりです。本日はどちらへ?」
「ここの北区だ。反勢力を潰す」
今まで、敢えて攻撃してこなかったのが北区だ。
ここ、エストラルは方角によって主に5つに分けられる。
まずこのホテルがあるのは中央区。街の中心だ。
そして東、西、南、北区と続く。
今まで北区を攻めなかったのには理由がある。
そこに勢力を集中させるためだ。
銃を背中に吊って、大将は歩き始める。
「ここもそう長くはない。次の拠点を考えておけ」
「かしこまりました。……彼女……梨花さんはどうしますか」
「本人の自由だ。あいつに任せる」
「御意」
昨日、ヴィゼル様の悪口を言っていた梨花さんを思い出して思わず頬が緩む。
──梨花さん、貴女かなり大事にされてますよ。
「何だその顔。気持ち悪い」
「酷いですね」
俺に対してはこの扱いだ。彼自身顔がとても整っているから何も言い返せないが。
「行きましょう、ヴィゼル様」
梨花さんに是非見せてあげたい。
俺らの大将は、凄い人なのだから。
♦
「静かだな」
「そうですね。どこかに身を潜めているのかもしれません」
北区はしんと静まり返っていた。
ここにも大きい建物はいくつもあるので、潜伏している可能性が高い。
すると、近くで子供の泣き声が聞こえた。
「……ヨシュア、ここで待機だ」
「いってらっしゃいませ」
……全くもう、放っておけないんだから。
ふとそんなことを思ってヴィゼル様が可愛く見えた。
「……何を笑っている」
「いえ……ヴィゼル様が可愛く見えてしまいまして」
「貴様もか……」
何故か盛大に溜息を吐かれた。
──数分後、戻ってきたヴィゼル様の手にはネックレスがあった。
「どうしたんですかそれ」
「貰った」
……何をどうやったら男がネックレスを貰えるのだろうか。
「ああ、梨花さんの為に買って来たんですね」
「違う」
「じゃあ、恐喝したんですね」
「違う。……貴様は私を何だと思っているんだ?」
──可愛い人。
って言ったら多分無事では済まないのだろう。
「ロステアゼルムの陸軍大将です」
するとヴィゼル様はネックレスを見つめてぽつりとこぼした。
「……食料を与えてやったら怯えられて……ならば貴様のものと交換だ、と言ったらこれになった」
優し過ぎかよ。
「可愛いですね」
「それはどういう意味だ」
「勿論、子供がですよ」
睨まれた。おお怖。
「軍がいる場所も聞き出せた。ここから少し歩いた先の学校だ。行くぞ」
直に、援軍が来る。
ここからは殺し合いの世界だ。
「はい、ヴィゼル様」
──そういえば、昨日のあの時。
偶然帰ってきたヴィゼル様が、梨花さんがいじめられているのを見て、
一瞬、周りの空気が激情したのを感じた。
俺でもゾッとする程の怒気だった。
その後は凄かった。
彼は何をしたのかというと、ホテルの鉄柵から一本鉄の棒を折った。
バゴォオオンっていう音がした。
そして陸上選手もかくやというくらいの助走、からの跳躍を見て、俺は慌てて梨花さんに伏せるよう言ったのだ。
そして今、俺は彼がネックレスを軍服のポケットに入れているのを見逃さなかった。
これは相当重症だな。
……ま、いいや。この国が繁栄してくれるのなら、俺に文句はない。
♦梨花side♦
朝起きたら、いやいつの間にか朝で、起きたら朝だった。
……で、起きたら既に彼の姿はなかった。
本日の朝食は……なんと。フレンチトーストだ。
おしゃれ。手が込んでいた。
きっと、よく眠れたのだろう。
そんなことを考えながら朝食を食べて、部屋の中を見渡す。
……もう、大分この生活にも慣れてしまった。
私は意を決して、部屋のカーテンを開けた。
朝日が差し込む大きな窓からは、街が一望できた。
「皆で行ったところも、全部覚えてる……」
そこにあるのに、もうそこにはない。
絶景なはずなのに、悲しさだけが溢れてくる。
「……怖いよ……」
もう見たくなくて、ベッドに頭を押し付けるようにして寝転がる。
……早く、ヴィゼル様帰ってこないかな。
彼がいる間だけ、私は強気でいられるんだ。
初めて、彼が必要だと思った。
♦
肩をゆすられる感覚がして、ハッと目を覚ます。
……どうやら、また寝ていたらしい。
寝すぎて頭が痛い。
それはそうと、誰が肩をゆすったのだろう。
横を見ると、軍服が見えた。
「……ヴィゼル様ですか……?」
「そうだ」
もう、そんな時間……?
ぼんやりとした視界が、徐々にハッキリしてくる。
改めて彼を見て、私は息を吞んだ。
「ヴィゼル様……っ?!」
彼の軍服は、血で染まっていた。
「梨花?」
「どうしたんですか、その血……っ。て、手当てしないとっ」
慌ててベッドから降りようとした私を、彼が制した。
「心配するな。私の血ではない」
「ぇ……?」
彼は徐に軍服を脱ぐ。
そこには綺麗なシャツが見えた。
「ほんとに……?」
「私が嘘を吐くと思うか?」
……思いません。
首を横に振ると、彼が聞き返した。
「貴様の方こそどうした。泣いていただろう」
え、と頬を触ると、確かに濡れていた。
「……何かあったのか」
「いえ、何でもないんです。ただ……怖くなってしまって」
一人は嫌だ。
嫌なことばかり思い出すから。
「──そう、か」
すると、彼は脱いだ軍服から何かを取り出す。
そして、いきなり両腕が私の身体に回された。
「えっ? え?」
「動くな」
……へ?!
暫くして、彼が身体を離す。
首に違和感があって下を見てみると、綺麗なネックレスがあった。
「……?!」
「やる。貰った」
「あ、ありがとうございます……」
何で私はこんなに動揺しているの?
頬を触ると熱かった。
え、何。自分の気持ちが分からない。
ネックレスをよく見ると、可愛い貝殻がついていた。
……ちょっと、嬉しい。
でも、血を浴びたということは、それは……返り血、だよね。
「ヴィゼル様、今日は……その」
「人を殺したのか、か?」
「……はい」
「殺してはいないが、撃ったな」
……やっぱり、そうだったんだ。
「血は負傷した奴らを運んだ時に付いた」
……ん?
「そうなんですか?」
「そうだ」
……。
何も言い返せない。
やっぱりヴィゼル様はヴィゼル様だったわけだ。
少し不安に思った自分が馬鹿みたい。
「よかったです」
「ほう? 何故だ」
「……だって、ヴィゼル様が無差別な人殺しだったら、とっくに私は殺されていますから」
あの時、私が転んだときに、殺されて終わりだっただろう。
「そんな馬鹿なことはしない」
「ですよね」
何故か知らないけど、すごく嬉しかった。
「えへへ」
「……何だ」
「何でもありません」
不安とか恐怖とか、払拭されてしまった。
敵国の大将は凄い人だ。
彼には絶対的な強さと、それ故の安心感がある。
♦
今日はもう眠くなかったので、少し夜更かしをした。
驚いたのは、部屋着姿の彼が本当に王族にしか見えなかったことだ。
それにいつも結んでいる髪が解かれると、綺麗な金髪が背中に広がった。
……えぇ、その金髪めっちゃ羨ましいんですけど。
私も金髪が欲しかった。
そして、気づいてしまった。
……私、髪を降ろしたヴィゼル様が好き。
いや人格とか無理矢理襲ってくるあの性格は全然好きじゃないんだけど、何故か金髪が正面直球ドストライクだった。
自分の好きなタイプってこんな人なんだなぁ……。
……ん? 待てよ。
ヴィゼル様が好きなんじゃなくて、金髪が好きなのではないだろうか。
我ながら恐ろしい思考に辿り着いて苦笑いした。
金髪フェチとして自覚を持った私の行動は早かった。
こそこそと彼の寝台に忍び寄り、そっと髪を撫でた。
……んんんんん好き。
何だこれ。さらっさら。しっとりしすぎ。綺麗。綺麗!!
すると彼が寝返りをうったので慌てて手を引っ込めた。
見ると、彼はバッチリ起きていた。
「……」
「どうした、眠れないのか」
「すみません私が悪いんですでも貴方の金髪が綺麗なのが悪いんです許してください」
「……何を言っているんだ貴様は」
……う。顔にかかる髪が好き。
「寝かしつけてやろうか」
不穏な言葉にぶんぶんと首を横に振る。
「冗談だ。明日も早いから寝るぞ」
「はい。おやすみなさい」
はやく寝てください。金髪鑑賞したいので。
……その後、私は悶えに悶えまくって一睡もできなかった。
金髪恐るべし。
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