第7話 飯テロ回。

私とヴィゼル様は再びエレベーターに乗った。


……き、気まずい。


65階って何ですか。時間かかり過ぎでしょう。


「……あ、あの……ヴィゼル様」


私に背を向けたまま彼が答える。


「何だ」


話し掛けてから、話題を考えていないことに気が付いた。

……そうだ、アレのことを聞いてみよう。


「貴方は……人を殺さないんですか?」


「あいつから聞いたのか」


「はい……」


勘が良い彼は私に向き直り、話し出した。


「そういう面倒事は部下に任せている」


確かに、普通偉い人はそういう事をしない。

むしろ、彼みたいに戦場に出向くのでさえ珍しいのだ。

……でも、もう一つ気掛かりなことがある。


「ひ……人を、助けているって、本当ですか」


よく考えると、ここは狭い密室で、何かされたら逃げられない。

急に心臓がバクバクいって、手が冷たくなった。


「……そうだ。非力な奴は逃がしている」


「そう、ですか……」


本人から聞いても、イマイチ実感が湧かなかった。


「聞きたいことはそれで以上か?」


「はい」


「ならば、今度は私から訊く」


ヴィゼル様は、思ってもみないことを口にした。


「梨花は、私が貴様を殺さないと知ったら抵抗するか?」


──それは……。

私は慎重に言葉を選びながら言った。


「私は……生きられる方を選びます」


「ほう」


「ここが安全なのでしたら、ここに留まります。外の方が安全なら、抵抗して逃げます」


ヴィゼル様が少し目を細めた。


「では……貴様はここに残ることになる」


「そうなんですか」


「ああ。私は殺す代わりに、貴様を捨てるだろう。街中に捨てられれば兵に殺されて終わりだ」


……捨てる。

あまりにも淡々とした言い方に、一番実感が持てた。


エレベーターが音を立てて止まる。


「だが……勘違いするな。私は殺そうと思ったら幾らでも殺せる」


「はい」


そうでもなければ、国を動かす存在にはなれないと知っていたから、私は素直に頷いた。


「行くぞ」


彼と共に長い廊下を渡って、部屋の鍵を開けた。

そこまでしてから、そういえばお昼がまだだったことを思い出す。


「ヴィゼル様、昼食は」


「まだだ」


「お作りしましょうか」


「頼む」


そう言って銃を肩から外した彼に向かって、少し口答えしてやろうと思った。


「……ヴィゼル様も手伝って下さい」


「いい度胸だな」


彼はそう言ってから軍服の上着を脱いだ。

襟無しのワイシャツ姿はなんというか、新鮮だった。

……そういえば私、彼の軍服姿以外見たことないかも?


「ほら、何を作るんだ」


あ、手伝ってくれるんだ。


「えーと、じゃあオムライスで」


私の大好きな料理である。

ロステアゼルムで食べられているかは知らないけど。


「私の仕事は何だ?」


なんだろう、軍服姿じゃないと威厳20%減の大将に違和感しか感じない。


「……えっと、じゃあ、野菜を切って下さい」


「仕方がないな」


私がピーマンやら人参やら玉ねぎを洗い、彼に渡した。

そして鶏肉を出しに冷蔵庫を覗いたら、あることに気が付いた。

……お、これはしまったぞ。

冷凍のご飯がなかった。


仕方ないので鶏肉だけ取り出して来てお米を研いでいると、隣からトントンと歯切れのいい音が聞こえてきた。

ちらっと盗み見ると、ピーマンを切る姿が謎に様になっている彼がいた。

普段は銃と威厳を振り回している彼が、今は包丁とピーマンを持っていることに妙にツボってしまう。


「……ふふっ」


「何だ」


「ヴィゼル様、お料理上手なんですね」


「当然だ。……いつまで笑っている」


急に「大将」が可愛く見えてきて、笑いが止まらない。


「あはははっ……!」


さっき、鉄の棒で部下を殴っていた姿が嘘みたい。

すると、彼が包丁をこちらに向けた。


「切るぞ」


やめてください。それセラミック包丁です。


「ごめんなさい」


ふっ、と短く息を吐いた彼は再びまな板に視線を落としてピーマンを刻みながら言った。


「……貴様が笑ったのは初めてだな」


「えっ」


そうだったっけ。


「だが私で笑うのは気に食わない」


割と気にしているようだ。


「えっと……なんか、ごめんなさい。包丁を持っているヴィゼル様が可愛く見えてしまいました」


「可愛く……か。初めて言われたな」


「お互いに初めてですね」


「そうだな」


緩く巻いてある長い金髪が彼の横顔を隠す。

私は炊飯器(あってよかった)のスイッチを押しながらに思った。

……よくよく見ると、彼は綺麗な金髪を後ろで一つにまとめている。

ヨシュアさんが言った通り、顔立ちも中々見ないくらいに整っていた。


「……おい、終わったぞ」


「へっ」


ぼーっとしていたら、彼はいつの間にかピーマン以下全ての野菜を切り終えていた。


「あ、じゃあお肉もお願いします」


慣れた手つきで鶏肉を切っていく彼に感心する。

料理男子っていいよね。彼は全然よくないけど。


私は彼が切っている間にフライパンを出し、下準備を進める。


「出来たぞ」


「ありがとうございます」


鶏肉と玉ねぎを入れ、火にかける。

……ふふ、既に美味しそう。なんて、食いしん坊みたい。

玉ねぎが透明になってきたところで、他の野菜を投入。

いい匂いがしてきた。


ピピピっと音がする。早めに設定しておいたから、ちょうどご飯が炊けたようだ。

そのまま投入する。

塩と胡椒、それとケチャップをたっぷり入れて、炒める。


「……ヴィゼル様、交代です。私卵焼くので」


「人使いが荒いな」


何だかんだ言ってもやってくれる優しい人である。


私は卵を取り出し、ボウルに割り入れる。

よく解きほぐしてから、新しいフライパンにバターを入れて、溶かす。


「~♪」


「楽しそうだな」


「料理は好きなんです」


「そうか」


炒まったチキンライスがお皿に盛られる。盛り付け方も絶妙に上手い。

それを見て、一気に卵を流しいれ、形を整えて火から上げる。

ふわっと乗せて、ケチャップをかければ完成だ。

……少し、悪戯をしてやろう。


私は彼の分の卵に、ケチャップでおおきくにこちゃんマークを描いた。

うん。食べるのが勿体無いくらい可愛い。

ついでに自分の分にもにこちゃんマークを描き(謎に失敗して笑顔じゃなくなったけど)、彼にお皿を差し出した。


「はい、ヴィゼル様!」


反応が楽しみだったのだが、彼はやけに柔らかい雰囲気で一言、


「ありがとう」


と言うのみだった。

相変わらず表情からは何も読み取れないけど、空気で察する。

……ちょっと、喜んでる?


どうやら私を拘束した陸軍大将は結構可愛い人らしい。


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