第6話 もしかして、彼は優しい人?

「ここが入口です。まぁ少しくらいなら出ても大丈夫でしょう」


自動ドアが開く。

久し振りに外の空気を感じて、泣きたくなった。

風が心地よい。


「たまには深呼吸しないと、梨花さんの場合すぐに酸欠になりそうですからね」


「自覚しかないです……」


ヨシュアさんが周りをみて言った。


「ここら辺を警備している兵士たちです。最初にも見かけたと思います」


当番的に今日の警備の担当はあの日と同じ人らしい。


「さぁ梨花さん、まずは自分から挨拶しましょう」


……保育園児か私は……


「こんにちは」


「やあ、この間も見かけた顔だね」


爽やかな笑顔で応えてくれて、兵士が数人集まってきた。

人数に囲まれて少々ドキッとする。


「はぁ……やっぱ異国の女の子は可愛いねぇ……」


「いやこの子が可愛いだけじゃないか?」


「ねぇねぇ君、名前何て言うの?」


その中の一人に聞かれたので素直に答える。


「梨花です」


「へぇ~そっかぁ~名前まで可愛いね~」


ずいっと一人の男の人が前に出てきた。


「俺ね、クアルっていうの。よろしくしてよ。ね?」


「……よ、よろしくお願いします」


クアルさんは珍しい赤毛だからか、その異様な雰囲気に一歩後ずさる。


「……梨花さん──」


ヨシュアさんが小さくなにか呟いたのだが、聞こえなかった。

聞き返そうとしたのだけど、あっという間に囲まれてしまって、私の声は届かなかった。


「ねぇ君、ヴィゼル様のお気に入りなんだって? こいつが最初話し掛けたらあの人『私の邪魔をするな』だってさ~もうベタ惚れじゃん? よかったねぇ~」


クアルさんに肩を組まれた同僚らしき人も、しきりに頷いている。

そういえばそんなこともあったな。


「よくないです……」


つい溢すと、クアルさん達の目が変わった、ような気がした。


「……へぇ? 君ヴィゼル様に気が無いの?」


別の人が言う。


「ってことは、僕たちにも勝機ある訳だよね」


いきなりずいっと迫られて、脚がすくむ。


「大丈夫、怖がらなくていいよ~? 優しくしてあげるから、ね??」


「うわー脚ほっそー。しろーい」


そして太腿を触られて咄嗟に身を捩った。


「……や、やめてください……ッ」


「え~? いいじゃん。俺たちの中から選んでいいよ。ヴィゼル様よりもよくしてあげるからさ」


ベタベタと無遠慮にいろんなところを触られて、ヨシュアさんに向かって手を伸ばした。


「ヨシュアさん……ッ、たすけ……て」


「──もしかして梨花ちゃん、ヨシュア様がいいの?」


誰かが言った言葉に、目の前が真っ暗になった。


「え……ちが……」


彼にまで迷惑なんてかけたくないのに。

でも、ヨシュアさんは声を上げてくれた。


「あなた達は馬鹿ですか? そのまま罵倒していると大変なことになりますよ?」


「罵倒じゃありません。口説いているんです」


口答えして再び私の身体を触り始めた兵士たちに、ヨシュアさんがはぁあと溜息を漏らした。


「……俺はちゃんと注意しましたからね。何があっても知りませんよ」


「梨花ちゃんがヴィゼル様を嫌がっているのに、俺たちが救ってあげなくちゃ可哀そうだもん、ね~?」


手が胸に伸びる。


「いやっ、やだっ」


──ヨシュアさんは言っていた。

「ここの軍人だって皆、悪い人ばかりではないと気付いたでしょう?」と。

良い人もいれば、悪い人だっている。それは私の国でも同じことだ。

……ヴィゼル様が優しいって言っていた理由も、分かった。

彼は私が嫌だと言ったら、何もしない。

初めて来た日だって、私は無抵抗だった。抵抗すれば殺されると思ったからだ。

でも、少し緊張が解けて、嫌だと言った日に彼はちゃんと自制してくれた。

……私が思っているより、彼はずっと優しいのかもしれない。

そんな彼を皮肉に思っていた私だって、悪い人。


「女の子ってやわらけぇな」


強く腕を掴まれる。


「痛……ッ」


「ほんとうだ……」


「お願い、やめて……!」


すると、ヨシュアさんが声を張り上げた。


「梨花さん、伏せて!」


条件反射で身を屈める。するとドス、という鈍い音と共に、次々に兵士が倒れ込んだ。

何が起きたの……?

すると、絶対零度の声が響き渡った。


「私がいない間に職務放棄か。ヨシュア、異動させろ。役に立たん」


「かしこまりました」


──へ……?


聞き覚えのある声に、ゆっくりと身体を起こす。


「私が出ても良いと言ったのはホテルの中だけだ、忘れたか」


彼はいつもと変わらない表情で、そこに立っていた。

背中には銃を、手には鉄の棒を持っていた。多分、あれで兵士を殴ったのだろう。


「……ヴィ……ゼル……様」


「申し訳ありません、俺が出しました」


ヨシュアさんが謝っているのを見て、私も慌てて言う。


「ごっ、ごめんなさい」


「以後気を付けるのだな。でないと今のように喰われるぞ」


そう言って鉄の棒を投げ捨てた。

──私を助けるために……? なんて、自己中心的だよね。


「……はい」


ヨシュアさんが微笑んで言う。


「梨花さん、今回の非は俺にあります。気にしないで下さい。また次回、続きをしましょう」


そんなこと、言わないで欲しいのに。

人の優しさって、こんなにも心に滲みるんだ。


「生憎、明日は仕事が入っているので……明後日、また伺いますね」


「はい……ありがとうございます」


嬉しくて、ほっとして、それしか言えなかった。


「それでは、失礼します。梨花さん、また」


「はい」


ヨシュアさんがホテルの中に入っていく。

その姿が見えなくなると、ヴィゼル様が言った。


「何を突っ立っている。行くぞ」


「……はい」


少し遅れて、彼に付いていく。

初めてここに来たときと同じ。


──ただ、最初とは少し、心が違う。


「そういえば、まだ貴様の名を聞いていなかったな」


「梨花です。倉石梨花」


「……良い名だ」


え、と彼を見つめるけど、その後ろ姿からは何も分からなかった。


──だんだんと、ヴィゼル様という人が分かってきた。

彼のことがそんなに嫌いじゃなくなっている自分に、今は必死で目を背けていた。

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