第19-2話 最終決戦(2)

「う、わああああ!?」

 そのとき、後ろから声が聞こえてきた。そこには魔術師の二人とスク水仙人、小恋夜の四人が立っていた。

「な、なにこいつ!? 僕の数百倍、下手すれば数千倍の魔力を感じるよ!?」

「震えるな弟よ。戦場でこそ平常心だ」

 そういう魔術師兄の足もがくがくと震えていた。

「峰樹くん、話は聞いていたよ。お姫様を助けたいんだよね。僕も力になるよ」

 仙人が相変わらずの無表情にそう告げる。

「で、でも!? あんなヤツから彼を護ることなんてできるのかい!? 僕のオリハルコンだって、多分綿菓子みたいに砕かれちゃうよ!?」

「ただのオリハルコンならそうかもしれない。でも、これならどうかな?」

 仙人が差し出したのは、スクール水着を巻いたオリハルコンの剣だった。

「さながらオリハルコン☆スク水ソードってところかな。ここに来る途中、君から貰ったオリハルコンの剣に、官僚たちから奪ったスクール水着を巻いたんだ。これに僕がスク水力を注ぎ、弟くんをサポートする。邪悪の化身と言えど、これならある程度持つはずだよ」

 スク水仙人が、懐から数百枚のスクール水着を出しながら言った。どこにそんだけ隠し持ってたんだよ。

「それらの刀は私が操ろう。斬ることにかかれば私は天才だ。神が相手だろうと引けは取らん」

「ならば、飛び込むための道は私が創ろう。これだけのお膳立てがあれば、最大出力のサイコキネシスなら数瞬の隙を作れるはずだ」

 あの四人なら羽根の防御はなんとかなるか。

「だがそれでも接近した際に、重力場の中で必ず一回の反撃がくる」

「それを僕に防げと? ……上等だよ。とっておきの光魔法がある。発動には百二十八ポイントの設置式が必要だ」

「OK、セットは俺がやろう」

 スクール水着通信でリオンからポイントの配置方法を受け取る。俺は天聖の力を使って、瞬時に指定の場所に術式を設置した。

「それじゃあ、行くぜ!」

「「「おう!」」」

 俺は黒龍に向かって突撃した。防御壁の解術に使用するために、ここで天聖の力は使えねえ。幾度か死線を潜る必要があるだろうが……信じてるぜ、みんなッ!

 ヤツの周りには無数の羽根の刃が浮遊している。光速で自動迎撃してくる斬撃によって瞬く間もなく殺されてしまうだろう。だが、それらの羽根が俺に届くことはなかった。宙に浮いたオリハルコンの剣(スク水付き)が、相殺するようにそれらを全て斬り伏せたのだ。

「ふっ、私と剣術で競おうなど、十万一年早い」

 さすが小恋夜だ、と言いたいところだが、お前のその余剰の一年に対するこだわりはほんとなんなんだ。

 続いて俺を出迎えたのは、黒龍の口から放たれた黒炎のブレスだった。どんな鉱石すらも液状に溶かしてしまう超高熱の黒炎が注がれる。しかし、それはサイコキネシスによって引き裂かれる。さすが、魔術師の兄。頼りになるぜッ!

 そうして無事に急接近することができた俺は、重力場によって囚われた。やはり天聖だと数メートル移動するだけでも時間がかかるな!? 突撃してくる俺の動きが減衰したところを見計らって、黒龍は再びその巨大な尾を叩きつけてきた。

「そうはさせないッ! 浄化の光檻壁ッ!」

 リオンの叫び声とともに、事前に設置しておいた百二十八ポイントの術式点が繋がり、巨大な魔術陣を形成する。噴火するように地面から溢れ出る浄化の光が、黒龍の巨尾を弾き返す。

「今だ峰樹くんッ! ヤツの元へッ!」

「おうッ!」

 魔力を全て使い果たして倒れるリオンを背に、俺は黒龍の懐へと辿り着いた。目の前には、魔術師が見れば眩暈がするくらい、分厚い魔術障壁が施されている。真正面からこれを解除しようとするのは、千種の数式を同時に解かされるようなものだ。だが、今の俺には温存しておいた大量の魔力が存在する。それを天聖に全て注げるなら、こんな防壁なんて、


 ――バリン、


「楽勝だぜ」

 解除した膜は数コンマの時間で修復する。しかし、瞬く間の時間なんて、天聖の能力にかかれば永遠に等しい。すぐさま膜の内側に飛び込み、創り上げた光織剣で黒龍の腹を掻っ捌く。黒い血飛沫の中を、さらに一歩踏み込むと、そこには心臓のように脈打つ巨大なコアがあった。

 今までのような多種多様な防御壁ではなく、純粋な硬度にのみ魔力を注いだコアだ。単純だが、その硬さが尋常でないことは見て分かる。俺はこれを破壊するために両腕を振り上げて、その手に天魔天聖の全ての力を集め始めた。

「づっ~~ッ!?」

 ――どぱぁ、と。

 その瞬間、無防備になった腹がコアから出てきた何かに貫かれた。黒い液体を撒き散らしながら内側から現れたのは、黒龍と同化した総理大臣だった。

「ふ、はははは、やった、ついにやったぞ!」

 もはや黒龍の一部と化した総理大臣の高笑いが聞こえてくる。

「――効くかよ、んなもん」

 口元から血を噴きながら、俺はコアを見据えた。

「この一太刀に全てを込めるッ!」

 俺は、頭上に掲げていた漆黒と白銀を織り交ぜた剣を勢いよく振い下した。結果は……何も起こらない。だが、俺は一つの確信と共にヤツに背を向けた。

「はっ、ふははっ! 驚かせやがって! 何も起こらないじゃないか!」

「もう終わってんだよ」

「は?」

「耳を澄ませろよ。破滅への足音が近づいてくるぜ」

 その時、ピシリという音がコアの内側から響き渡った。

 天聖と天魔の能力を全て合わせた剣だ。それは、ゼロ速度から超光速度、そして、超光速度からゼロ速度への速度操作を一瞬にして行い、そこに超膨大なエネルギーを生み出す。そして、そのエネルギーはその剣の切っ先を今より少しだけ先の世界へと突き刺すことができる。つまり――、

「天魔天聖の刃は未来を斬る」

「な、なあああああ!!」

 黒龍と同化したその身体がピキピキと音を立てて、内側から放たれる光に包まれてゆく。その光がヤツの心臓を切り裂いた、次の瞬間――世界が白い光に包まれた。

 硝子玉が割れるように、俺のいた空間がキィンと音を立てて破裂する。黒龍もまた光に塗れて砕ける。そうして散り散りになった欠片が光の粒となって消えていく。終わったか。その安堵感で胸を満たしつつも、俺は遥か上空から降ってきた姫さんを両腕で受け止める。全裸の彼女は……ただただ泣いていた。

「私が……父上を……殺したのです……。そればかりではなく、兄上も、我が国の人たちまで巻き込んで……。私は、なんてことを……。こんな私が……生きている資格なんて……ないです……」

「………………」

「うううぅぅ……」

「…………はあ、馬鹿かお前は」

「ひぐっ!? い、痛いです!?」

 頭を小突かれた姫さんが、きょとんとした顔を俺に向ける。

「生きていいかどうかだって? 知るかよ、んなもん」

「ふえぇ!?」

「自分の人生だろ。好きに生きろ。責任取るのも、自分の気持ちに納得するのも、全部好きにすりゃいいんだよ。みんなアレコレ抱えつつも、なんだかんだそんな風に生きてんだ。姫さんだけが生真面目に苦しみ続ける必要なんざねえよ。アンタの人生だろ。自分の人生くらい自分で選べ。それで文句言うヤツが出てきたら、そんときゃ俺が守ってやるからよ」

「ゆ、勇者様……」

 ……おい、やめろ。なんだその人を尊敬するような目は。どいつもこいつも勝手に人を持ち上げるんじゃねえ。俺は自分のことで精一杯な一般市民なんだぞ。その辺分かってねえだろ……と、そんな風に口を開こうとした、その時――猛烈な痛みに襲われて、俺はその場に崩れ落ちた。

「勇者様!?」

 そうだ……腹、貫かれてたの、忘れてた……。

 くっそ、もうスク水の力も残ってねえのかよ……。

 うげ、この出血量、やばくねえか……? 俺、死ぬんじゃ……?

「死なせやしないよ」

 薄っすらとぼやけてきた視界の中に、ナオの声がした。その隣には白衣の男が立っている。丸縁メガネをかけた地獄の使者のような男は、健やかな笑みを浮かべている。

「言ったよね、仲上財閥には腕のいい医者がいるって。これは大事になると踏んだ時点で要請しておいたんだ。君は僕の大事な玩具なんだ。こんあところで死なせたりしないよ」

 白衣を着た長身の男が口元を三日月に歪める。

「地獄(ゲヘナ)へと連れて行ってやろう」

 いや、生き返らせてくれよ……。

 そんなツッコミも虚しく、俺の意識は暗闇の中へと落ちていった。

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