第18-1話 復活!邪悪の化身!

 カラリと、倒れた俺のスクール水着の脇からドラゴソボールが零れ落ちて、リオンの足元にまで転がってゆく。

「……なんのつもりだ?」

 リオンは不愉快げな声を発する。

「おいおい、手助けしてやったのにその言い口はなんだ?」

 柱の陰から現れたのは、アーベノ総理大臣だった。

「なっ、てめえがここにいるってことは……ナオは……!?」

「我々ゴダイジンを四人まで倒したのは褒めてやる。だが、総理大臣を相手にするにはまだまだ若かったな。あらゆる謀略のもとに返り討ちにしてやったぞ」

「マジ、かよ……」

 あの金クソ虫を権力で打ち倒したってのかよ。人のモノとは思えねえな。

「それにしても、よもや負けそうになっているとは思わなかったぞ。まあ、遅かれ早かれには違いないだろうがな」

「何……? ぐっ!?」

 リオンの身体がビシリと停止する。闇の力が密着するようにして、ヤツの身体を拘束しているのだ。俺が動けなくなったのは、アレのせいか……!?

「これは拘束魔術か!? だが、なんだこの力は!? スクール水着を着ているはずの僕をここまで拘束できるなんて!? 貴様、一体どこからこんな魔力を!?」

「なぁに、国民から分けてもらっただけだよ」

 総理大臣はくつくつと嗤うと、前髪を払った。老人の額には、スクール水着の紋章が輝いていた。

「真の姿を顕せ――闇傀儡のスクール水着よ!」

 深淵の闇が総理大臣の全身を取り囲み、一つのスクール水着の形を織りなしてゆく。

「その姿は……新型スクール水着だと!? 貴様、人工のスクール水着を完成させていたのか!?」

「この国の秘宝の一つでな。総理大臣が代々受け継ぐ究極のスクール水着なのだよ。そして、このスク水の持つ能力もまた権力の長である総理大臣が持つモノにふさわしい。この国で作られた全てのスクール水着。それを着た子ども達から魔力を集めることができるのだよ」

「貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!? 邪悪の化身が復活したら、全人類がスクール水着になってしまうのだぞ!?」

「そのほうがいいじゃないか」

「はぁ!?」

 総理大臣は真顔で答えた。

「貴様には特別に教えてやろう。権力の長、総理大臣の抱いた気高き野望を!」

 総理大臣は両手を高く掲げた。

「権力とはなんだろうか? 権力とは、人々に思想を強要する力のことだ! 私は、私の思想を全ての人間に植え付けたいのだ! 私は常々思っていた! どうして世界は私のものにならないのだろうかと。そして、私は気付いてしまったのだ、それは個々人に意志があるからだと。下賤な人間どもには自由意志がある。たとえ権力に強要されたとしても、人であるがために、私の言うことを聞こうとしないのだ! 私はそれが赦せない! では、どうすればいいか? 全人類がスクール水着になればいいじゃないか! 全人類がスクール水着になれば、全てが私の思うままになるではないか! フハハハハハ!!」

 総理大臣は高笑いする。

「貴様は、最低な奴だな。私情で世界を破壊させはしない」

「おっと、まだ動けたのか。怖い怖い」

 心臓目掛けて放たれた光の矢に、総理大臣は小さく飛び跳ねて回避する。

「裏切るにしても計画が杜撰だな。儀式に必要なドラゴソボールの一つは僕が隠している。それに、膨大な魔力を持とうと、所詮は人工装備。僕の射程圏内に入ってみろ。瞬時にその首を飛ばしてやる」

「ふはは! 身動きを取るのもつらいと告白しているようなものだぞ!」

「……試してみるか?」

「いや、やめておこう。スク水猫を噛むと言うしな。それに君を葬るのには、もっと相応しい者がいる」

 総理大臣が指を弾くと、部屋の奥から何かが歩いてきた。

「リ、リーゼ!?」

 それは姫さんだった。しかし、彼女の動きには人間らしさが感じられない。瞳に光はなく、意識があるように見えない。まるで糸で操られたマリオネットのようだ。不意に、彼女の着ていたドレスがパラリと落ちた。そして、露わになったのは、女子のスクール水着だった。

「これが闇傀儡のスクール水着の持つもう一つの能力だ! 新型スクール水着は無意識に干渉し、スクール水着を着た人間を操ることができるのだよ! ブラック企業でなぜ人が過労死するまで働くのか! アホのような政策や搾取しかされない増税を簡単に国民が受け入れるのか! 全てこの新式スクール水着のおかげなのだよ! そして、貴様はこの姫を殺せはしないだろう? 儀式を行わなければ、死んだ瞬間に邪悪の化身が蘇ってしまうかもしれないのだからなぁ!」

「くっ……! だが、ドラゴソボールの一つは僕が隠してあるんだ。貴様は願いを化身の復活に使おうとしているのだろうが……それは叶わない!」

「ふはは! 苦しい抵抗だな! その最後の一つのボールのある場所。私はすでに知っているぞ! さあ、姫よ! そこにいる男を殺すのだ!」

 ふらりとスク水を着たリーゼが、リオンの前にまで歩いていく。そして――その嫋やかな腕を容赦なく突き出して、リオンの腹部を貫いた。崩れ落ちる彼の身体から引き抜いたその手には、一つの宝石が握られていた。

「ぐはっ……!」

 絵具に浸した筆を払うかのように、リーゼは腕に付いた血液を払う。深い傷口から溢れ出る血が、地に伏せた白いスクール水着を赤く染めてゆく。

「……あ、れ……? 私は、一体、なにを……?」

 どんよりと微睡む瞳。鈍い鉄の匂いに、姫さんは顔を顰めた。

「あ、ああああ! 勇者様、それにお兄様も!? 一体どうしてそんな傷を……!? あ、あれ……体が動かない……!? あ、貴方がこんなことをしたのですか!?」

 姫さんは、この場に一人立っている総理大臣を睨みつけた。

「兄をやったのはお前だよ」

「わ、私が兄上様を……!? そんなこと……!」

「信じられなければそれでもよい。その程度の罪、貴様に眠る数年前の記憶を蘇らせれば、いかに軽いものか思い知ることだろう!」

「な、何を……離し……きゃああああああ!」

 総理大臣が頭を握ると、姫さんは鋭い悲鳴を挙げた。総理大臣の手が離れると、姫さんは枯れ木のようにふらりとその場で揺れた。

「父上を私が、殺した……? それに、我が国をあんな惨状にしたのは……私で……はっ、アハハッ、アハハハハハハハ!!」

 まるで奥底で眠っていた記憶が戻ってきたように、姫さんはパックリと目を見開いた。

 自らが犯した罪の重さに、心が拉げる音が聞こえる。

 全てを自棄する自己否定と代替して、別の存在が浮上する――。

「ふはは、ようやく封印されし邪悪の化身が蘇るのだな! とはいえ、完全体になるにはまだ闇のエネルギーが足りないようだな! だが、それもこれで満たされる!」

 総理大臣のスクール水着から、百六つのドラゴソボールが出てくる。俺の持っていたのと、リオンが隠していたもの。合わせて百八つのボールが今ここに存在している……ってことは!?

「さあ、全ての準備は整った! トゥッポルンガポポルンガトゥルトゥルンガ!! いでよ、神蟹よッ!」

 呪文の詠唱とともに、百八つの宝石が輝く。

 その光は一つに集まって、金色に光る巨大な蟹が現れる。

「どんな願いをも一つだけ叶えてやろう。我を呼び出したのは誰だ?」

「この私! アーベノ総理大臣……いや、山田信三だ!」

 アーベノは本名じゃねえのかよ。

「貴様は何を望む?」

「姫に封印されし力の解放を!」

「承知した」

 神蟹はそのハサミを姫さんに向けた。そのハサミが輝くとともに、姫さんの身体から禍々しいオーラが吹き出てきた。上空を泳いでいたスク水の魚群がそのオーラに触れた途端、粘性を持ったタールのようにドロドロと溶けてゆく。その液体は姫さんの身体を包んでゆき……やがて、黒い輪郭を形成してゆく。そうして形作られたのは巨大な黒い龍だった。

「ボアアアアアアアアア!!!」

 嘶く黒龍の元に、総理大臣が近づいてゆく。

「よくやった神蟹よ! さあ、邪悪の化身よ! 貴様を復活させたのは私だ! この世界の不要な人類を滅ぼすのだ!」

「ボアアアアアアアアア!!!」

 黒龍は、足元にいた総理大臣を見た。そして、黒い鱗に覆われたその腕で総理大臣を掴んだ。

「え? ちょ、なんで?」

 総理大臣は力のままに黒龍の胴体へと押し込まれる。ずぷり、ずぷりと。男の全身が吸収されるように飲み込まれてゆく。

「ぎゃ、ぎゃあああああああああ!!?」

 総理大臣は哀れな悲鳴を挙げて闇に包まれて消えた。

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