第17-1話 決戦(1)

 一段と長い階段を一人で下り、続いて現れた真っ直ぐに伸びる薄暗い廊下をひた進む。突き当たりにはもはやお約束のように鉄の扉があった。心なしか今までより豪華な装飾の施されたその扉の上部には、『最後の間』と書かれた鉄板が掲げられている。どうやら、ここが最奥部らしいな。

 俺はゆっくりと扉を開き、部屋の内へと足を踏み入れる。

 そこは神殿だった。地下とはとても思えないくらい広大な空間に、石煉瓦の円柱が入り口から奥に向かってずらりと等間隔に並んでいる。壁際には数十メートルはあるだろう巨神像が並び立っており、そのどれもがスクール水着を着ていた。

「来たか」

 最奥の台座に紅髪の青年が座っていた。リオンだ。その後ろには、美しいドレスの女性が鎖に繋がれて倒れている。

「姫さんッ!!」

「心配はいらないよ。気絶しているだけだ」

「……ここが儀式の場所か」

「その通りだ」

 リオンはパチンと指を弾く。すると、左右の横壁の一部分が縦に開き、大量のスクール水着が飛び出してきた。一万では一桁足りないほどの大量の紺色のスクール水着。それらはまるで海中を泳ぎ回る魚の群のように空中を意気揚々と飛び回る。

「趣深いだろう。神話の記述を模しているんだよ」

 リオンは膝の上に置いていた分厚い古書を開いた。

「これは我が国に伝わる真なる聖書だ。ここには遥か昔に失われた、知られざる真の歴史が記されている。この聖書には邪悪の化身を封印する手段も記されている」

 青年は瞳を閉じて、滔々と語り始める。

「峰樹くんは僕の国の伝説をご存知かな?」

「神様の作ったスクール水着に邪悪の化身が宿っていたってやつか」

「そうだ。聖書にもある通り、邪悪の化身は王家の魔法によってこの世界に封印された。その封印された存在は、我がデストロイヤー王国の王族の女系の子孫に、王家の魔法とともに代々引き継がれてきたんだ。そこが、この世界でもっとも深い愛情を注ぐことができる場所だったから。しかし……どれほど愛情を尽くして生きても、人の心には闇が浮かぶことがある。長い年月の中でそんな微かな闇を取り込み続け、邪悪の化身は力を取り戻してきた。そして今、遥か昔に掛けられた王家の魔法が解かれようとしているんだ。峰樹くん、リーゼは時折気を失ったりはしなかったかい?」

「そんなこと……」

 言われて思い出す。仙人の家で俺をマッサージをしていたとき、姫さんの反応が薄くなったときがあった。あれはまさか本当に意識を失っていたのか……?

「彼女はすでに邪悪の化身に意識を乗っ取られかけている。実はね、祖国をマイタケ畑にしたのはリーゼ姫なんだ」

「なん……だと!?」

「当然だろう。そもそもドラゴソボールは一度願いを叶えたら石化して百年は使えなくなるんだ。今現在石化していないのだから、マイタケの症状は別の力によって引き起こされたものと考えるのが正しいだろう?」

 スクール水着の魚群を視線で追いながら、リオンは続きを口にする。

「数年前。とうとう王家の魔法を打ち破り、不完全ながらも邪悪の化身が顕れたんだ。それは、リーゼ姫の意識を完全に乗っ取って、世界を滅ぼそうとしていた。僕は王と共に戦った。王はこのことを予期していたのか、その数年前から僕に伝説のスクール水着を受け継がせていたんだ。けれども、敵は不完全体ながらも神話の生物だ。化身との闘いは熾烈を極めた。それでも七日七晩の戦いの中で、僕達はなんとか化身に深いダメージを与えることに成功した。代わりに、王も深手を負ってしまった。僕がヤツにトドメを刺そうとした瞬間、化身は強烈な自己回復魔術を発動した。その際、近くに生えていた茸を取り込んで、その茸が国全体に爆発的に増えてしまったんだ」

 膝の上に置いた古書をめくりながら、リオンは続ける。

「今はあくまで小休止。十年もすれば化身は再び復活してしまうだろう。再封印を施すには、姫の身体に刻まれた王家の魔法を発動させる必要がある。だが……すでにこの世界には化身を封印するだけのスク水力が失われていた。僕は封印に必要なエネルギーをドラゴソボールで生み出そうと考えた。そして、自国にあった適当な宗教団体を隠れ蓑として奪い、この教団こそが母国に厄災を齎したと主張して、世界征服という建前の元に世界に飛び散ったボールを集め出した」

 リオンの澄んだ声が、神殿に響き渡る。

「新たな封印の場所には、古くから親睦がある日本を選んだ。今、僕の国は邪悪の化身による被害で、物凄い悪意が生まれてしまっているからね。化身の力を助長する自国で封印するのは危険だと判断した。そんな折、数年かけてドラゴソボールを集めきった矢先、外務省に送り込ませていたスパイから日本の校長が交換留学の要員を求めていると知った。僕は通じていた自国の仙術士に連絡し、姫の転入を計画した。全ては姫を再封印の地に誘き寄せるためだ。そして、それは実現した。全て計画の通りだった。唯一の誤算は、神々のスクール水着を手にした君の存在くらいだ」

「話は理解した。だが、リーゼを殺す必要はないんじゃないか?」

「……すでに邪悪の化身はリーゼ姫と完全に一体化してしまっている。王家の魔法を発動させてしまえば、姫の身体は異空間へと消え、跡形もなく消えてなくなってしまうだろう」

「そんな……!」

「世界の危機なんだ。スク水力は、スク水力でしか対抗できない。スクール水着を着ていない多くの人達は、その波動を浴びただけで抗う術もなくスク水化してしまうだろう」

 リオンは古書を放り投げた。頭上高く飛んで行った書物は、空を泳いでいたスク水の魚群に飲み込まれた。すると古書はスクール水着に変わってしまった。

「姫さんは、世界の滅亡なんて望んでいないはずだ!」

「姫の意は関係ない。いずれまた化身に意識を乗っ取られ、やがては本能のままに世界を征服しようとするだろう。数年前、僕の国で行ったように。……分かるか、峰樹君。世界を救うのなら、姫は切り捨てなければならない存在なんだ」

「だが……!」

「君が神様から与えられた使命はなんだ? 神様は君に姫を護れと命じたのか?」

「――――っ」

 確かに、あのイカれた神に命じられたことは、世界の邪悪を取り除くことだけだ。

 姫さんを助けろだなんて一言も言われていねえ。

「そうだろう。だったら――」

「――だが、世界を救えって言われたんだ。世界って枠には当然姫さんも含まれているだろ!?だったら……全部救ってみせる! それが勇者ってもんだろ!」

「………………」

 その言葉にリオンはわずかに目を閉じた。

「僕は勇者じゃない」

 ぽつりと呟く。

「王の最後の言葉は『何があっても、私はお前を恨まない』だった。僕は前王の――父上の命を受けてここにいる。そして、一人の命と、世界の命運。比べられるべくもないだろう」

 その言葉には強い決意が込められている。

「世界のためなら悪にもなろう。だから、もし君が僕の前に立ちはだかるというのならば」

 青年は台座から立ち上がる。

「勇者峰樹、君を殺す」

 リオンは白銀の衣装を身に纏い、力強い眼差しでそう宣言した。

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