第16-1話 権力の間

 扉の向こうはまた長い下り階段だった。そこを下ってゆくと、再び金属の扉が現れた。

「次は『権力の間』か。嫌な予感がするな」

「え? 僕は凄く安心感があったけど」

「そりゃ、クソ金持ちのお前だけだっての。よし、開くぞ」

 金属の扉を蹴り開くと、そこは……国会だった。公営テレビとかで稀に見る国会討論を行う半円状の議員場だ。欅の木材でできた高級感のある一室。天井はステンド硝子で飾られている。電灯は一切ついておらず、部屋全体が真っ暗だった。そして、演壇にある議長席の後ろに一つの人影があった。

「よく来たな、若人よ」

 バチンと、スポットライトが舞台を照らすように、その人影に光があたる。そうして露わになったのは、

「アーベノ総理大臣!?」

 あいつは現総理大臣のアーベノ・シンゾーじゃないか!?

「総理大臣だけではないぞ!」

「なに!?」

 そんな声とともに演壇に姿を現す影があった。それは、スクール水着を着た四人の初老だった。

「文部科学大臣レッド」

「厚生労働大臣ブルー」

「農林水産大臣イエロー」

「国土交通大臣ブラック」

「そして私がアーベノ・シンゾー総理大臣。ポジションはピンクを務めておる」

「「「我ら、権力戦隊ゴダイジン! 民に変わっておしおきよ!」」」

 スクール水着を着た六十代前後のおっさんが一列に並んでそれぞれポーズを決めた。ちなみにそれぞれ思い思いにカラーを述べ立てているが、スク水の色は全員紺色である。それにしても、なんていうか……うわあ……。

「そこのお前! 気持ち悪いヤツだと顔に出てるぞ!」(国土交通大臣)

「国家権力を舐めるなよ!」(文部科学大臣)

「会社に圧力をかけて親を紛争地域に転勤させてやるぞ!」(厚生労働大臣)

「そいつは大歓迎だ!」

 どうぞどうぞ、ご自由にやってくれ! あいつらの全身にお灸を据えてくれ! 徹底的に人格矯正してやってくれ!

「お前らの就職活動を妨害してやるぞ!」(農林水産大臣)

「僕は実家を継ぐだけだし。峰樹は僕の会社で雇うから何の問題もないよ」

「は? お前に雇われるの嫌なんだけど?」

「コスパはいいはずだよ。峰樹の力をちょっぴり借りたいだけだから」

「どうせマフィアの掃除とかだろ」

「うん」

「くっ、権力が効果を為さない……! だから子どもは嫌いなんだ!」

 農林水産大臣は地団太を踏んだ。

「ていうか、そこにいるのは誰かと思えば仲上財閥の坊ちゃんじゃないか」

「お久しぶりですね、国土交通大臣のおじいちゃん。知ってるよ。最近は票田を確保するために地方の建築業の有力者に便宜を図っているらしいじゃないか。特に前選挙はたくさんお仕事をしたようで。その悪事を国民にバラしちゃおうかなー」

「はっはっは! 証拠もないクセによく宣うわ!」

「証拠ってこれのこと?」

「なっ――!?」

 ナオは封筒を懐から取り出した。封のタイトルには『国土交通大臣の秘密』と書かれている。

 なんでんなモン持ち歩いてんだ、お前は。

「この中にはねー、東○オリンピックに向けた大手ゼネコンに対する談合違法献金その他諸々の物的証拠。後、銀座のクラブで幼児プレイしているところの写真とかも入ってるよ☆」

「なっ、ちょ、それあかんやつやん!?」

「じゃあ、君はどうするべきなんだろうねー?」

「え、あ、その……あっ、電話だ! なに、そんな大変なことが起きているのか! すまん、急用ができた! ワシは先に帰るぞ!」

 国土交通大臣はそそくさと去っていった。

「よし、邪魔者を一匹掃除できたね!」

 すげえ後味悪いやり方だったがな。

「国土交通大臣がやられたか」

「しかし、ヤツは我ら五大臣の中でも最弱」

「開いたポストには私の知人を推薦しよう」

「おい待て。どさくさに紛れて権力を広めようとするでない」

「そうだぞ、そのポストには私の部下がふさわしい」

「何を言っている! ワシの息子が就くべきであろう」

「コラ、君。世襲はいい加減にしたまえ」

「貴様も世襲議員じゃろうが!」

 なんか、勝手に争いだしてるぞ。

「権力闘争に味方なんていないからね。それより峰樹。一人倒して包囲陣が破れたからか、出口が現れたようだ。ここは僕に任せて先に行ってくれ」

「だが……」

「なあに、権力は一番得意な相手だ。正直、この先の力比べじゃ役に立てそうにないしさ。ここは僕に任せてよ。それに……ここは一人でいる方が何かと都合がいい。君に見せたくない顔もあるからね」

「……ああ! 任せた!」

 俺はナオと拳を合わせると、討議場の横壁に開いた出口に向かって走り出した。

「おい、お前たちが争ってるうちに一人突破されたぞ」

「わしのせいじゃないもん」

「はー、つっかえ」

 うん、口だけで身体を動かさないのがほんと助かる。

 ヤツらが仲間割れしているうちに、俺は出口の傍まで移動できた。

「峰樹、姫様は任せたよ。……さあて、君たちも僕に逆らうんだね。次の選挙が楽しみだね」

 ナオは懐から複数の封筒を取りだして構えた。背後から聞こえてくる友人の黒い声と、大臣たちの悲惨な悲鳴を聴きながら、俺はこの部屋を後にした。

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