第15-1話 猛獣の間

「……き……みね……き……」

 うっすらとした意識の中に、誰かの声が聞こえてくる。

「……ねき……峰樹……!」

「お前は、ナオ……?」

「起きなよ、峰樹!」

「うぶぅ!?」

 ナオの肘が俺の腹部に食い込んだ。

「て、てめぇ……何しやがる……!」

 寝起きにいきなりエルボーかましやがって……。

 てか……あれ、なんで俺は寝ていたんだ……?

「クソ男、お前がその……混乱していたのを助けてくれたんだぞ」

「そう、だったのか」

 俺も石化でもさせられていたのか?

「ところで」

「すみませんごめんなさいもうしませんゆるしてください」

「どうしてこの人は怯えているんだ?」

 こいつは確か門の前にいた女性だよな。なんで胸を隠しながら、尋常じゃないくらい怯えているのだろうか。

「あの、大丈夫か?」

「ひぃいいいい!? や、やめてください! お願いします……! も、もうあんな辱め、耐えられません……! 二度と能力を悪用しません! 石化も全て解きました……! だから、どうか、どうか胸だけは助けてください!?」

「?」

 俺が何かしたのか?

「このクソ男はあれだけのことをしておいて何も覚えていないのか?」

「そうだね、OPPモードのことは峰樹の記憶には残らないから」

「心を折る天才だな」

 小恋夜の発言に、みんなが頷く。

 さっきからみんなの視線が生々しいんだが……。

「まあいい、道は開けたみたいだな。先に進むぞ」

「あの、その先にはいかないほうがいいですよ……。私なんか目じゃないくらいの罠がいっぱい仕掛けられていて……」

「ん、心配ありがとう。だが、俺たちは前に進むしかないから」

「ひっ、ひぃいいいいい!? 触らないで……お、お許しを……! い、いやあああああ!!」

「………………」

 なんかスゲエ悲鳴を挙げて一目散に去っていったんだが……。

 俺が一体何をしたというんだ……?

「まあいい、先に進むぞ。異論はないな」

 みなの頷きを得て、俺が巨大な扉の取っ手に指を掛けた途端、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。壁際を取り囲むように、どこからともなく大量の人影が湧いて出てきた。それはスクール水着を着てネクタイを巻いたサラリーマンの男達と人の形をした黒い物体だった。

「これが罠か」

「あの黒い影は権力闘争に負けた政治家の亡霊か」

「スクール水着で強化された現役官僚もいるね」

 亡霊と現役官僚、合わせてざっと百人はいるな。

「ここは僕に任せてほしい」

 名乗りを上げたのは、スクール水着仙人だった。

「あの人数だぞ、大丈夫なのか?」

「僕を誰だと思っているんだい? かつては伝説の傭兵と名を挙げたスクール水着仙人だよ」

「私も残ろう。本来、団体戦が私の本領だ」

 そう言って、小恋夜が背負っていた愛刀を抜刀する。

 確かにこの二人ならあの数であっても遅れは取らないだろうな。

「よし、ここは任せたぞ! だが……絶対に死ぬなよ!」

「当然だよ。むしろ手加減せずに済みそうで助かるよ」

「おい、クソ男……姫様を頼むぞ!」

「おう!」

 俺たちは、二人に背を向けて扉の向こうへと走り出した。


 ◇


 扉の向こうは長い階段が続いていた。それを下り終えると、一つの扉があった。鉄製の扉の真上には同じく鉄製の看板が掲げられており、そこには獣が引っ掻いたような文字で『猛獣の間』と書かれている。

「獣か、狼でも飼っているのかな」

「私達魔術師がいるんだ。その程度なら問題はないが」

「お兄ちゃん、耳を当ててもこっちからじゃ何も聞こえない。入ってみないと中の様子は分からないみたいだ」

「なら、くよくよ迷ってても同じだな。ぶち破るぞ!」

 俺が扉を蹴り開けると同時、俺達は壁に隠れた。入り際の攻撃はないみてえだな。それよりも扉の先が黒い膜みたいが張っているのが気になるな。

「一気に駆け込むぞ!」

 ハンドジェスチャーで突入の合図を出して、俺達は扉の内側へと飛び込んだ。

 その向こうは……森林だった。ザアザアと虫がさざめくような葉擦れの音。湿った木々の香りが鼻腔を突く。空は鬱蒼と茂る枝葉に分厚く覆われており、辺りを嫌に暗く染め上げている。

「この臨場感、幻覚にかかったってわけじゃなさそうだな」

 魔術師兄が辺りを見回しながらそう告げる。

「転送魔術……って感じはしなかったし、国会議事堂の地下にいるのは確かだけど」

「待て……何かいるぞ!」

 木々の隙間から何かが動く音が聞こえてくる。それも……一つや二つじゃない。ガサガサと、人ならざる速さで俺達の周囲を何かが走り回っている。

「来るぞッ!!」

「ガルルルルルッ!!」

 木陰から飛びかかってきたのは、一匹の狼だった。だが、ただの狼じゃねえ。全身がダイヤモンドでできた狼だ。しかも、嫌なことにそれらの猛獣は全てスクール水着を着ていやがる。そいつは虹色のディスパーションを放ちながら、鋭い牙を俺たちに突き立ててくる。

「くそ、馬鹿な!? 私のサイコキネシスでは抑えきれんぞ!?」

「分かった、加勢する!」

 俺も即座に変身し、サイコキネシスを振り払い、襲い掛かっていた一匹のスク水犬を殴りつける。

「なに!?」

 硬質な感触に叩きつけた腕が弾かれる。かろうじて軌道を逸らすことはできたものの、地面に着地した猛獣にはダメージが入っていないようだった。

「マジかよ!? オリハルコンすら砕いた一撃でも倒せないのか!?」

「おそらく……あのスクール水着のせいだろうな。サイコキネシスで拘束した際に、スクール水着の内側から発された膨大なスク水力がプリズム内を乱反射しているのを感じた。それによって力が倍々に膨れ上がり、膨大なエネルギーを生み出しているのだろう。さながら奴らはダイヤモンド☆スク水犬ってところか」

「その☆マークはなんだ」

 このネーミングは自然には受け入れられねえぞ。

「言ってる場合じゃないよ!? 峰樹、たくさん襲ってきてるよ!?」

 ナオが指さす先、背後から飛びかかってきた数匹のダイヤモンド☆スク水犬が――空中で大破した。力なく地面に倒れ込んだ犬たちは修復することなく光の粒となって消えていく。

「面目躍如、と言ったところかな」

 そう言ったのは、魔術師弟だった。

「やはり、鉱石に魔力を練り込んで作ったゴーレムの一種だったみたいだね。この手の魔術生物は、身体のどこかにある魔石を破壊しない限り何度も復活するんだ。しかし……その位置も完全にランダムというわけではないんだ。体内で移動させるにも制約がある。行動を細かく観察すればどこにコアがあるのかを見分けるのは可能だ。まあ、あくまで僕ならばだけど。ゴーレムにはゴーレム使いを。ここは僕達魔術師に任せてくれ」

 オリハルコンでできた鋭い槍を構えながら、魔術師弟は言った。

「だが、スク水を着た俺でも苦戦したんだぞ!? お前らだけじゃ危ないんじゃ!?」

「貴様は私達を舐めすぎだ。私達は前職では米大統領の護衛をしていたのだぞ」

「お前らそんなすげえヤツだったのか!?」

 ただの馬鹿だと思ってたわ。

「お兄ちゃん……!」

「ああ!」

 魔術師兄が指を立てる。するとサイコキネシスで周囲の粉塵が舞った。パラパラと落ちる砂の雨。しかし、空間の一部だけ埃の舞い方がおかしい場所があった。

「そこかッ!」

 さらに飛びかかってきたスク水犬にオリハルコンの槍が突き刺さる。そのダイヤモンド☆スク水犬を、魔術師兄がサイコキネシスで操り、そのおかしな空間に向かって思い切り投げつけた。ダイヤモンドの欠片が、四方へと勢いよく飛び散った。そして――バリンと何もない場所がひび割れる。そこには一つの扉が見えていた。

「そこが次へ続く道だ。後は頼んだぞ」

「僕は絶対にスクール水着になんてなりたくないからね!?」

「おう!」

 魔術師二人を置いて、俺たちは扉の先へと走り出した。

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