第14-1話 OPPモード

 夕方、近場の駐車場に各々の足を停めて、俺たちは国会議事堂にまでやってきた。人気の失せた議事堂周辺は、取り立てて騒ぎが起きているわけでもなく、ごく普通の日常といった雰囲気が漂っていた。

「まいったな。てっきりなんらかの騒ぎが起きてると思ったんだが。これじゃあ、どこに行けばいいか分からんぞ」

「僕に任せてくれ」

 仙人は一枚のスクール水着を取り出した。その両肩を指先で摘まみ、議事堂に向けながら、壁沿いを歩いていく。ある一角に着いたとき、スク水が前後に大きく揺れ出した。

「ここに隙間があるようだね」

 仙人が揺れが一層大きくなった辺りの壁を手探りに弄ると、煉瓦の一つがガコンと押し込まれた。そして、真横の壁が引っくり返るように開いた。隠し扉だ。その向こうは階段だった。どうやら地下へと続いているようだ。

「まさか国会議事堂にこんな隠し部屋があるなんて……」

「いや、仲上財閥総帥のお父さんから聞いたことがあるよ。国会議事堂の地下には神殿があってスクール水着の神様を祀っていると」

「マジかよ」

 国家の中心で変なものを祀らないでくれるかな。

「この奥から強烈なスク水力を感じるね。ここが本拠地というのは間違いないと思うよ」

「よし、先に進むぞ」

 意を決して、俺は隠し扉の内側へ立ち入る。その後ろをぞろぞろとみんながついてくる。薄暗く長い階段を下り切ると、やけに開けた場所に出た。

「待て、誰かいるぞ」

 俺は手を挙げて大広間へと足を踏み入れようとしていた皆を制した。高級ホテルのロビーのようなただっ広い空間の先、大きな門の前に一人の人間が立っていた。

「確かに誰かいるようだね。遠くてよく見えないな」

 ナオは出入り口の側面に隠れて言った。

「弟よ、お前に双眼鏡を預けていたはずだ」

「採石場で使ったやつだね。ちょっと待って……ん、よく見える。立っているのは一人だけだね。金髪の女性で、胸の大きな美人だ……って、あいつは!? う、うああっっ!?」

 その時、魔術師弟が鈍い悲鳴を挙げた。握っていた双眼鏡が床に落ちるとともに、彼のその体がビギビキと音を立てて石化してゆく。

「お、弟よ!?」

 魔術師弟の全身は一瞬のうちに石になっていた。

「な、なんなんだこれは!?」

 小恋夜が声を震わせる。

「胸の大きい女……石化能力……ま、まさか、ぐ、グラマラス洋子か!?」

 魔術師兄は地面に落ちた双眼鏡を拾い上げ、件の女性に視線を向けた。

「あの顔! 間違いない、メデューサのグラマラス洋子だ! あの男はあんな化け物まで雇っていたのか!?」

「な、なんだ、その洋子ってヤツは? そんなにヤバイやつなのか?」

「ヤバいなんてもんじゃない! 悪いことは言わない、これ以上進むのはやめておくんだ! あいつは強力な石化異能を持った女で、その胸を見た者を問答無用に石に変えてしまう危険人物なんだ! あの女は魅力のボディ一つで国を滅ぼしたんだ! いいか、絶対にあいつの胸を見るんじゃない! もし近くで見てみろ、一生石化して生き返れなくなるぞ!」

 そ、そいつは恐ろしいな。

「くそっ、双眼鏡を使ったのが裏目に出たな。聞くところ、グラマラス洋子の石化能力は被対象者との距離に比例するらしい。この距離なら一日もあれば石化は解けるはずだが……」

「だが、あそこを通らないと姫さんは――」

 そう言いつつ、遠目にグラマラス洋子の巨乳を見たとき、――俺の意識はふっと消えた。


 ↓


「く、クソ男が動かなくなったぞ!?」

「峰樹くんまでやられてしまったのか?」

「いや、石化はしていない。だが、意識がないようだ」

 唐突に身じろぎ一つ取らなくなった峰樹を、小恋夜とスク水仙人が心配そうに見つめる。

「巨乳……意識を失った……、ま、まさか!?」

 少し離れた位置で二人の言葉を聞いていたナオはハッと目を見開いた。

「何時間だッ!」

「え?」

「峰樹が、巨乳を見ずに何時間経ったといっているんだ!」

 その発言の意味が分からず、皆は戸惑いを浮かべる。

「お、お……」

「大丈夫か、クソ男!」

「おっぱあああああああああああ!!!」

「!?」

 峰樹は突然雄たけびを挙げた。

「おぱぱぱぱ! おっぱっぱぱぱぱ!」

「どうしたんだ急に!? そんな大声を出したら気付かれ――きゃあ!?」

 小恋夜の制止を振り払い、峰樹は駆け出すように大広間の奥へと駆け出していった。

「くっ、色々なことがあって失念してたよ。お姫様が来てから峰樹が一度も巨乳を見ていないことを。もう無巨乳状態で丸一日経っている。禁断症状が出てもおかしくない。それにあの挙動。間違いない、あれは……OPPモードだ」

「な、なんなんだ? その、OPPモードというのは!?」

 恐る恐る魔術師兄が尋ねた。

「峰樹は、女性の胸に妄執的なまでの執着を持っている。剥きだしの巨乳を見た瞬間、人間としてのリミットが外れ、おっぱいだけを求める獣となったんだ。それが、OPPモードだ」

 そうこうしているうちに、峰樹はグラマラス洋子の目の前まで来ていた。

「おぱ」

「何よ、あなた」

 いきなり目の前に現れた不審な男に、洋子は眉をひそめた。

「そこの人! 早く逃げるんだ! 峰樹は今錯乱している! 早くその胸を隠すんだ! さもないと、大変なことになるよッ!」

「はあ?」

 遠くから投げかけられたナオの進言に、グラマラス洋子は目を瞬かせた。

「何言ってるの? それに誰よあんた! 私に胸を隠せですって? 絶対に嫌よ! 私はこの胸一つで一国をも落としたのよ! こんな男なんかに負けたりしない! 絶対に石にしてやるんだから!」

 そう言うと、洋子はそのグラマラスな巨乳を峰樹の眼前に差し出した。

「おっ、おっ、おぅっ……」

「うふふっ! ほぉら、石になってしまいなさい! この距離なら一生石像のままで生きることになるわ! ふしだらに私に近づいたことを後悔なさい!」

「おっぱ~~!」

「え……? 石化しない……?」

 峰樹は顔を綻ばせて満面の笑みを浮かべた。石化する気配は微塵もない。それどころか、彼の瞳には煌々とした光が差しており、肌は艶々と輝いていた。

「早く、早くその胸を隠すんだ! アレはまだレベル1! 峰樹は後三段階の変身を残しているんだぞ……!?」

「な、何言ってるのよ! これは何かの間違いよ! 私がこんな男に負けたりしないんだから! ほぉら、もっと私の胸を見なさい! 石になるのよ!」

「ば、馬鹿野郎っ!」

 洋子が両腕でぎゅっと胸を挟み、峰樹に向かってその豊満さをアピールした、その瞬間。

「おぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」

 峰樹の口から強烈な超音波が発せられた。

「な、なんだアレは!?」

「求愛行動が始まったんだ。そして、次に来るのは……!」

「オパパパパパパパパパパァァァ」

「な、なんだ、この劈くような声は……頭が痛くなるぞ……」

「来たッ! みんな耳を塞ぐんだ! あの声を聴いていると、体が動かなくなってしまうぞ!レベル3の峰樹はおっぱいのマントラを唱えて相手の力を奪うんだ! そうして相手が身動きできなくなってから、じっくりとその胸をしゃぶりつくす……! だから……今が最後のチャンスだ! そこの女性も、胸を、胸を隠すんだ!」

「嫌よ……! ぜ、絶対に男になんか屈したりしないんだから……!」

 しかし、ナオの忠告に従うことなく、あくまで洋子はその豊満な胸を張り続ける。けれど、その抵抗も空しく、やがて全身の力を奪われてくたりと地面に崩れ落ちた。

「おっぱ? おっぱ……おぱぁ~っ!」

 もはや胸を隠す力すらなくなったことを確認した峰樹は、おっぱいのマントラを唱えるのをやめ、ぴたりと身体を静止した。そして、

「え、やめ……いやぁああああ!!」

「オッパアアアアアアアアアアアッ!」

「きゃあああああああああああああああ!!」

 一人の女性の哀れな悲鳴が大広間に響き渡った。

 それは完全に『子供には見せられない光景』そのものだった。

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