第12-1話 再戦(1)

「陽動は成功したみたいだな」

 機を見てトランクから飛び出していた俺たちは、スモークグレネードの煙幕に紛れて見事人質たちの元へと辿りついていた。土壇場で思いついた入れ替わり作戦が上手くいったようだ。

「すみません、私が運転できないばっかりに」

 ユニク○の服を着た姫様が申し訳なさそうにそう漏らした。

「いや、あの猛攻だ。姫さんだったらあっさり捕まってたな。図らずもいい采配になった」

 逆になんで仙人はあそこまで余裕だったのか。仙人のスク水を受け継ぎ記憶を辿った俺には理解できていた。あいつ、謎に凄い経歴してんだよなあ。元軍隊に所属していて、うちの校長とも親睦があったりなかったり。

「まあ、それはどうでもいいことだ。おい、縄を切るぞ!」

「すまない……」

 張り付け台から落ちてきた小恋夜を俺は両腕で受けとめた。

「ナオも大丈夫か?」

「まあ、御曹司だしね。こういう経験は慣れてるから大丈夫さ」

 姫さんに縄を解いてもらい一人で地面に着地したナオはふらふらと立ち上がり、ぐっと親指を立てて返した。そういやお前、昔週一くらいで拉致されたりしてたな。

「よし、人質は回収したな。後は逃げるだけだが」

「――みすみす逃がすと思ったかい?」

 瞬間、辺り一面が鋭い光に包まれた。形作られたのはドーム状に編まれた光槍の檻だった。それぞれの格子の間は数センチほどしかない。とてもじゃねえが抜けられそうにはないな。

「あっさり上手くいったと思ったら、こんな罠を仕掛けていたのか。にしても軽々と人質を返してくれるなんて随分太っ腹じゃないか」

 俺は崖の最上部に立つ青年――リオンに語り掛ける。

「元より彼女らは君たちをおびき寄せる餌でしかない。その二人の実力は先の戦いで見切っている。解放したとして脅威にはなりえない。まあ、それでも魔術師の兄の方は人質交換を迫るべきだと主張していたよ。しかし、趣味の悪いことは嫌いでね。自分がやられて嫌なことは他人にはしない主義なんだ」

 言うと共に、リオンは俺たちに向けて手をかざした。その掌から放たれた力に、姫さん達が身じろぐ。ふら付いた身体を小恋夜が抱き留める。背筋を凍えさせるようなこの感じ。覚えがあるぞ。これはスクール水着の波動だ。ヤツはスク水の波動を生成して掌から飛ばしているのだ。

「ん? 君にはスク水の波動が効かない? 先日とは別人じゃないか。何をしたんだ?」

「ちょっとした地獄めぐりだ」

「それは楽しそうだ。しかし、多少の強化では歴然とした力の差は埋まらないよ」

「それはどうかな? 男子三日合わざれば括目して、って言うだろう。見せてやるよ、地獄めぐりで受け継いだスクール水着の魂を」

 俺は右手の甲に刻まれたスクール水着の紋章を頭上に掲げ、高らかに叫ぶ。

「我が前に顕現せよ――漆黒の翼よ! 変態!」

 途端、漆黒のエネルギーが俺を包む。膨大なエネルギーが、紺色の生地を織り紡ぐ。それも――二枚だ。それらの布は下腹部の裏側で重ねられて筒状に縫い合わせされる。スクール水着の前側に煌めく二本のダーツ線――プリンセスラインが紅色に輝く。

「ほう」

 リオンの息を飲む音が聞こえる。

「それは旧式スクール水着――通称『天魔』じゃないか。旧式のワンピース型スクール水着、略称して旧スクは、二枚の布を股間部で重ね合わせてできた古代のスクール水着だね。その一番の特徴は、前面で布が二枚に分割されている点だろう。ちなみに、よく誤解されているが、旧スクにある下腹部の隙間は前面だけで、後背部は縫い合わされているから剥がれることはない。注意しないといけないよ。そして、一般的にその隙間は胸元から入った水を排水するための開口部だと言われているが、それは違うみたいだね。見たところ、『天魔』の隙間は大気中から集めた気の流れを促進して、水着全体の硬度を高めるためにあるようだ。水着の伸縮性を犠牲にするほどの生地の硬度の高さ。ストレートに読めば防御型のスクール水着と言えるだろうが……、どうやらまだ隠された力がありそうだね。こいつは厄介だ」

 柔らかい口調だったが、その実、終始浮かべていた淡い笑みが消えていた。どうやら俺を本気で敵と認めたようだ。

「まあいい。手の内は戦いながら解析するとしよう。それじゃあ、いざ手合わせと――」

「はっはっは! 来たな、変態男!」

 お互い、いざ戦おうと心構えてたところに、聞き覚えのある声が飛び込んできた。見ると崖の端に魔術師弟が立っていた。そして、その隣には巨大な機関銃が置いてある。

「今度こそ僕の汚名を返上してやる! 防衛貫通魔術をたらふく詰め込んだオリハルコンの弾丸だぞ! これならいかに貴様でも受けきれまい! 穴だらけになって死ぬがいい!」

 そう高らかに告げると、魔術師弟は機関銃のハンドルを握って、俺に向けて弾丸を乱射しやがった。

 俺はパチンと指を鳴らした。すると俺の着ていた天魔のスクール水着が輝き出し、黒いオーラを放つ。それは俺を中心とした球形の薄暗い膜となって周囲に広がっていく。当然、俺目掛けて放たれていた弾丸は全てその膜に触れる。それだけで蒼色の弾丸は空中でぴたりと静止した。

「なっ!? 馬鹿な、術式すら発動しないなんて!?」

 驚愕を顔に浮かべつつも、魔術師弟はさらに弾丸を乱射する。しかし、どんなに打とうと無駄だ。それらもまた、天魔で作り出したゾーンに触れた途端、一つの例外なく宙に停止する。そして、そうこうしているうちに広がっていた黒い膜が魔術師弟の身体に触れた。

「なっ!? 体が動かない!?」

「すまんな。自暴自棄になられても危ないから。悪いが、動きだけ止めさせてもらったぜ」

「な、なんだと……!?」

「なるほど、それが天魔の力というわけか」

 広がってゆく黒い膜を避けながらリオンは言った。

「我が国の聖書の記述に拠れば、旧式スクール水着は時空を操ることができたという。今の君は時間を止めることができるんだね」

 その通り、俺の広げた旧式スクール水着のオーラ空間――通称『天魔の時空間』は、時を止めるスク水魔術だ。この空間の中では、俺が指定したものを光速以下の速度なら全てゼロにすることができる。例えば、今作りだした空間では、人間の生命活動に必要な機能以外を停止させたのだ。

「時間停止魔術か。まともに戦えるのは光の速度を超えることができる僕だけだね。兄のほうは向こうの男を頼む。見るに、アレもなかなか厄介だ」

「任せてくれ」

 同じく『漆黒の時空間』外に立つ魔術師兄は、背後のスクール水着仙人へと向き直った。

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