第11-1話 リーゼ姫の度胸
昼過ぎ、地図の場所にある採石場。階段状の岩壁の中段に、ナオと小恋夜は磔にされていた。最下段の広場には魔術師兄が教団の教徒数名とともに、九十九折りになっている一本道の道路を監視していた。
「コードネーム、シニアブラザー様! こちらに向かって一台の車が猛スピードで突っ込んできています!」
教団の一人が大声を挙げる。
「来たか。とはいえ、馬鹿正直に敵地に姫を連れてくるヤツはいまい。おそらくアレは例の変態勇者だろうな。攻撃範囲に入り次第、迫撃魔術で迎撃するぞ」
「いや……あの服装とあの顔立ち、間違いない! 運転手は姫です!」
「なんだと!?」
魔術師兄は部下の手から双眼鏡を奪い取り、レンズを覗き込んだ。はるか遠くで走る車のフロントガラスにピントを合わせると、確かにリーゼ姫らしき人物がハンドルを握っていた。
「わざわざ向こうから囚われに来たというのか!? 裏をかいたつもりか、馬鹿な奴め。迎撃は中止だ。捕縛魔術で捕えるぞ。コードネーム、サバの味噌煮、サバの塩焼き、サバの刺身、至急準備しろ!」
「「「はい!」」」
チーム『サバ料理』は採石場の淵に用意されていたミサイル発射機の所定位置にそれぞれ移動した。
「捕獲用の転送魔術仕込みミサイルの準備ができました!」
「よし、放て!」
号令と共に、ミサイル機器の発射口から十数匹の魚型のミサイルが発射された。その形状はまさにサバそのものだった。放たれたサバたちは一度上空に跳ね上がった後、まるで生きた魚が餌を求めるかのように道路を走る車に目掛けて急降下した。地面への着弾ともに爆風が巻き上がる。
「やったか?」
「いえ……全弾回避しています!」
車は狭く険しい道を蛇行しつつも、ギリギリの捌きで魚雷ミサイルを回避していた。
「意外とやるようだな。だが、温室育ちの姫だ。今の一撃で精神的に参っているはずだ」
「リクライニングに寝そべったまま、片足でハンドルを動かしてます!」
「姫が!?」
双眼鏡を覗くとそこには腕組みをしたままヒールを履いた足で運転する姫の姿があった。
「ええい、アレは空元気だ! 内心はびくびくしているに違いない! 第二陣を放て!」
「はっ!」
号令と共に、先ほどの二倍の量の魚雷ミサイルが放たれた。再び道路に爆風が巻き上がる。
「今度こそやったか!?」
「全弾回避されました!」
「なんだと!?」
「私は今凄い神業を目撃しました! あれはまるで人の動きを見ているようでした。例えていうならば、まさにアメリカンフットボールの名クオーターバックのごとき軽やかな動きで、あの車は降り注ぐ魚雷の猛攻を全て避わしたのです!」
「そうはならんやろ!」
魔術師兄は無駄に文才を駆使した表現で報告してきた部下の襟首を捻り挙げた。
「姫だぞ!? 男気がありすぎるだろ! 何か変化はないのか!?」
「変化はあります!」
「ほんとか!?」
「グラサンです! 爆風の中で掛けたのでしょうか。真っ黒のグラサンを掛けて、依然片足で運転しながら余裕の口笛を吹いています!」
「クソガアァァ! あのクソ女ナメテヤガルウウ! オイ、第三陣を用意しろォ!」
「もう迎撃用の魚雷ミサイルしかありません!」
「うるせエ、そいつをブチかまセェ!」
「は、はっ!」
先ほどのミサイルと比べて一際目の据わった魚雷ミサイルが射出される。ミサイルの流星群が姫の運転する車に向かって上空から大量に降り注ぐ。
「殺ったか!?」
「いえ……多少破損していますが、動いています! 勢いそのままに……今本陣に突入されました! こちらに向かってきます! それに手に持っているのは、しゅ、手榴弾!? そのピンを抜いて……ひいぃ!」
間近に迫る車体に恐れをなしたサバの味噌煮は車から背を向けて走り逃げていった。彼だけではない。サバの塩焼きとサバの刺身も一目散に逃げだしてゆく。
「くそ、敵前逃亡だと! このアニサキス入りサバ料理が! だが、一流の魔術師である私が怖気づくと思ったか! 突進などサイコキネシスで止めてくれるわ!」
時速百キロで迫ってきた車体を、魔術師兄は超念力で受け止めた。その最中、彼は車の天井に開いた穴から何かが飛んできたのを視界に捕えた。スプレー缶のようなそれは、感圧テープを吹き飛ばし、噴出孔から強烈な白い煙を噴き出した。
「ごほっ、ごほっ! す、スモークグレネードだと!? 煙に乗じて人質を取り返すつもりか!? 舐めた真似を! この程度で私からは逃げられると思ったか!」
魔術師兄は目を瞑り、不可視の力に感覚を委ねた。蜘蛛の巣のように網状に広げたサイコキネシスのネット。その一端が地上を駆けるドレスを捕まえた。後は簡単だった。まるで足縄に一本釣りされるようにそのドレスの人物はふわりと宙に浮き、あっという間に魔術師兄の眼前に逆さ吊りにして捉えられた。
「ははは! 手こずらせやがって! だが、私と直接戦おうとしたのが運の尽きだったな!」
「………………」
「貴様、囚われたというのにやけに静かだな。今までの挙動にその落ち着き様、温室育ちの姫とはまるで思え……はっ!? まさか!?」
魔術師兄は宙に浮かぶ彼女の顔面を片手で掴んだ――ところで、その顔に施されていた特殊メイクがベリベリと剥がれた。露わになったのは、端正整った顔立ちの青年だった。
「だ、誰だ、貴様はアアアァ!??」
「しがないスクール水着仙人だ」
青年がドヤ顔で名乗ると共に、魔術師兄は背後で爆音が響くのを聞いた。
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