第9-2話 スクール水着の試練(2)

「がぁあああああああ」

 あれから数時間経ち、仙人が言っていたことが脅しでもないことを俺は身体で理解していた。致死性の毒物でも食っちまったのかってみたいに内側から壊されていく感覚。細胞の一つ一つが破裂してるんじゃねえかって激痛と、俺は一体どうなっちまうんだって恐怖に心が蝕まれていきやがる。

「心を強く持つんだ。肉体へのダメージはスクール水着の治癒能力によって回復する。問題は精神だ。どんなに苦しくても決して負けを認めるんじゃないよ。その瞬間、意識がスクール水着に取り込まれてしまうから」

「すま、ねえ」

 この数時間の間、スクール水着仙人はずっと傍で語り掛けてくれていた。相変わらずの抑揚のない声だが、その一言一言に心が込められているのは、なんとなく分かった。

「考えは変わっていないかい」

「?」

「後悔、してるんじゃないかと思った。あのとき、分からないと言ったから」

 無表情の裏に、暗い感情の揺らぎを感じる。彼の抱くソレが罪悪感であることに、俺はなんとなく気付いていた。

「変わんねえよ!」

 だからこそ、俺は力強く返した。この激痛の中でも、あの決意は変わらないことを。その迷いのない声に、仙人は顔を挙げる。

「あれから少し考えてたがよ……要するに、なんのために他人のために頑張るかって話だろ。あのな、人が他人のために頑張る動機なんて知ったことじゃねえよ。当たり前のように人を殺す人間だっているし、当たり前のように人を救おうとする人間もいる。お前だって、何の関係もない俺を今助けてくれているじゃねえか。それと同じだ。俺が助けたいから助ける。動機なんざそれだけしかねえんだよ」

「………………」

「そう暗い顔すんなよ。何も死ぬって決まってるわけじゃねえんだろ。ただ身体と心の痛みを耐えていればいいだけ。やることもなすべきことも用意されている。だったら、後はやるべきことをやるだけ。そうだろう?」

「それは、そうだけれど」

 仙人のタオルを絞る手が止まっている。

「そりゃあ、関係ないヤツのために命まで賭けちまうヤツは馬鹿だろうよ。だが、世界は広いんだ。一人くらいそういう馬鹿なヤツがいてもいいだろ」

「――――っ」

 俺のその言葉を聞いた仙人は、なぜだか知らんが目を見開いた。

 ……おい、なんだその尊敬するような目は。やめろ、恥ずかしいだろ。

「それにこんなの六歳のころにお袋に受けた待遇に比べれば、天国みてえなもんだ」

「君の母親は一体どういう人物なんだ」

 呆れたように、仙人は呟いた。けれど、彼のタオルを絞る手が強くなっている。彼の心の中から何か迷いがなくなったような、そんな気がした。

 

 ◇


 暗闇の中で目を覚ます。

 あれだけひどかった激痛がさっぱり引いていた。まさか身体がスク水になってしまったのか!? 焦って自分の二の腕を擦る。手がある、足もある……! よかった、スク水になってしまったわけではないようだ。ほっと一息ついたところで……気付いた。俺の着ているスクール水着がキラキラと輝いていた。

「これは……」

「試練を乗り切ったようだね」

 暗がりから声がした。そこに立っていたのは、スク水仙人だった。

「おめでとう。君はスクール水着の二次形態の――その入り口に辿りついたんだ」

 仙人の声に、改めて自分の着ているスクール水着に手を当てる。紺色に輝く衣装からは、どくんどくんと心臓の拍動のような新しい息吹を感じる。だか、この感じは……。

「気づいたようだね、そのスクール水着はまだ臨界状態だ。いわば、1.9次形態と言ったところか。次の段階に至るにはまだ不安定で、時が過ぎれば元の一次形態に戻ってしまうだろう。……そもそも第二形態の能力は君の力では引き出せない。君にはスクール水着を扱う知識と経験が絶対的に不足しているのだから。一般人が最新の戦闘機を手に入れても操れないように、真の姿のスクール水着を使いこなすには最低限の知識と経験が必要なんだ」

「そんな……」

「――だから、僕は君にこれを託そうと思う」

 そう言って差し出されたのは、一枚のスクール水着だった。

「これは……お前の……!」

「僕のスクール水着には、僕が生まれてから積み重ねてきた知識と経験が全て詰まっている。この水着を君のスクール水着に合成すれば、君のスク水に秘められた能力を存分に引き出すことができるだろう」

「でも、それはお前の大切なスク水なんだろ!? なんでそこまでしてくれるんだ……!?」

「君の生き方は、僕がずっと憧れていた生き方だから」

 仙人は目を閉じた。

「僕には生まれながらスクール水着の声が聞こえた。幼いころからスクール水着に世間一般で語られる以上の力が秘められていることに気付くことができたんだ。僕は一人その膨大な力を手にすることができた。けれど、今の僕は自分の手の届く範囲の者しか……いや、手の届く範囲ですらまともに救おうとしないくらいには落ちぶれてしまった。なぜだか分かるかい?」

「……いや」

「怖かったから」

 そう言うと、仙人は目を開き、ぼんやりと天井を見上げた。

「小学生の頃、まだ僕がスクール水着を衣服で隠していた頃の話だ。僕は、上級生にいじめられていた友人を助けたことがある。トイレに沈めたモップの先を、口に詰め込まれているところを偶然目撃したんだ。……幼稚な悪意はコントロールされないゆえに手加減はなく、必要以上に悪質なやり口になる。当時の僕は激昂していたこともあって、彼ら上級生五名を少しこっぴどく痛めつけてしまった。後で聞いたところによると、誰も彼も腹部の肉が抉れ、手足の骨が折れていたらしい。その事件は瞬く間にクラスに広まった。結果、今度は僕がいじめられるようになった。直接手出しはされなかった。ただ空気のような扱いを受けた。陰では不気味だと、怪物だと言われ……蔑まれてきたんだ」

 天井を見つめる仙人の瞳がかすかに潤む。

「以来、僕はこの力を行使することに恐怖を覚えるようになった。……それでも、人にはないこの力を誰かのために使おうとしてきた。孤独を恐れていた。僕なりに正義を貫こうと頑張ってきた。だから、色々なことをしてきたよ。国内外のボランティアに参加したり、青年海外協力隊に入ったこともある。でもね、いつでもどこでも僕の持つ人知を超えた能力を見た者は、敵味方問わず僕から離れていったんだ。もちろん理解してくれる人もいた。けれどそれは少数派だ。多くの人の瞳に灯っていたのはいつも恐怖だった。皮肉なことだろう。誰かを助けようとするたびに、僕は孤独になるんだ」

 仙人はぎゅっと握った拳を力なく開いてみせた。

「でもね、僕の心は昔から変わらないんだ。強い力は誰かを護るために存在する。僕は今でもそう信じている。『高貴であることの義務(ノブリス・オブリージュ)』なんていうほど大袈裟なものじゃないけれど、強き者は優しき者であるべきだって、今でも僕はそう信じているんだ」

 そして、君はそういう勇者なんだろう? と、仙人は俺を見つめてきた。

「だから遠慮する必要はない。僕と違って君には世界を救う資格がある。何せこの世の神様のお墨付きなんだから」

 そこまで言うと、仙人は自らのスク水を取るよう示すように、俺の瞳を見つめてきた。

 そのまなざしに応えるように、差し出されたそのスクール水着を握ると――、それは瞬時に紺色に輝く粒子となった。そして、その光の粒が俺の着ているスク水に吸収されていく。

「う、ああああっ」

 その光を受け入れると、止めどないほど膨大な記憶が脳裏に流れ込んできた。それはスクール水着仙人の人生だった。頭で理解するだけじゃなく、情動を伴った記憶。スクール水着の持つ強大な力に迷わされてきた青年の一部始終。その全てを体験し終えた俺は、仙人の手を握って真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。

「この力、決して無駄にしない」

「当然だ。そうでないと献身した甲斐がないよ」

 そう言った仙人はとても温かな笑みを浮かべていた。

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