第9-1話 スクール水着の試練(1)
「すまねえな、姫さん」
「元はと言えば、私のせいですから」
寝室に着いた俺は姫さんの肩から腕を離して、シングルベッドに寝ころんだ。
「前回とは逆の立場になりましたね」
「そうだな」
……どうでもいいが、すげえ寝心地いいベッドだな。
これ、ぜってー高い奴だろ。
「大丈夫ですか、勇者様」
「ん?」
「あの、辛そうな顔をしていましたので」
「気にしすぎだ。こんなの俺が今まで親から受けてきた仕打ちに比べたら毛ほどもねえよ」
「そうですか……?」
「ほんとだ。あの鬼畜ゴミ虫クズ野郎どもの扱いに比べればまるで天国みてえなもんだ」
「そ、そんなにひどいご両親なのですか?」
「ひでえのなんのって。今度帰ってきたら首根っこひっ捕まえて顔面でコンクリート耕してやるぞ、いやマジで」
「ず、随分やんちゃなご両親みたいですね」
やんちゃってどころじゃねえんだよなあ。
あいつらの悪行を語り始めたらキリがねえ。例えば、五才のころ、四百グラムのプレーンヨーグルト箱一つに「これでしのげ」と書かれたメモ帳を残して夫婦二人で一週間もフランス旅行に行きやがったんだぞ。当然ヨーグルトは数日でなくなって、以降、冷蔵庫の残りカスや塩水、その辺に生えてる雑草や木の根を食ってなんとか生き延びたんだ。挙句、予定を三日も延長してやっと帰ってきたかと思ったら、朦朧とする息子の目の前で旅行の土産を広げて延々と夫婦愛を垂れ流してきやがった。
「意識を失う直前にさ、悟ったぜ。こいつら親じゃねえ悪魔だって」
「でも生活費とかは入れてもらえるんでしょう?」
「……ヤツらにそんな殊勝な心はねえ。生活費は全部ナオのバイトで工面してるよ」
「そ、そうだったのですか。勇者様も苦労なさっているんですね……」
「あー、言うほどじゃないぞ? 苦労つっても人並み程度ってくらいだ。あいつのバイトは割が良いのが多いからな。この前とか街中に逃げ出した虎を確保するだけだったし」
「虎!? トラって、あの虎ですよね!? それを捕まえるなんて命がけじゃないですか!」
「そうか? 虎なんてしゅっと回ってトンで終わったぞ?」
「しゅっと回ってトン!?」
「首元をさ、素早く手刀で打撃するんだ。大抵の生き物はそれで大人しくなるからな。あいつの親の会社って結構グレーなことしてるらしくてさ。色々と社会的にアウトな問題が起こるらしい。そういうのって、誰にでも頼めるわけじゃないだろ? だから、労力の割に賃金がいいんだよな。一か月前のマフィアの鎮圧とかなんて数十分で数百万貰えたしな」
「マフィア!?」
「ああ。ナオの親父の会社がヨーロッパの縄張りを荒らした報復で日本にやってきたみたいでさ。大きな問題に発展する前に解決してほしいって依頼が来て、簡単そうだったし引き受けたんだ」
「それで、あ、あの、お怪我とかは……」
「ないない。ボスはちょっと強かったけどさ。刀は掴めばいいし、弾なんて避ければいいだけだしな。怪我負う理由がないって」
「そ、そうなんですか? マフィアって案外弱いんですね……」
「一般的には強いって言われてるけど、俺はそうは感じなかったな。……まあ、古聖森々学園は結構特殊だって聞くから、俺の感覚の方がズレてるのかもしれないが」
「そ、そうだと思いますよ?」
なんせ全世界のカルマを一元管理する学園だなんだとか言われてるしな。
「まあ、そういうわけで、色々と慣れてるから気にする必要はな……づっ……!」
「勇者様!? 大丈夫ですか!?」
「い、でぇ……」
おどけてみせようと反らした背中に鋭い痛みが走った。くっそ、罅でも入ったんじゃねえか、ってくらい痛え。
「ごめんなさい……私のせいで、こんな目に……」
「姫さんのせいじゃないって言ってるだろ。俺が選んだことだ」
瞳に涙を浮かべる姫さんの頭を優しく撫でる。
「あ、あの、よければマッサージをしましょうか?」
「え? それは嬉しいが、姫様なのにできるのか?」
「私はマッサージ検定三段を持っているのですよ」
「段とかあんの!?」
「はい。昔日本に来たときに取得したのです」
「日本で取ったのか!?」
「三段には墨色帯、漆黒色帯、濡羽色帯、烏羽色帯の四階級がありまして、私は一番高い烏羽色帯級なのです」
「そりゃもう全部黒でいいんじゃねえか!?」
そこまで細かくグラデーション分けする意味ねえだろ。
「まあ、じゃあ、せっかくだからお願いするか」
「任せてください。私の腕にかかれば肩こりも一瞬でスライムですよ」
「ふにゃっふにゃだな」
仰向けになった俺の上に姫様が跨った。背中から伝わるお尻の感触にはあまり意識を向けないようにする。大した重さを感じないのは、体重を掛けないように心掛けてくれているんだろう。
「それではいきますよ」
「お、おお~!? なんだこれ、すげえ気持ちいい!?」
姫さんが俺の背中を押した瞬間、背筋に甘い快楽が走った。なんと例えればいいのか、ぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が一気にほどけたような、不要なものが消えてなくなった快感だ。
「うふふ、お気に召しましたか?」
「ほんとすげえ。いや、正直舐めてたわ」
「もっと気持ちよくしてあげますよ」
「うおお~!?」
一流のピアニストを想わせる指捌きで、次々と俺の気持ちいいところをほぐしていきやがる。細い指が腰に押し込まれるたびに、嬉しい悲鳴が口から飛び出ちまう。こりゃ一気にスライムになるわけだわ。しかし、だな。
「あの、姫さん」
「………………」
「お尻は揉まなくても大丈夫だぞ?」
「ふええええええ!?」
意識を取り戻したように、姫さんは慌てて両手を挙げた。
「ご、ごめんなさい!? その、無意識でしたあああああああ!?」
「お、おう?」
予想以上に狼狽える姫さんに、俺は目を丸くする。
「いや、尻は痛くないからマッサージしなくていいって意味だったんだが」
「ふえ……?」
姫さんの動きがピタリと止まる。
「そうですか、そうですね、そうですよね。お尻は痛くないから揉まなくてもいいと伝えたかっただけですよね。何も狼狽える必要はないですよね。私もお尻を触りたかったとか、そんな気持ちは一切なかったのですから」
「うん?」
「しかし勇者様。この……お尻なのですが、痛みはないようですが、実はこの辺りが原因で腰に痛みが発生している気がします。いえ、そうに違いありません」
「そうなのか?」
「……そうなのです」
「じゃあ、その辺りも頼んでいいか?」
「はいっ、じゃあ、押していきますねっ」
姫さんが声を弾ませて頷くと、その掌が俺の臀部へと移った。そして、ゆっくり……というかねっとりとした感じで臀部を揉み扱いている。……ん、確かに腰の下辺りも気持ちいいな。
「はあ……はあ……」
ん、んー?
「さっきから息が荒いみたいだけど、しんどいんだったら無理にしなくていいんだぞ?」
「そんなことないです! むしろ、こう、幸せみたいな?」
「?」
よく分からないが、姫さんがいいならいいか。
「うーん、気持ちいい。それにしても美人でマッサージも上手いなんて、ほんといい女だな……これで胸があればなあ……」
「ずっと思っていたのですが、胸で女性を判断するのは失礼ですよ」
「そうなのか?」
「そうです。勇者様は胸のない女性にも興味を持つべきです」
「貧乳に興味か。ラケットなしでテニスしろって言われてる気分だな」
「……………」
なんだその底なしの深淵を覗き込んだかのような絶望顔は。
「むうー、勇者様は変わりそうにありませんね。こうなれば母国に帰ったら豊乳の術を探してみるしか……うあ、あ!?」
「お、おい!? 大丈夫か!?」
背中に乗った姫さんの体がぐらりと揺らいだ。彼女は無防備な体勢のままベッドに倒れ込む。
「待て。君が近づいたらだめだ」
事態を聞きつけたのか、寝室の扉が開いて仙人が入ってきた。
「峰樹くんはそのままに。姫様だけこちらに来れるかい」
俺が頷くと、姫さんはふらふらと仙人の方へと歩いていった。
「姫さんは大丈夫なのか!?」
「ちょっとスク水の波動に当てられただけだ。少し休めば回復するよ。ん、やっぱりスクール水着性放射能が出始めているね。これから先はスクール水着を着ていない人間には荷が重い。ここからは僕が面倒を見よう。ただ一人暮らしなんでベッドは一つしかなくてね。リビングにソファーがあるから、姫様はそこで休むといい」
「でも、勇者様が……」
「俺は大丈夫だ。おかげでかなり楽になった。姫さんは自分の身体を休めてくれ」
「そうですか……。私、ずっと祈ってますから」
「おう。俺もぜってー乗り越えてみせる」
「……はい!」
姫さんは弱った足取りで扉の傍まで歩いていくと、行儀よくお辞儀をして静かに扉を閉めた。彼女の足音が遠ざかったのを聞き届けると、俺はベッドに身体を倒した。
「うぐ……!」
「やっぱり強がっていたんだね。さて、君一人になったところで話がある」
スクール水着仙人はベッドの傍まで寄ると俺の方へと向き直った。
「ここからは今までの苦しさとは比にならない。今の辛さはマックスの三割程度。直に本当の地獄を体験することになるだろう。そして……ここが分水嶺だ。今のタイミングなら第二形態を会得できずとも、元の状態には戻すことはできる。あのお姫様は君の命を心から心配をしていた。第二形態を会得できずとも、君の命さえ助かったのならきっと納得してくれるよ」
「それは、できない。俺には助けなければならない人たちがいるんだ」
「君の事情はスクール水着の記憶を読んだから知っている。あの姫様のお兄さんは無駄な殺生をしない人だった。ならば、たとえ戦いに敗れて連れ去られたとしても、事が終われば人質は無事に解放してくれるんじゃないかい」
「ダメだ……それじゃあ、姫さんの国が救えない。姫さんは自分の国のことをとても大切に想っている。これ以上、被害を出したくないという気持ちも、親友を助けたいって気持ちも本物なんだ。もしそれが叶わなければ姫さんが悲しむ……!」
「今は自分の命がかかっているんだよ。姫とは出会ったばかりの関係だろう? 君が命を賭ける理由はないんじゃないか?」
「………………」
仙人の言葉に目を瞑る。
「君は今までなんのために戦ってきたんだい」
「……単なる成り行きだ」
「成り行きで命を賭けるというのかい。その決断はまっとうじゃない。一度、冷静に考え直してみたらどうだい。本当に君は彼女のために命を賭ける必要があるのかどうか」
「…………分かんねえよ」
お前の言う通りだよ。改めて考え出すと、やらなくていい理由ばかりが思い浮かんできやがる。それでいて、やらなければならない理由が全然出てこねえ。むしろ、なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだって被害妄想すら浮かびやがる。けれど……、
「俺は彼女を悲しませたくはねえ。今言えることは、それだけだ」
「………………」
スクール水着仙人は、相変わらず無表情だった。
「分かった。僕は止めないよ」
仙人はベッドの脇にある椅子を引いて座った。
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