第7-2話 スクール水着仙人(2)
かくしてスク水仙人との邂逅を果たした俺達だったが、彼は店の仕事があるとのことで、ひとまず俺達はファッションビル備え付けの従業員休憩室に案内された。廊下を行き交う従業員たちの移ろいを眺めながらしばらく待つと、スタッフオンリーの扉が開き、スクール水着仙人がやってきた。
「随分待たせてしまったね」
「いや、勝手に押し掛けてこっちのほうが悪かった」
「お詫びと言ってはなんだけど、紅茶を振る舞ってあげよう。うちで取り扱ってる商品の一つで、深みのある味が特徴的な茶葉でね。お店に遊びに来てくれる女子大生にも人気なんだ」
そう言うと、仙人はブルーイタリアンの模様が刻まれた陶磁器のティーカップを二つ、テーブルの上へと置いた。そして、同じデザインで飾られたティーポッドに、壁際に設置された魔法瓶でお湯を注いでいく。ほんといちいちセンスがお洒落だな。服装を除いてだが。
「紅茶は蒸し方が大事でね。蒸し具合一つで味も香りもころりと変わってしまうんだ。スクール水着と一緒だね」
「意味が分からん」
「茶葉は適度に蒸さないと風味が逃げるってことですよ」
「いや、そっちは分かる」
なんでだろう。同じ日本語なのにコミュニケーションが凄く難しく感じるんだが。
「さあ、お二方召し上がれ」
華麗な所作でティーカップに紅茶を注ぐと、仙人は一流の執事のごとく恭しく頭を下げた。俺は訝しげながらもその取っ手を握り、やや警戒しつつもカップの縁に唇を触れる。
「おお!? 美味い!?」
それは俺の疑心を取り払うくらいには美味しい紅茶だった。口当たりはアップルティーに似た味だが、ほんのり甘い感じがして、なんだかとても安心感を覚えてしまう。
「これは……カモミールティーですね。イタリアで有名なハーブティーでしたっけ」
「さすがはお姫様、博識だね。仰る通り、イタリアの老舗メーカーから直接取り寄せているカモミールティーだよ。湯気に乗って漂ってくる優しい香りにはリラックス効果や安眠効果があるんだ。また、カミツレの茶葉にはカフェインが入っていないから、カフェインが苦手な女性や子どもでも楽しめる。コーヒー好きなイタリア人が安眠のために健康を気遣って飲んでいたものだから、とても健康的だって女性によく売れるんだ」
「そうなのか」
……しかし、女性向けファッションビルの休憩室で女子のスクール水着を着た男二人とドレスを着た女性が向かい合って座る図って傍から見たらすげえシュールだろうな……。
「さて、そろそろ場も温まってきたところだし、本題に入るとしようか」
温まってはいないと思うが……。
「まあいい。いちいちツッコんでたら実が持たねえ。ともあれ、どこから話せばいいものか」
「かくかくしかじかでも通じるよ」
「いや、それじゃ無理だろ」
ニュアンスが欠片もねえんだぞ。
「スクール水着のポテンシャルを舐めてもらっては困るよ。君のスク水を見ただけでも少なくとも昨日今日で起きたことはほぼ全部把握したよ」
「マジかよ」
「当然さ。伊達に仙人と呼ばれてはいないよ。この世に僕ほどスク水のことを知り尽くした人間はいないからね。なにせ生まれた時からスクール水着を着ていたんだから」
「それは嘘だろ」
「ほんとほんと。お腹から取り出された時点ですでに着てたんだから」
「マジかよ!?」
「嘘だけど」
「やっぱ嘘かよ!」
……くそ、無表情だから悪意があるのか分からねえ。
「でも、事情を把握したというのは本当だよ。スクール水着だって生きているからね。その声に耳を傾けるだけで、大体のことは理解することができるんだ。ほら、君も耳を澄ませてみるといい。君にはスクール水着の声が聞えないのかい?」
「なに!? こいつに意思があるのか!?」
「ないけど」
「………………」
こいつ、人をおちょくってるだけなんじゃねえか……?
その時、紅茶を啜っていた仙人の指が止まる。
「ちょうどいい機会だ。見せてあげるよ」
「何を?」
「僕が仙人と呼ばれる所以」
そう告げるや否や、仙人は立ち上がり休憩室の窓を開けた。窓の外を見たまま、片手で俺たちを手招きする。彼が指さしているのは、数百メートルほど離れた十字路だった。先ほど店内で話をしていた女子高生二人がブランド物の紙袋を片手に青の歩道を歩いていた。そうして、彼女らが横断歩道の中央に差し掛かったとき――突如、車道を走っていた一台のトラックが急カーブで突っ込んできた。
「あぶねえッ!?」
俺が声を挙げると共に……仙人の姿が消えた。
次の瞬間、視界の先、女子高生達のいる十字路で、仙人がトラックの車体を片手で受け止めていた。
「え、え、えええ!?」
戸惑いを隠せない俺を尻目に、当の仙人は腰砕けして横断歩道に尻もちを着いた女子高生らを飄々とした態度で慰めている。
「ただいま」
「うおおおお!?」
気付くと十字路にいたはずの仙人が背後に立っていた。
「なんだ、今のは!?」
「驚くことじゃないよ。未来予知と瞬間移動と身体強化。これくらいスク水を極めれば誰でも簡単にできるようになることだ」
「マジかよ」
なんだこいつ、本気で極めてやがるじゃねえか……!
「僕の実力を信じて貰えたみたいだね。そして、君は強くなりたいんだったね。僕でよければ是非協力しよう」
「いいのか? 初対面なのに」
「気にしなくていいよ。困っている人を助けるのは人間として当然のことだから。それにスクール水着が好きな人に悪い人はいないしね」
好きでやってんじゃねえ、と反射的に出そうになった怒声を寸でで飲み込んだ。
「見たところ、君にはまだ解放されていない力があるようだ。僕ならそれを覚醒することができるだろう。当然、幾分かの苦しい修行は必要になるけれど」
「すまんがお願いできるか?」
「つらいよ?」
「上等だ」
「ふむ、それでは。買い物に行ってくれ」
「おう! ……おう? この姿でか!?」
「買い物リストはこのメモ用紙に書いてあるから」
にんじん、じゃがいも、たまねぎ……ってカレーの材料じゃねえか!
「僕にはまだ仕事が残ってるから。購入したらこの場所に着てくれ」
「ここって……高級マンションじゃねえか」
スマホに送られてきた住所を見て目を剥く。仙人のくせに高いとこに住んでんだな……。
「じゃ、また後で」
そう告げると、無表情のまま仙人は自店のセクションへと戻っていった。
「う、マジか……? マジでこの姿で行くのか……?」
「勇者様、私もついていきますから! 頑張りましょう!」
「くっそ、行ってやるよ!」
意味がなかったらぶち殺してやるからな……!
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