第三章
第6-1話 新たなる力へ(1)
気が付くと淡い光の中にいた。明かりのついていない部屋の中を、地面に描かれた魔法陣の光が照らしている。深緑色のカーテンの隙間から外の景色が見える。そこには十数階ほどの高さから眺めるゴテゴテとした都会の街並みが広がっていた。どうやらここはマンションの一室のようだった。
「ここ、は」
「私の隠れ家の一つです」
姫さんが光を失った魔法陣の上に横たわっていた。
「間一髪でしたね」
「おい、大丈夫か!?」
「すみません……、あの魔法……王家に伝わる魔法は、生命エネルギーを大量に消費するんです……。少し、動けない……」
荒々しく息を切らせながら姫さんは微笑んだ。俺を心配させじとしているのが一目で分かる、強がりの笑みだった。
「すまん、おかげで助かった。……肩を貸すぞ」
「え!? そ、その大丈夫ですよ!?」
「気にすんな。ほら、とっとと捕まれ。しっかりと横になれるところまで移動するぞ」
「は、はいっ」
埃被った床に膝をついている姫さんを抱き起こす。そのまま俺の肩に捕まるよう促すと、姫さんは少しおずおずとした様子で身を預けてきた。……くそ、こんな事態だってのに、女性特有の柔らかい感触にドキリとしちまう。
「勇者様こそ大丈夫ですか。顔やお腹をひどく殴られていましたが」
「何とか。このスクール水着は回復力も底上げしてくれるみたいだな」
特にお腹の方は内臓までやられていたはずだが、すでに痛みは引いていた。おそらく傷も塞がっていることだろう。
「すまんな、姫さん。友人を助けられなくて」
「いえ、勇者様が時間を稼いでくれなければ全員捕えられていましたから」
姫さんは長い髪を指先で弄っている。
「名前」
「え?」
「さっきはリーゼって呼び捨ててくれました」
「え? あ、そうだったか。すまん、切羽詰ってたからな」
「いえ、怒っているわけじゃなくて……その……もっと、言ってもいいんですよっ?」
「へ?」
「な、なんでもないです」
姫様は頬を真っ赤に染めた。
そうして寝室らしき部屋に着くと、俺は一つだけあるベッドの上に姫さんを下ろした。よほど疲れていたのか、彼女は埃被ったシングルベッドの上にぐたりと横になった。
「うぅ……ごほっ、ごほっ」
「おい、大丈夫か。水とかないか見てくるぞ」
そう言い、部屋の外に出ようとして、姫さんにスクール水着の裾を引っ張られた。彼女は口元を手で覆ったまま、俺の顔を見つめて首を振っている。その物寂し気な表情に……俺は別室に向かおうとしていた足を止め、姫さんの隣に腰かけた。
「あの……ありがとうございます」
「ん、傍にいて欲しかったんだろ。気にするな」
「……はい」
その声色には少し熱が籠っているように思えた。だからなのか、横になったまま、姫さんの手が俺の太腿の上に伸びてくる。俺は、その一回り小さい掌をぎゅっと握り絞める。
「そういえば、今日は戦闘が終わってもスクール水着を着ているんですね」
「脱ぎたいのは山々なんだが、無理をしたせいか脱げないみたいだ」
「脱ぐ必要なんてないですよ! 似合ってるんですから!」
「嫌だ……」
泣き出しそうになる俺に、姫様はきょとんと首を傾げた。
……そんな無邪気な姫さんを見てると、なんだかこっちも気が抜けてくるな。
「休んだらあいつらを助けに行かないといけないな。とはいえ、ずっと俺の家にいるわけがないだろうしな。ヤツらの居場所も分からない上に、あの実力差じゃあ、助けに向かったとしても二の舞になりかねないが……」
「あの、その件なのですが……」
「何か術があるのか?」
「はい」
姫さんはゆっくりと身体を起こし、俺の隣に腰かける。
「手段が一つだけあります。ずばり、スクール水着仙人に教えを乞いに行くしかありません」
「なんだその聞くからに気持ちの悪い奴は」
割とガチでドン引く呼称だぞ、それは。
「まあいい。で、その仙人とやらはどこにいるんだ?」
「すみません、肝心の居場所は私達もまだ探している最中なのです。ただ諜報部隊からの報告によると、現時点で有力な場所が二か所あるみたいです。一つは富士山です。富士を山頂まで登り、火口付近に隠された横穴から迷路のように続く長い洞窟を超えた先にスクール水着の楽園があり、そこに住んでいるとの噂です」
「それは中々骨が折れそうな場所だな……。もう一つは?」
「東京新都心です」
「んん!?」
「東京新都心駅から直通の地下通路を通って徒歩五分ほどのところに高級ファッションビルがあります。そこでセレクトショップの店長をしているという噂です」
「まさか店ん中で堂々とスク水着てるっていうのか!?」
「はい。噂ではイタリア製のアンティークな家具を中心に取り扱いながらもその他雑貨もなかなかの品揃えで、休日に付近を訪れる女子大生やOLに特に人気なのだとか」
「え、えぇ……なんでそんなやつがスク水着てるんだ……?」
「えっ、ファッションじゃないんですか?」
「姫さんに聞いた俺が馬鹿だった……」
「なんでそんなこと言うんですかー……!」
姫さんはぷっくりと頬を膨らませて、手を振ってみせた。
「まあ、何はともあれ候補があるだけまだマシか。後はどっちから探すかだが」
「効率を考えると近い方から行くべきでしょうね」
「新都心か……」
正直、そこにいる気が一切しないんだが。
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