第5-5話 VS白銀のスクール水着!(2)
「おい……クソ男。ここは私が時間を稼ぐ。貴様は姫様を連れて逃げろ!」
そう耳打ちしてきた小恋夜の声が震えている。
「小恋夜、君に僕の足止めはできないよ」
「盗み聞きとは人が悪いな。何を企んでいるかは知らないが、貴様のことだ。姫様を強引に連れ去ろうというのだろう? そうはさせないぞ!」
「そう言っても、すでに勝負はついているんだけどね」
「なに? ……ぐはっ!?」
次の瞬間、小恋夜の全身に紅い傷が奔った。
ほんの刹那の間に、ヤツが小恋夜の全身を切り刻んでいたのだ。
「やるじゃないか……! だが、私を甘く見たな……!」
「……む、わずかに動いて急所を躱したか。天聖(しろすく)モードは手加減が難しいのが難点だね。しかし、実力差は理解しただろう? 大人しく倒されてくれると助かる。中途半端に抵抗すると余計痛むことになるよ」
「余計な世話だ……!」
愛刀を杖にして小恋夜はゆっくりと立ち上がる。
交戦して数秒も経っていないのに、彼女の体はボロボロだった。
「次は私の番だ。貴様相手に出し惜しみはできまい。全力でいくぞッ!」
無数の血の線が切り刻まれたその体で、小恋夜は愛刀を上段に構える。
「千の剣撃で万里を切り刻め――」
その詠唱と共に、実体を感じさせるほど強烈な幻影の刃が上空に浮かびあがる。その数はおよそ千本。魔装神器を着ている俺から見ても、その一刀一刀は禍々しいほどに研磨されている。
「――秘技・羅刹万花ッ!!」
小恋夜が乾坤一擲に愛刀を振り下ろす。連動して、宙の刃が動き出す。それは無数の刃雨となって、リオンへと襲い掛かる。――その瞬間、彼を切り刻もうとした千本の刃が、まるでガラスを割ったかのように一瞬にして全て砕け散った。
「な、に!? 私の奥義がこんな……リオン! 貴様、一体何をした!?」
「何も? 躱すのも面倒だったから、ただ動いて一刀一刀斬り伏せただけだよ」
「そんな馬鹿な、千を超える剣撃だぞ!?」
「驚くことはない。これが僕の力だ。君達の攻撃は決して僕には届かない。僕の攻撃は決して避けられない。なぜなら、
「マジかよ」
あまりの現実に、絶望の声が漏れ出てくる。
「くっ、クソ男、姫様を連れて逃げ――う、ぐっ!?」
逃避を推す声を出しきる間もなく、小恋夜が地面に崩れ落ちた。
「小恋夜ッ!」
「安心するがいい。峰打ちだよ。無駄な殺生は好まないのでね。僕が狙うのは、あくまでターゲット一人だけだ」
リオンのその紅い瞳が姫さんを捕える。
「くっそ! 逃げろ、リーゼッ! ここは俺が食い止める――ッ!」
その言葉を言い切る間もなく、俺の腹部を鈍い衝撃が貫いていた。『超光速』で動いたリオンに殴られたようだ。常人ならまず耐えられないだろう一撃。……しかし、俺は腹を殴りつけていたヤツの腕を掴み取っていた。
「何……? 君は今の動きが視えていたのか? ……いや、読んだのか。ふっ、やるじゃないか。しかし、天聖の攻撃力を甘くみたね。内臓、いくつかイッただろう?」
「うる、せえ……」
魔装神器のスクール水着を着ているにも関わらず、その衝撃を殺しきることはできなかったらしい。俺の口から赤い血液が流れ出た。
「勝負は着いただろう。腕を離せ。さもなくば次撃は手加減はしないよ」
「絶対離さねえよ……ッ! う、ぐはっ……!?」
目で追うことすらできない打撃が俺の顔面を叩きつけた。その衝撃に一瞬意識が吹き飛ぶ。
「今ので離さないのか。なかなかしぶといね」
だが……俺はこいつの腕を離してはいなかった。
「へっ、ただ腕を握ってるだけじゃねえ。重心を抑え込んでるんだ……! これなら、どれだけ高速で殴ろうと手打ちだろ……!」
「強がりはよしなよ。君は今僕の片腕を両手で押さえているんだよ。なら、これからどうなるかは分かるだろう? ――サンドバックだよ」
「ぐっ、あがっ、ぐはぁ……!」
見えない連撃が俺の顔面を殴りつける。片腕だけのパンチとは思えねえ速度と重さの打撃が、嵐のように俺を襲いやがる。耐えきってやるつもりだったが……こいつはさすがに厳しいぜ……!
かといって、他に手がないのも確かだ。今の俺の力じゃあこいつの片腕を抑え込むので限界だ。くそ、俺とこいつ、同じ伝説の武装をしているのに、第二形態になったってだけでこんなに差が生まれるもんなのかよ!? ……なら、俺も第二形態になれれば、あるいは……!
「う、うおおおおおおおおおお!!!」
殴られながらも、俺は強い意志を込めて叫び続ける! どうやるかは分からねえ! だが、俺にも可能性はあるだろ!? なら、発現しやがれ! 第二形態とやらよオオォォ!
「もしかして第二形態を発動させようとしているのかい? 無駄だよ。この形態を扱うのにはスクール水着を着たまま、何年もの修行を行う必要がある。奇跡的に今発現できたとしても、心と体がスクール水着の負荷に耐えられず廃人になるだけだ。そして、これでお終いだ」
「う……がぁ……っ!?」
俺の拘束がわずかに緩んだ隙を見逃さず、リオンは解放された右腕で俺の腹部を再び殴打した。堪えていた痛みがどっと押し寄せてくる。手痛いボディを喰らったボクサーのように、俺の身体がぐらりと傾き、そのまま倒れようとした、ところで――
「うおおおおおおおおお!!」
――叫び声が聞こえてきた。恐怖を押し殺して目一杯の勇気を振り絞ったような、勇ましい声。そんな風に俺たちに向かって突進してきたのは……ナオだった。勢いよく飛びかかってきたナオは、立っていたリオンを押しのけて俺の身体を支えやがった。
「ナオ……、お前、なんて無茶を……!?」
「僕は大丈夫……! 一般人だから、きっと手は出されないって思ったから! それより、い、今のうちに……君はお姫様のところへ行くんだ……ッ!」
ナオが指さす先を見る。姫さんのいるその周囲には幾何学模様の魔法陣が描かれていた。
「む、その魔法陣は!?」
「勇者様、早くこちらに!」
「――そうはさせないよ」
「くそッ!」
姫さんの呼び声に、俺とリオンは同時に走り出した。だが、天聖の速度には敵わねえ。先に魔法陣の傍に移動したリオンが、姫さんを捕まえようと腕を伸ばした。――だが、そのリオンの腕がバチリと弾かれる。魔法陣から溢れ出る光の膜が彼の腕を遮ったようだ。代わりに、姫さんの手が、遅れてやってきた俺の手をぎゅっと握りしめる。そして、円の内側に入った俺と姫さんの体が、ノイズがかるように消えてゆく。
「やはり王家の転移魔法か。厄介だが……次はないよ」
消え去る直前、リオンは小さな言葉でそう告げる。
……なぜだろうか。
そう呟く彼の表情は、どこか寂しげに感じられた。
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