第5-2話 白純小恋夜の登場(2)

 ……で、みんな一階の和室に戻ったところで。

「よし、今度こそ話に戻るぞ。えっと、どんな話をしてたんだっけ……」

「峰樹のエロ本の隠し場所についてもっといい場所がないか話してたところだね」

「んな話はしてねえよ」

「ナオさん。世界の平和について話し合っていたところなのですから。関係ない話をするのは不謹慎ですよ」

「そうだぞ、ナオ。ふざけるのもいい加減にしろ」

「……ちなみにどこにあるのですか?」

「なぜ掘り返す?」

「残念だけど、峰樹はエロ本を持っていないんだ」

「なんでお前が答えれんだよ!」

「そうですか……」

「なぜ悲しい顔をする?」

「悲しむのは早計だよ。峰樹だって一般的な男子高校生なんだ。女性に興味がないわけがないよ。普通に考えると、エロサイトを見て好みの写真をパソコンにダウンロードしているんだろうね」

「では、パソコンの中のどこにあるのかが分からないと拝見はできないんでしょうね」

「当然簡単には分からないところに隠してあるだろうね」

「待て。話の方向がおかしい気がするぞ」

「ミュージックフォルダの下の方の階層に保存してあるよ」

「何で知ってんだよ!」

 やめろよ、俺のプライベートを公に晒すのは! しかも、なんで姫さんは「いいこと聞いた」みたいに目尻を緩めてるんだよ!? 男の趣味暴いてなんの得があるっていうんだ!?

「おい、クソ男。いい加減にしろ。貴様のせいで話が進まないではないか」

「俺のせいか!? 俺のせいなのか!?」

 最近俺の人権が無視されて止まない気がするんだが!?

「そして、そこの俺のパソコンのユーザーネームとパスワードのやり取りしてる二人。いい加減にしろ」

 パソコンのパスワードは後で変えるとして……。

「本題に戻るぞ。確か、世界征服を企んでる教団の居場所の話だったよな」

「そうでしたね。では、小恋夜。アレを」

「はい、姫様」

 小恋夜は懐からなにやら小型の機械を取り出した。小さめのスマートフォンのような、タッチディスプレイのついた機械だった。小恋夜がソレを指先で弄ると、画面上にレーダーが映った。等間隔の縦横線が引かれたその画面上でいくつかの赤と青の点が光っていた。

「これはいわゆる受信機だ。光の点は発信機の場所を表している。これがあれば敵の居場所を手に取るように知ることができる。なにせ教徒全員に発信機をつけておいたからな」

「よくそんなことができたな……」

「私にかかれば造作もないことだ。潜入時の立場を利用すれば概ね全ての教徒と接触できたからな。なにせ給仕のおばちゃんに成りすましていたのだから」

「浮かなかったのか!?」

 若すぎるだろ。

「浮く? なぜだ? 教団内の給食のおばちゃんは平均年齢一八歳だったぞ」

「そりゃもはやキャバクラじゃねえか!」

 教団のくせして煩悩に塗れすぎだろ。

「峰樹、そんなこと細かいこと気にする必要ないだろ。話が進まないよ」

「細かくねえからな!」

 ……なんでみんな頷くんだよ! 俺が変なのか!?

「それよりほら、画面を見てみなよ。レーダーに反応があるよ」

 言われて画面を覗き込むと、確かに画面中央で二つの点が重なっていた。

「ん、この青い点はなんだ?」

「それは姫様の居場所だな」

「この赤い点は?」

「教団の幹部の位置だな」

「それが重なってるってことは、つまり……?」

 そのとき、ドガガガガガ、という地響きを感じた。何かが地中を動いているような振動。やがて地面から巨大なドリルが突き破ってきた。……俺の家のど真ん中を突き破ってきた。

「見つけたぞ! 姫よ!!」

 ドリルの先端が二別れして中から二人の男が現れた。どちらも特徴的なローブに身を包んでいる。うち片方には見覚えがある。昨日学校にゴーレムと共に現れた魔術師だ。

「先日は我の弟が世話になったな」

 もう片方の青年は、どうやら魔術師の兄のようだ。弟と同じく蒼い瞳をした青年だが、ショートヘアの弟に比べて銀の髪を肩まで伸ばしている。また身長も一回り大きい。年齢はおそらく二十代ほどだろう。だが、そんなことはどうでもいい。

「お、お、お……」

「ん?」

「俺の家えええええ!!! 自己紹介とか前口上以前に家ええええええええ!! マイハウス! マイハーウス! テメェ、なんつーことしてくれたんだ!! ローンが何年残ってると思ってんだ!? 弁償しろよ!? お前らほんとに弁償しろよ!?」

「いいぞ」

「いいの!?」

 なんだその無駄な寛容さは!?

「何を驚いているのだ? 人として当然のことじゃないか。魔術師たるもの。民間人に手を挙げるなどあってはならない。不慮の事態で巻き込んでしまったなら、その生活を保全するもの魔術師の使命だろう。だがしかし、その時まで被害者が生きていたらの話ダガナアァァァ!!」

「うおおぉ!?」

 魔術師兄が手をかざすと同時に、テーブルが一人でに動き出した。木製テーブルが、その上に置かれた小物を巻き込んで、外から圧力を加えられたようにベキベキと壊れた。これは、サイコキネシスか!?

「ヒャッハー! どうだ、我ガ魔術はァ! 皆殺シにしてやるわァ! ヒャ~ハッハァッ~!」

「なんだこいつ!? 性格豹変しやがったぞ!?」

「ふふふ! どうだ、凄いだろう! お兄ちゃんは幾ばくもの戦場を乗り越えてきた一流の魔術師だ! 優しい心を持ちながら激しい怒りに目覚め、戦場に身を投じるたびに何度もそんな経験を重ねた結果、いつの間にかそれがそのまま人格として定着した。ゆえにお兄ちゃんは……なんの前触れもなくいきなりキレる!」

「情緒不安定すぎだろ!」

 完全にPTSDじゃねえか!

「はっはっは! 死ネエェェェ!」

「うおぉぉ!?」

 叫び声と共に魔術師兄が手を向けると、地面に転がっていたガラスコップが破裂した。四方に飛び散った硝子の欠片が床や壁に突き刺さる。

「あぶねえ! おい、みんな大丈夫か!?」

「んー、お茶がうまい」

「なんでてめえはこの惨状で茶を啜ってんだよ!?」

 神経太い通り越して神経無えのかてめえは!?

「だって、峰樹には神様から貰った切り札があるんだよ。焦る必要がどこにあるっていうんだい。ほら、ちゃっちゃと変身して倒しちゃいなよ」

「う、うぅ……またあの姿になるのか……」

 事後対応含めて軽くトラウマなんだが……。とはいえ、こいつらにやりたい放題させていたら大変なことになるのも確かか。つーか、俺の平穏を壊しやがって……。

「もういい。変身してやるよ。覚悟しろ、てめえら」

「ままままま、またあの姿になるつもりか!?」

「おや、弟よ。緊張していないか?」

「し、してねーし!」

 なんだその気の抜ける会話は。

 まあいい、校舎以上の図体を持つゴーレムすら簡単に倒したんだ。魔術師とはいえ二人の人間に負ける気はしない。ナオの言う通りとっとと変身して追い払ってやる……と、そう活き込んだところで気付いた。

「変身ってどうやるんだ?」

「「「え?」」」

 ……周囲の視線が冷たく突き刺さる。

「いや、あの時変身できたのも偶然だったし……」

「…………」

「その、あれから変身しようだなんて気にもならなかったし……」

「…………」

「第一こんな矢継ぎ早に襲ってくるなんて思いもしな」

「ええい、この無能が! そこをどけ! 姫様は私が守る!」

 言い訳を述べ立てる俺を押しのけて、小恋夜が一歩前に出た。彼女は腰に携えた刀を抜刀して中段に構える。

「はははっ! なんだ貴様! あの力はまだ操りきれていないのか! ならば僕一人でも楽勝だな! 変態でなければ僕の魔術だけで十分鎮圧できるわ!」

 魔術師弟はバチンと指を鳴らした。すると、空中に無数の鉄槍が生成された。その槍先はさながらマシンガンの銃口を構えるかのように、俺たちに標準を合わせている。

「お、おい!? あんなのに適うわけが」

「ふっ、児戯だな」

「……え?」

 ふっと、小恋夜の姿が消える。気が付くと、わずかに離れた場所で小恋夜が愛刀を鞘に納めていた。次に俺が目撃したのは、空中で一つ残らずみじん切りにバラバラにされた鉄塊の槍だった。

「どうだ、こんなものだ」

「す、すげえ!?」

 こいつ、数十個は浮いていた巨大な鉄槍を瞬時に刻み捨てやがった。

「斬ることにかかれば私は天才だ。私にかかれば公民党すら政教分離されられる」

「危ない発言はやめろ!」

 政治的発言は慎んでくれ! 

「今の鋭い斬撃。聞いたことがあるぞ。リーゼ姫の側近には、とてつもなく強い女剣士がいると。噂によると、その女は百一年に一人の天才らしい」

「中途半端すぎだろ」

 そりゃ百年でいいじゃねえか。余りの一年はなんだ。

「ひゃ、百一年の天才? 百年と十年ってどっちが上だっけ??」

 弟の方は混乱しすぎだろ。

「案ずるな、弟よ。いかに天才と言えと噂も立ちすぎれば隙となる。アイツの弱点は知っているぞ。ほれ!」

「え? あっ、ああああああ!?」

 魔術師兄が小恋夜に掌を向けると、彼女の握っていた刀がバチンと弾けるように吹き飛んだ。飛び去った刀を魔術師兄がキャッチする。途端、小恋夜はその場にぺたんと座り込んだ。彼女は両腕で華奢な身体を抱えながら震えている。

「ど、どうしたんだ?」

「こわい……」

「は?」

「わ、私は刀がないと……ダメなんだ……」

「は、はい?」

 何を言っているんだ、こいつは。

「さすがお兄ちゃん! あの噂は本当だったんだ! リーゼ姫の側近の女剣士は愛刀がなければただの無能っていうのは! それっ、石投げちゃえ!」

 魔術師弟が手に持っていた小石を放り投げる。その石は小恋夜近くの木製の床に当たってカランと音を立てた。それだけで小恋夜は大きく身体を跳ね上げて、脱兎のごとく俺の後ろへと潜り込んだ。しかも両手で俺のTシャツの裾を引っ張り、涙声を漏らして首をぷるぷると振る。

「ふえええ!? こわいよおおおお……!」

「キャラ変わりすぎじゃないか、こいつ……?」

「小恋夜は愛刀を心の支えにしていますから。この状態になった小恋夜はゴムパッチンに怯えるほど弱いのです」

 なにそれ可愛い。

「はいはい、小恋夜。そこは勇者様の邪魔になります。こちらに行きますよ~」

「ふえええ! 助けてええええ!」

 姫さんに引っぺがされるだけで泣くのかよ!

 泣きじゃくりながら引きずられてゆく小恋夜に、俺は苦笑いした。

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